「太公望、前の正皇后の姜妃が亡くなったって。自害したって」


「・・・・な、・・・そうか」


一度、驚いて華皇女に目を向けたが、再び太公望は視線を華皇女から外した。


「・・・・え!?前皇后って・・・自害って・・・・どうしてっスか!?」


二人の近くで浮いていた四不象は驚いて言った。


「知らなかった?前皇后さまは牢獄に入れられてたのよ。
 姜妃の父親が紂王のカンに触ったらしいわ。だから彼女もとばっちりを受けた。
 前正皇后っていう高貴な身分だったのに、いきなり牢獄に入れられたらたまったもんじゃないと思うわよ」


が四不象の方を向いて説明を始めた。


「それ以上にそんな場所と悔しさにきっと耐えられなかったんじゃないかなって思うんだけどね。
 ・・・・自害の方法が『偶然持っていた剣』だったってのが、まぁあの人のやりそうなことだけど」


「・・・あの人・・・っスか?」


「現正皇后っていう身分になっちゃってる妲己よ。だいたい牢獄に入れられてる人が剣なんてそうそう持ってるわけないでしょ?
 妲己は最初から、姜妃を殺すつもりでいた。姜妃本人の手でね」


四不象はしばらく黙っていた。


「・・・それにしても、何か2人ともそんなに驚いてないんじゃないっスか?」


太公望は黙り込んで何も言わない。


「・・・だからここにいるのよ、私たちは」


何も答えず、遠くを見つめている太公望の代わりに、が答えた。


「ここって・・・この臨潼関の事っスか?そういえば何でここにずっと居るんスか?」


四不象が聞いた。


「姜妃が死んだとなれば、次に狙われるのは紂王の子ども達よ。妲己の『誘惑の術』にかかっていない子ども達なんか邪魔なだけ。
 それ以上に、子ども達は自分の本当の母親を殺されたんだから、どんなことするか分からないし。まぁ妲己に勝てる勝てないは別としてね。
 禁城で『誘惑の術』にかかっていない武成王さんが、ちゃんと考えてきっと太子2人を逃がすはずよ。
 太公望のいる、ここ臨潼関にね。臨潼関で太公望が難民を逃がしたっていう話もおそらくは朝歌に入ってるだろうから。
 だから私たちはここで太子2人を待ってるの。案外、そろそろ着くかもしれないわよ。
 分かったかしら?四不象ちゃん」


は最後だけ少し笑って言った。


「・・・・ラジャーっス・・・・」


のややこしい言葉に、呆気にとられた顔をした四不象だったが、一言、そう言った。






「でもさ、ここで難民逃がしたっていう話、妲己も知ってるだろうね。ってことは、もしかしたら太子2人の護衛は」


四不象と少しの間だけ別れ、臨潼関の中の小さな町中を歩きながらは太公望に行った。


「うむ。ここに向かっている太子2人の護衛は妲己の手下と考えてまず間違いはないであろう。
 あやつはかなりの知謀の持ち主だからな。武成王よりも先に行動に出たはずだ」


自身は、直接妲己に会ったことはないのだが、太公望がそう言うのだから、まず間違いないと思う。


「『太公望おびき出し大作戦』ってとこかしらね」


「それよりも。おぬしはどこで姜妃が亡くなったという情報を聞いたのだ?わし達とずっと一緒にこの臨潼関におったというのに」


太公望が先程から腑に落ちない表情だったのは、そのせいだったのだろうか。


「企業秘密」


は笑顔で答えた。

太公望は怪訝そうにを見つめ、


「どういう」


ことだ。

と言いたかったのだが言い終えられず。

理由は、ちょうどその時、向こうの通りから誰かの大声が聞こえたから。


「バカ太子めっ!俺たちこそがおまえらの追っ手なんだよ!」




「・・・・でかい声。しかも分かりやすい解説までしてるよ」


が言った。

太公望は小さく溜息をつくと、


「・・・・着いたようだな。おぬしの読みがバッチリだったのう。
 さて、それではわしは行ってくるから、スープーと一緒に『例の作戦』の用意をしておいてくれ」


そう言って、大声のした通りの方へと向かった。



さーん!」


「あ、四不象ちゃん!」


ちょうど四不象がのところへと飛んできた。


「何やら大きな声が聞こえたんスけど・・・ご主人はどこっスか?」


「太公望は両太子を迎えに。太子2人が来たらしいわ、妲己の追っ手と一緒に」


が言った。


「・・・え、追っ手っスか!?ご、ご主人は大丈夫なんスか!?」


四不象が慌てながら言った。


「うん、たぶん大丈夫。それより私たちは作戦の用意しなきゃ!かかし作るわよ四不象ちゃん!」


「作戦っスか?かかしが必要なんスか?」


「太公望の代わりになるようなかかし作るの。万が一の非常事態に備えてね。かかしはおとりよおとり。」


「何でおとりなんスか?」


「次の作戦を考えるための時間稼ぎをかかし使ってするのよ。ホントに使うかどうかはまだ分からないけど。
 名付けて『しまった、非常事態のピンチ!こうなったらおとり大作戦だ作戦』!!」


「・・・・・・長いっスね」




























2人の道





























「・・・土煙・・・・そろそろ太公望、来る頃かしらね」


関の外の岩場で、1人のんびり座っていたは、急に立ち上った土煙を見て言った。


「あ、ホントに来た」


「おお!無事であったか?」


関の中から走ってきた太公望が言った。


「無事も何も・・・私何もしてないから暇で仕方ないくらいよ。
 ・・・・あれ?その宝貝・・・炎が出てくるやつだよね・・・使うの?もしかしてホントに打神鞭が効かなかったとか?」


「・・・うむ。予想以上にな。何やら岩石が原形の妖怪仙人らしい。風が全く通用せぬのだ」


「岩石・・・で、炎の宝貝使うのか・・・。・・・・あぁ、なるほどね」


は考え、言った。


「うむ。では頼んだぞ」


は去っていく太公望を見、そして空を見上げて


「・・・・はあ・・・こんなに綺麗な国なのにねぇ・・・」


呟いた。








「! 太公望、四不象ちゃんが出てきた!」


関の中から飛び出してきた四不象は太公望の服を着せたかかしを持っていた。

かかしの頭は、何故かない。

1つのちょうど良い大きさをしていた岩に座っていたは立ち上がり、地面を掘っていた太公望に言った。


「何か変な2人も追いかけてきたよ!もしかしてあれが追っ手かな。
 ・・・・あーーっ!?四不象ちゃんに石が!石が頭にクリティカルヒット!!しかも倒れた!!立って四不象ちゃ」


と、は急に太公望から口を塞がれた。


「静かにせぬか!わしたちがここにおることがバレるであろう!」


「ご、ごめ・・あまりに衝撃的だったから・・・」


その時、2人の妖怪仙人の後ろに人影が二つ見えた。


「・・・あ、太子2人が出てきちゃったよ太公望」


先程、妖怪仙人2人の注意を引き付け逃がしたはずの太子2人。

やはり自分たちのせいで他の誰かが犠牲になるのは見ていられなくなったのだろうか。


「むう・・・。まぁ作戦にそんなには支障ない。
 わしは今からこの宝貝を使って追っ手の2人を引き付ける。その間におぬしは太子2人を安全な場所に連れて行ってくれ」


「炎がすごいことになるもんね、その宝貝。ていうかあんまり使ったことないのに使って大丈夫?」


「うむ。頑張れるだけ頑張るよ。それにこの宝貝もそう長い時間使うわけでもないからのう」


大丈夫であろう。

太公望は言うと、持っていた宝貝を2人の妖怪仙人たちの方へと投げた。


投げた瞬間すぐに宝貝からは炎が発生し、空気を伝って地面に落ち、妖怪仙人2人を囲んだ。

太子2人と妖怪仙人2人の間には、炎の壁が出来上がった。


「出たな!太公望!!」


妖怪仙人2人は宝貝の飛んできた方向を素早く向き、そのうちの1人が太公望に向かって言った。


「ふふふふ、この火竜縹は岩をも溶かす宝貝と言われておる。原形が巨岩のおぬしらでも焼き尽くせよう」


投げた宝貝はブーメランのように太公望の手元へと戻ってき、それを掴んだ太公望は2人に言った。





「兄様・・・・ぼくたちどうなっちゃうのかな・・・・」


不安げな様子で太公望達を見つめていた太子2人のうちの弟の方が兄に言った。


「・・・分からないけど・・・でも、朝歌には戻りたくない。ぼくらにはやるべきことがあるんだ」


「・・・・やるべきこと?」


「はい、お二人さん!そんな子どものうちから暗い顔してないで!もっと子どもらしい可愛い表情してみなさい!」


ばしり、と2人は突然背中を叩かれ。


「「うっわぁ!?」」


突如背後から現れた人物に、2人は当然驚いた。


「・・・お、お姉さん・・・誰?」


「もしかして・・・妲己の・・・!?」


兄の方が、弟を庇うように前方へと出てきて言った。


「違うわよ。私は崑崙山の道士。崑崙山で一番偉い元始天尊さまっていう人の直弟子で、太公望の妹弟子」


ぱっと兄の方の表情が明るくなる。


「太公望の?あ、じゃあぼくたちの味方なんだね?」


「そういうことになるわね」


が笑いながら頷くと、2人はより一層安心した表情になった。


さーん!お待たせっス!」


四不象が飛んできた。


「四不象ちゃん!石は大丈夫だった?もう痛くないの?」


「もう大丈夫っス。それより子ども達を早く・・・」


「そうだったわね。さ、2人とも四不象ちゃんに乗っちゃって!」


は太子2人に言った。


「でもさ四不象ちゃん。3人も乗って大丈夫?何なら私宝貝使うけど?」


「大丈夫っス!頑張るっス!

 それよりご主人・・・大丈夫なんスかね?あの宝貝、あんまり使ってるとこ見たことないっスよ?」


3人が乗った重みを感じ取ると、四不象はすぐに宙に浮いた。


「うーん・・・そろそろ限界だと思う。太公望ってあんまり宝貝使って修行とかしたことないし。あ、ほら」


太公望の足がふらつき、そのまま重力に従い地面に両手をつくのが見えた。

体力に限界が来たのだ。


「ご主人!」


四不象が叫んだ。


「大丈夫よ」


四不象の次の言葉を制するように、が静かに言った。


妖怪仙人2人の周りの炎が勢いを弱めた。

その隙をついて2人は炎の壁をくぐり抜け、太公望の方へと走る。


太公望と妖怪仙人2人の間の地面に、わずかな亀裂が走っていた。


「確かに火竜縹はまだ慣れておらんが・・・」


太公望はそう呟くと同時に、もう一つの宝貝、打神鞭で空を切った。

瞬間、風が発生し、地面の亀裂へと勢いよくぶつかった。


「バカめ!それは効かないと言っただろ!!」


地面の亀裂へと走った風の刃をかわした2人のうちの1人が太公望に向かって言った。


「いや、おぬしらの負けだ」


太公望が言った。


「な・・・・!?」


次の瞬間、地面からものすごい勢いで大量の水が吹き出てきた。


「水・・・・地下水か!?」


「あ・・・あぁ!!兄者!!体にヒビが!!」


妖怪仙人2人が口々に叫んだ。


「当然だ。高熱を受けた後で急激に水を浴びたから熱疲労を起こしたのだ」


一息つきながら、太公望は言った。


「ね?大丈夫だったでしょ?そろそろ下りてもいいと思うよ、四不象ちゃん」


は言った。


「そうっスね。じゃあ下りるっス」


「あなた達2人も大丈夫かしら?こんな戦い見たのは初めて・・・に決まってるか」


自分の前で、放心状態の太子2人には聞いた。


「・・・・うん、大丈夫だよ。下りるよ」


兄の方が言った。



「さーて、そんな状態で打神鞭をくらったらどうなるかのう?」


地上では、太公望がヒビの入った体の妖怪仙人2人に言った。

その時、太公望と2人の間に人影が立ちはだかった。


「ま、待って太公望!この2人は妲己に騙されてるだけなんでしょ!?だったら殺すことはないじゃない!」


「なっ・・・おまえら・・・!?」


間に入ったのは太子2人だった。

思いがけない2人の行動に、妖怪仙人2人も驚いたようだった。


「あらっ慈悲深いってのはこのことね。太公望とは正反対で」


いつの間にか太公望の近くに来ていたが言った。


「やかましい
 ・・・・だが、おぬしらも命を狙われたのだぞ?その2人に」


太公望は太子2人に聞いた。


「ぼくらはもう何とも思ってないよ」


まず兄の方が言った。


「2人とも、もう悪いことしちゃダメだぞ!」


次に弟の方が2人に言った。


「・・・で、殿下・・・っ」


二人の目が涙で潤む。

当然といえば当然だろう。

今まで自分たちが殺そうとしていた子ども2人に命を助けられたのだから。



と、急に妖怪仙人2人の表情が一変した。


「あ・・・あれ?・・・何だろう・・・何だかとても長くて悪い夢から覚めたみたいだ・・・・」


1人が呟いた。


「術が切れたのかしら?」


が言った。


「・・・うむ。『誘惑の術』が解けてきたのだろう」


「随分長い間かかりっ放しだったっスねぇ」


太公望と四不象が言った。


「俺は・・・・誰だ・・・?」


「ああ・・・向こうにお花畑が見えるー・・・」


術が解けたと見える2人はそう呟くと、フラフラしながら歩いていった。


「なっ・・・だっ大丈夫なの?」


あんな状態の人を見たら、誰だって不安になるだろう。

太子の兄の方が去っていく2人を見ながら言った。


「いずれは意識がはっきりとしてくるであろう」


「妲己の術が切れただけだから、元の2人に戻るだけよ」


「そう・・・」


太公望との説明に、兄は言った。


「さて!後は両殿下を安全な場所へ連れて行くだけだのう!」


太公望が言った。


「・・・?四不象ちゃん、何か変な感じしない?」


が隣に浮いていた四不象に言った。


「変な感じっスか?」


「そう、何て言うか・・・何だろうこれ・・・・えーと、近くに誰かいる、かも」


そう言っては辺りを見回した。




「待ちなさい、太公望」




落ち着いた声が、上から聞こえた。


「・・・えっ 空!?」


は言って、四不象つられても上を見上げた。

太公望も気付いた。


「太子を連れて行くことは、この私が許しませんよ」


空には、猫の様な顔をした霊獣と、それに乗っている1人の人物が居た。


「・・・・あの人」


には、その人の顔に見覚えがあった。
























      

























初執筆...2002,12頃
改稿...2005,03,28