広く儚いこの世界に降り立てたのは、偶然だったのだろうか。
遠くから聞こえた気がした声は誰のものだろうか。
ずっと傍にいて守ってくれていたのは、他の誰でもなかった。


























ながい眠り




























周族の小さな村の夫婦の間に、一人娘が生まれたのは、温かい春の日のことだった。二人が夫婦となって二年後のことで、新しい家族の誕生に二人はとても喜んだ。二人にはそれぞれ両親も兄弟もいたが、夫は次男で妻は三女だったため、両親とは離れて別の村に暮らしていた。しかし今は出産のために、二人は妻の両親の家へ戻っていた。


「名前は何にしようか」


娘が生まれた次の日、夫は妻に言った。大事な娘が一生持ち歩くことになる名前だ。簡単に適当に決めるわけにはいかない。ああでもない、こうでもないと、夫は色々な名前を出したがどれもぱっとせず、決定するに至らなかった。妻の両親、つまり生まれた娘の祖父母に当たる二人や、両親と一緒に暮らしている姉夫婦も一緒に考えたが、なかなか決まらない。夫の両親にも考えを仰ごうという結論に達し、妻の両親も寝室に行ってしまったその日の夜、娘を抱いて、妻は口を開いた。


「…我が侭になると思って言わなかったんだけど…実は私、もし娘が生まれたら、付けたいなってずっと前から思っていた名前があるんです」


妻から初めて聞いた言葉に、夫は驚いた。そして、そんな候補があるなら早く言えばいいのにと言った。妻は照れたように笑う。


「私が子どもだったときに、おばあさんから聞いた話なんですけどね。母方の家系に、ずっとずっと昔に一人だけ、仙女がいたそうなの。おばあさんのおばあさんの、そのまたずっと昔のおばあさんの姉に、仙女が一人」


夫は頷いて、続きを促す。


「そのずっと昔のおばあさんと仙女は、二人きりの姉妹で、両親もいなくて、二人だけで生活していたそうよ。二人は十くらい年が離れていたから、妹が嫁いでいくまで姉は仙人界には行かず、ずっと二人で住んでいたって」


妻は一拍置いて、また話を続ける。


「妹の方はとても体が弱くて、嫁いでから若くして亡くなってしまったらしいわ。そのときには仙女…まだ道士だったかもしれないけど、その姉も看取りに来たそうなの。そして妹に、あなたの家族は私がこれからもずっと見守っていくから安心しなさいと言ったんだって」


妻は微笑んで言った。


「その妹の「家族」、というか…子孫が、きみやお義母さんというわけだね」


夫に、妻は頷く。


「家族だった妹や、妹の大切な人を大切に思うことが出来たその仙女のことを、私、とっても尊敬しているの。だから、もし私に娘が生まれたら、そういう、大切なものをちゃんと大切だと思えるようにって意味を込めて…彼女の名前を付けたいなって思ってたんです」


「その、仙女の名前は?」


夫が訊ねる。ぱっと、妻の目が輝いた。


「仙人界でまた名前が別に付けられたかもしれなくて、私は人間界にいたときの名前しか知らないんだけど…」


夫は頷いた。


「…彼女の名前は、」


































      


2006,09,23