光の柱は、空と地に分かれるように真ん中から切れ、消えていく。光の柱が消えたそこには、女カだけが残った。女カはゆっくりとこっちを見た。燃燈や楊ゼンたちは身構える。が、しかし、女カは仙道たちには一瞥をくれただけですぐに身を翻し、こちらに背を向けてさっと飛んでいく。攻撃しないのか、と思うやいなや女カは飛びながら両腕を広げた。両手から、先程と同じ光の筋が光の筋がいくつも流れる。太公望たちには目もくれず、まず世界を破壊するつもりだと誰もが理解できた。


女カを中心として、四宝剣以上の威力を持った光の筋が雨のように降る。流れ星などという可愛らしいものに例えることなどもはや出来なかった。は宝貝を引き抜くと、崑崙山から地上へ降りようと老子の横をすり抜けた。


「どこへ行くの?」


「守るんです!蓬莱島のときみたいに」


「いくら明永仙姑の力を受け継いだあなたといえど、あの女カの攻撃からここの地上を守れるとは思えないけど?太公望からもなんの指示ももらってないよね」


は、老子が明永仙姑のこととが今彼女の力を持っていることを知っているのに少し驚いたが、今はそれどころではなかった。


「やれるだけやるだけです。何もしないでぼーっとしとけって言うんですかあなたは?」


太公望は女カを止めるために追っていった。


「…そこまで言うんなら止めないけど。まぁ、やるからにはしっかりやんなよ。崑崙山は私が受け持っといてあげる」


に老子は怠そうに手を振り、は礼を告げると崑崙山から飛び降りた。空にはまだ光の筋が幾本も走っている。は蓬莱島のときのように宝貝で壁を地表に張り巡らせた。女カの攻撃はまだ止んでいない。宝貝を通して、衝撃が伝わってきた。なんとか、女カが攻撃している場所まで宝貝の風を行き渡らせることが出来たようだった。それでも、蓬莱島での四宝剣やスーパー宝貝の攻撃が当たったときの衝撃とは比べものにならない。
蓬莱島では女カは本体のために力を加減していた。それが今はその本体を取り戻し、持てる力全てを何に遠慮することもなく使えているのだ。しかも今女カは、この広い地球を破壊するために全てを攻撃している。


「もっとしゃんとしなさい。所々、防げていませんよ」


上から申公豹が言った。


「分かってる!けどね、元々の役目は蓬莱島で全部を守るっていうのだったんだから、地球なんて広範囲で、しかも女カの全力に対抗するなんて、私これいっぱいいっぱいなんだよ!」


自分から老子に偉そうなことを言っておきながらも、女カの攻撃は予想以上だった。思うように防げないのと段々感じてきた疲労感にイライラが重なり、八つ当たりした。


「明永から力をもらっておきながら情けないですね。彼女の呆れ顔が目に浮かびます」


「じゃあ代わる?代わろうか?やってみなよ申公豹!ただしどれだけ頼まれたってこの宝貝は絶っ対貸してあげないけど!」


身近なところで、楊ゼンが呆れたような顔で二人のやり取りを見つめていた。申公豹に言い返し、宝貝を握りしめる手に再度力を込めた瞬間、の風に力が増したのを見て、申公豹は気付かれないように小さく笑った。


























光に消える




























先程と変わらず地上を破壊しているはずなのに手応えがあまりないのに気づき、女カは少しスピードを緩め地上を見下ろした。光の筋は全て確かに地上に落ちていっているのに、地表に当たっていないのに気付く。地表すれすれのところで、地表ではない何か別のものに当たっている。それを突き抜けて地面に当たっている光もあるが、何かが破壊することを阻んでいるのは確かだった。


「女カ!」


太公望が追いつく。地上に気を取られて速度の落ちた女カの前に回り込む。女カは両手からの攻撃を止め、その場に止まった。


「邪魔をするな伏羲。私の力はおまえにも分かっているだろう。しかも今のおまえは魂魄以外は全てこの星のものだ。その程度で私と張り合うつもりか?」


元の完全な肉体を再び手にすることが出来た女カにとって、もはや怖いものなどなかった。


「それはどうかのう?わしもおぬしに対抗するために色々準備をしてきたからのう」


太公望はにやりと笑う。太極図が太公望の手を離れてその場に浮き、文字が螺旋を描きながら渦巻き始めた。女カの表情が、余裕の色が少しだけ消えて厳しくなった。


「みなの者、わしに力を集めよ!」


太公望の声と共に太極図は大きな陣になり、それまでの打神鞭と一緒になっている宝貝の形はなくなった。太公望の声は、にも聞こえた。すると突然、地面に突き刺している宝貝から白いもやのようなものが溢れた。というよりよく自分を見てみると、全身がそのもやに包まれていて、宝貝に全て流れていっている。そして宝貝に流れていくもやは宙を漂いながら太公望の方へ向かっていく。


、もう宝貝使うのはやめた方がいいよ」


崑崙山から老子が降りてきた。老子は全身から白いもやが溢れ、流れていた。


「どういうことですか太上老君。というかこの現象は?」


申公豹が訊ねた。申公豹も例に漏れず白いもやに包まれており、それは雷公鞭を伝って太公望の方に流れていっている。


「これが、太極図の正当な使い方なんだ。他人から宝貝を通して力を吸い取り、それを自分の力にする」


太極図は反宝貝だと、最初会ったとき老子は太公望に説明した。この世にある宝貝は全てそれぞれの持ち主の力によってその力を発揮できるが、太極図はその逆で、周りの宝貝を持つ者から力を吸い取り、その力を使う宝貝だった。


「以前の太公望は吸った力を「癒しの力」としたようだけど、吸った力を自分の「戦う力」にすることが太極図の本来の使い方」


つまり、いま宝貝を通して力を吸われている仙道たちは、自分自身では宝貝を使っていなくても使っているのと同じ状況にあるということだ。


「だから、はもう宝貝使うの今はやめた方がいい。今のあなたには明永の力も加わってる。全てを太公望に回した方が有益だから」


は宝貝を使うのをやめた。地面の上に張っていた壁が消えていく。


「さっきみたいな女カの破壊攻撃は当分ないだろうからね。…まぁ、あの二人の戦いの衝撃で、その辺の地面とかはぐちゃぐちゃになるだろうけど」


女カの体が吹っ飛んだのが見えた。皆からの力がある程度集まった太公望が攻撃したようだった。


「…聞仲と太公望の、最後の戦いを思い出すなぁ」


「聞仲とあのときの太公望とは比べものにならないくらいレベルが違いますけどね」


それは言われずとも一目瞭然だった。女カは、一気に地上の広範囲を破壊できるほどの力を持っているし、対する太公望はここに集まっている仙道全員の力を吸い取りながら戦っている。


「入り込む余地なし…だね」


たちのいる場所まで楊ゼンが降りてきた。楊ゼンは全身に六魂幡を纏っているため、老子のように全身からもやが流れている。押しつ押されつの二人の攻防戦は五分に見えた。


「…それにしても…僕たちの力を使っても、五分なのか」


「…五分でしょうか?」


申公豹が笑みを浮かべたまま言う。その目は太公望と女カを見つめている。宝貝同士の戦いのようだった。衝撃と衝撃がぶつかり合い、女カと太公望はお互いに弾き飛ばされた。しかし若干、女カの方が顔色に余裕が見えた。


「あれを五分だと見たとしても、五分で勝利は有り得ません」


太公望が押され始めた。女カの攻撃に体が貫かれる。


「師叔、体が…!」


楊ゼンが思わず呟いた。は目を大きく開いて体を硬くする。瞬間、引っ張り上げられるような感覚と共に力が一気に抜き取られていった。太公望が体の復元のために、今まで継続して吸い取っていた力の倍ほどを瞬間的に吸収したのだ。段々、疲労感が蓄積してくるのを感じ始める。


「…これは、あんまり考えたくないんだけど、もし僕たち全員の力を使い果たして、それでも勝てなかったら…」


は疲労感に耐えるようにその場に座り込み、楊ゼンを見上げた。楊ゼンはすぐそこの岩の上に既に腰を下ろしている。老子は怠惰スーツを着たまま宙に浮いており、申公豹は黒点虎に乗っていた。


「その場合はもちろん、この星が滅びるでしょうね」


なんでもないことのように申公豹は言った。それでもその目は、太公望と女カを見続けている。


太公望の攻撃が女カに止められた。女カはにやりと笑い、地上を破壊していたものと同じ攻撃を太公望に向けた。


「いけない…女カは復元の暇さえ与えないつもりだ…!」


太公望の姿は女カによる連続の攻撃で、光の中に霞みよく見えない。けれど、あの光を全てとは言わないまでも体に受けていることは分かる。復元できなければ太公望は死んでしまう。思わずが身を乗り出したそのとき、女カの攻撃が突然止んだ。そして太公望がいた場所を見下ろしている。皆の視線もそこに集まった。しかし、や楊ゼンたちからは、土煙のせいでよく見えなかった。どうして急に女カは攻撃を止めたのだろうか。


「…ようやく来たみだいだね」


老子が呟いた。何が、と訊ねようとしては老子の方を見上げる。そして、老子の向こうに見えた人の姿をみとめ、体を強張らせ目を見開いた。突然、無言でぽかんと口を開けたまま固まったに気付き、楊ゼンもの視線の先を見る。そして


「…うわぁあっ」


思わず叫んだ。そこには、よく見知った二人の姿が微笑みながら浮いていた。その姿は少し霞んでいる。


「師匠…、…父上?」


楊ゼンが上擦った声で呟く。二人は変わらず笑みを浮かべていて、こちらを見下ろしていた。


「なん…何?というかなんで老子と申公豹はそんな平然として…!」


「封神台が解放されたんだよ」


狼狽えるに老子が言った。楊ゼンは燃燈のところへ飛んでいってしまった。


「封神台が…?」


そのとき、は上空に何人も、玉鼎のように霞んだ姿で浮いている仙道がいるのに気付いた。霞んだ姿の人たちはみんな、封神された人たちだ。見知った顔の、戦った敵や、仲間の姿が見える。「うわぁ…」と声が漏れた。


「すごい…あ、趙公明さん!あっあの人たち四聖の四人だ、…宝貝大会で王貴人に封神された人もいる!ねえなんでですか?なんで封神台が解放なんですか?」


ちょっと落ち着きなよ。…封神計画っていうのは、そもそも女カを倒すための計画だったよね。封神台っていうのは、その計画の途中でやむを得ず「死ぬ」という結果になってしまう人たちに、集まっていてもらうためのものだったんだよ」


言われてみれば、女カという強大な敵と戦う上で、強い力を持つ聞仲や趙公明、崑崙の十二仙や金鰲の十天君などの強力な味方を欠くというのは大変な損害である。つまり封神台は、そういう味方全てを引き止めておくための場所だったのだ。女カという一人の敵と戦う上で、崑崙と金鰲がお互いにいがみ合う必要はなく、全てが一つのまとまった味方としての力になる。そして女カとの戦いである今、封神台はその所持者である原始天尊によって解放された。


ちゃん」


耳慣れた声で名を呼ばれた。本当は、玉鼎の姿を見たときから少しだけ期待はしていた。は素速く後ろを振り返る。


「…普賢!」


普賢がいる。普賢が、封神されたときと同じそのままの姿でそこに立ち、を見て微笑んでいた。は立ち上がり、慌てて駆け寄る。そしてそのままの勢いで思い切り抱きつこうとして普賢の体をすり抜け、豪快にうつ伏せに倒れた。


「…ちゃん、僕、魂魄体だから…。大丈夫?」


「…あはは、うん、そうだよね。思わず考えもせず焦っちゃった」


起き上がり、ぶつけた箇所をさすりながら、は泣きそうになるのを堪えて笑みを作った。


「もしかしてさっき女カが攻撃やめたのって、普賢、何かしたの?」


訊ねると、普賢は頷いた。


「宝貝で重力場を作ってね、女カの攻撃が当たらないようにしたんだよ。だから望ちゃんは無事だよ」


言うと、普賢はその場にふわりと浮いた。


「望ちゃんを、助けないとね」


普賢の体が、先程までのたちと同じように白いもやに包まれる。見ると、解放されて出てきた仙道全員から、太公望へ力が流れていっていた。聞仲や、十二仙や、魔家四将など、沢山の強力な力が溢れている。太公望の近くに、天化と武成王がいるのも見えた。封神台が解放されたのだからいるのは当たり前なのだが、やはりその姿を見ると、嬉しいような悲しいような、簡単には言い表せないような感情が溢れてきた。


「させるか…!全ての力を集める前に勝敗を決してくれよう!」


女カの方が先に動いた。右手に力を込め、太公望を殴りつける。しかし、女カのその攻撃は効かなかった。魂魄体となった仙道からの力が溢れ、太公望自身がその白いもやに包まれていた。女カは慌てて間合いを取る。


「…女カ、最後にもう一度だけ聞く。もうやめぬか?」


太公望は、真っ直ぐに女カを見据えた。女カも太公望を見返したが、その表情は変わらなかった。厳しい表情が刻まれたまま、太公望に再び光線のような攻撃を繰り出す。


「伏羲!真に私を思うなら…これ以上何も言わずに戦え!」


女カからの攻撃を太公望は容易く弾いた。女カが身構える。


「分かった」


太公望は短くそう言うと、女カを殴り飛ばした。後ろに吹っ飛ぶ。殴られた衝撃と、飛ばされた後に沢山の岩場にぶつかったことで、女カの半身は崩れていた。そして太公望は間髪入れず女カを追いかけ、女カが反撃として浴びせようとした攻撃までも、そっくりそのまま女カへ返した。女カのいる場所が大きく爆発する。


「…でもさ、申公豹。思うんだけど、いくら太公望が攻撃しても、女カが復元しちゃったらキリがないんじゃない?」


太公望と女カの、今まで以上の戦いをじっと見ながら黒点虎が言った。すると、申公豹は首を振る。


「やっと底が見えてきたようですよ」


申公豹の言葉を受け、は女カを見る。遠くてあまりよく見えないが、女カの体が、崩れたまま元の姿を保てていないというのが分かった。


「彼女の身体に、ようやく限界がきました」


そこにつけ込むように、太公望は女カに攻撃する。女カの体は崩れていく一方だった。


「勝てる?」


「このままいけば、恐らくは」


に、申公豹が頷いた。そのとき、見間違いでなければ、女カが太公望の首に手を掛けるのが見えた。首を絞めるような動作だった。なんだろう、とが思った瞬間、一面に真っ白い光が溢れた。誰かが封神されるときに溢れる光とは、全く比べものにならないほどの大きな光が目の前で弾けるように輝いた。


「何…っ?」


思わずは目を細め、額に手をかざす。まぶしさで目が眩んだ。しかしその光は一瞬で消え去り、かわりに、爆発による光の柱のようなものが、大きく高く空に伸びていた。太公望と女カがいた場所にだ。


「…女カの、生体エネルギーの塊、というところでしょうかね」


申公豹が呟いた。その顔に笑みはない。は、申公豹と大きな光の塊を交互に見た。


「…太公望は?」


太公望の姿は見えない。きっと、あの光の中にいるはずだった。女カは太公望によって倒されかけていた。この光は、その女カによるものだという。光が眩しすぎて中の様子は見えないが、太公望はこの中に巻き込まれている。だとすれば、一体何がどうなっているのか、そしてこれから可能性として太公望がどうなるのかという予想は、誰にでも考えることが出来た。
の問いに、申公豹は答えなかった。


































      


2006,09,17