「さぁ袁洪ちゃん、常昊ちゃん、燃燈ちゃんをやっつけるのよ〜ん」


妲己のその合図で、袁洪と常昊の2人は一斉に燃燈に向かっていった。燃燈はその場から動くこともなく、両手で拳を作り、ぐっと力を入れた。圧倒されるような「気」が、燃燈を中心にして波紋のように周囲に広がる。すると突然ステージ上の地面に亀裂が入り、割れた地面は大小様々な大きさの岩となって、地響きを轟かせながら宙に浮き始めた。


「な、なんだよこれっ!」


「宝貝の力ではないな」


「き、気合いとしか、言いようがないんだけど」


地震が起きているかのように揺れる地面の上で、楊ゼンたちは燃燈の後ろ姿を見ながら言った。後ろから見る限りでも、燃燈は一歩も動いていないし宝貝も使っていない。ただ拳を作って、気合いをためているように見えるだけだ。実際そうなのかもしれないが。びりびりと燃燈から感じる力に、袁洪と常昊はそれ以上近付くことが出来ない。


「破!!」


熱気と炎と衝撃波が全て融合されたような力が、燃燈の声と共に闘技場内を襲った。燃燈の周囲の岩石は全て、その力によって消し飛ぶほどのものだった。袁洪と常昊も、その力で岩たちと同じように消え去った。何故か魂魄すら飛ばなかった。魂魄さえも消し飛んでしまったのかもしれない。
楊ゼン、ナタク、張奎、、四不象の5人は、楊ゼンが咄嗟に六魂幡で防いだおかげで無事だった。楊ゼンが六魂幡で防御していなければ、今頃袁洪と常昊のようになっていただろう。観客を守るためのバリアの一部にヒビが入ったほどである。燃燈の力に、観客はおろか妲己さえも、笑みは浮かべていたものの目を丸くしていた。


「茶番は終わりだ妲己!残るはおまえと女カのみ!」


力の余韻が冷めてきて、段々ステージ上の様子が見えだしたころ、その力の真ん中にいた燃燈は未だ有り余っているらしい力の余波を全身から溢れさせながら、妲己を睨みつけていた。


























そして終わりの始まり




























妲己の真正面に浮かぶと、燃燈は右手をつきだした。そして先程のように気合いを入れ、力をバリアに集中させた。瞬間、バリア全体にヒビが入ったかと思うと、ぴしぴしと連鎖反応的にヒビは大きくなっていき、ついにガラスが割れるのと同じように音をたてて割れてしまった。


「いくぞ妲己!」


妲己との隔たりがなくなり、燃燈は座ったままじっと動かない妲己へと向かった。


「む!オレも行くぞ!」


それを見てナタクがいち早く燃燈の後を追う。


「あの燃燈って人のあの力はなんなわけ?」


「…気合い」


空を飛べる宝貝も力も持っていない張奎は、ナタクの足に掴まった。楊ゼンともナタクと同じように燃燈の後を追った。しかし、燃燈が妲己のところへ行き着く前に、妲己の方がやはり先に動いた。妲己の椅子の後ろから、勢いよく妲己の宝貝・傾世元禳が飛び出してきたのだ。燃燈は向かってくる傾世元禳を掴み取る。そして気付くと、妲己の姿は椅子の上になかった。


「スーパー宝貝・傾世元禳はあなたたちにあげるわん。そしてわらわは素直に負けを認め、捕虜となるん」


妲己は椅子の下におり、いつの間にか着替えまでも済ませていた。太腿に「捕虜」と大きく書かれ、両手両足には大きな重り付きの枷が付いている。しかしどうやら重りは見かけ倒しでただの飾りらしく、軽いようだった。


「何の真似だ妲己!」


受け取った傾世元禳を手に、燃燈は妲己を睨む。


「わらわは約束を守るわん。さっきの戦いであなた達は見事勝利した。だから約束通り女カ様の所まで案内すると言ってるのよん」


にっこりと妲己は言った。


「……うさんくさー」


「いや〜ん、わらわを信じて〜ん」


5人の視線があからさまに妲己を信じていないのと、張奎がそう呟いたのを受け、妲己は言った。しかしここまできて妲己を信じろと言う方が無理である。


「というわけで喜媚ん、わらわのことは心配しないでねん。あなたにはここの妖怪たちを頼むわん」


観客席から、ステージの下で貴人である石琵琶を持っていた喜媚に、妲己はそう声をかけると、その場にふよっと浮いた。


「じゃ、ついて来たい人たちはついて来てねん」


「…いかがいたしますか、燃燈さま。100%罠だと思いますが」


妲己の様子を伺いながら、楊ゼンは燃燈に訊ねる。


「行くしかなかろう」


100%罠であったとしても、やはり答えは1つしかなかった。


「皆は崑崙山に戻り待機していろ!万が一のために戦闘態勢を整えておくのだ!」


観客席の崑崙組に向け、燃燈は言った。


「私も行くぞ、燃燈」


竜吉公主が、観客席からふわりと降りてきた。その体の周りには、球体状の盤古幡がいくつも浮いている。


「私は原始天尊から盤古幡を預かった身。女カと戦うのであれば、私の力も必要なはずじゃ」


「しかし…異母姉様はお体が…」


気遣う燃燈に、竜吉公主は首を振った。


「行きたいのじゃ」


微笑んで、そう言った。


「…わかりました。万が一の時は、この異母弟が命にかえてもお守りいたしましょう!」


竜吉公主に、燃燈は熱く言った。「シスコンか」とその場にいた楊ゼン、張奎、ナタクの3人は一斉に思ったが、口に出すなどという恐ろしいことはもちろん出来なかった。も例に漏れず燃燈の今の言動と態度を見て思ったが、ハッとして首を左右に勢いよく振ると、燃燈に近付いた。


「燃燈さん。太極図…太公望に渡してもらえますか」


言って、太極図を燃燈に差し出した。の言葉に、燃燈は眉根を寄せる。


「私、皆さんと一緒には行きません。太公望が戻ってくるとするなら、女カと対峙する皆さんのところでしょう?」


太極図を差し出したまま、じっとは燃燈を見続けた。


、」


「燃燈さんは分かってるはずです。私の力はまだ「」だけであって、「明永仙姑」のものはないんです。…「私」に、女カと対峙出来るほどの力があると思いますか?」


燃燈の声を遮って、は言った。のすぐそばで、四不象も楊ゼンも張奎も、訝しげな表情を浮かべていた。はなおも燃燈を見上げたまま動かない。


「…、おぬしは」


見かねたように口を開いた竜吉公主を、燃燈は制した。そして小さく息をつくと、


「分かった、太極図は私が預かろう」


そう言って、燃燈はから太極図を受け取った。


「やる気のない者を無理に連れて行ったところで、足手まといになるだけだからな」


そう吐き捨てると、燃燈はから目を離し、妲己の後を追って宙に浮き、飛んでいった。竜吉公主も、に何か言いたげにしていたが、燃燈の後をついていった。は体の横で、右手では宝貝を、左手では拳を作り、ぎゅっと強く握りしめた。


「…あの…、それでは、さん、また後で」


そう言い残し、楊ゼンも2人の後を追う。ナタクと張奎も同じようにから離れていった。はじっと、地面を睨みつけていた。


だって仕方ないじゃないか。私が行ったところで、何が出来るというのだろう。スーパー宝貝も持っていない。燃燈のように桁外れの力も持っていない。「私」には普通の、平凡な力しかないのだ。強い力を持っているという明永仙姑の魂魄は、確かに私の中にあるのだろう。だけど私は、明永仙姑じゃないのだから、


ー!」


ハッとは顔を上げた。呼ばれた方を向くと、太乙と雲中子がこちらを見下ろしていた。


「こっちは崑崙山2に戻る準備は出来たから、ぼちぼち戻ることにするよー!」


太乙の隣では、蝉玉が笑顔で手を振っている。


さーん!四不象ー!」


観客席から、武吉が天祥を肩に担いで飛び降り、一目散に駆けてきた。そして、四不象との傍で勢いよく止まった。


さん!僕と天祥くんも一緒に行くことにしました!いいですよねっ?」


「いいよね姉ちゃん!」


太乙さんたちからの了承は得てきました!
元気よくそう言う武吉と天祥に、は何のことか分からず、首を傾げた。


「…ええっと…。…ごめんね、何が?」


武吉に訊ねると、2人はきょとんとを見つめた。


「え?今からお師匠さまを迎えに行くんでしょう?そのためには楊ゼンさんやナタクさんたちの行った場所に行かないと!」


武吉が何を言っているのかはようやく合点がいって納得したが、小さく笑みを浮かべながらも首を左右に振った。


「…ううん、ごめんね。私は行かないんだよ」


の答えに、武吉は益々目を丸くする。


「え?え?でも、四不象は行くよね?」


と四不象を交互に見比べながら武吉はなおも訊ねた。


「ボクは行くっス。ご主人とは変な別れ方をしてるっスからね」


四不象の答えに、良かったと武吉は息をついた。


「じゃあやっぱりさんも一緒に!」


「え、だから私は行かな、」


さんも一緒に行くっス!」


突然、四不象がに詰め寄った。


「さっきからさんおかしいっス!一体何を言ってるんスか?燃燈さんたちとは一緒に行かないし、今度はご主人を迎えに行くことさえしないつもりっスか?意味が分からないっス、いい加減にしてほしいっス!」


言葉を遮られ、さらには四不象に責められたことに驚いて、は二の句が継げなくなってしまった。


「ボクも武吉くんも、さんに一緒に行ってほしいからこう言ってるんスよ。ボクは、さっきさんが言ってた「原因」みたいなものは全く知らないっスが、さんはご主人を迎えに行かないといけないっス!」


「そうですよー。お師匠さまとさんは、二人揃ってこそって感じだもんね。ね、四不象!」


武吉に、四不象は「そうっス!」と頷いた。


姉ちゃんも一緒に行こー!僕はね、ナタク兄ちゃんが戦うとこ見に行きたいんだ」


の左手を引っ張り、天祥は嬉しそうに言った。


ちゃーん、太公望とかその他諸々のこと、頼んだわよー!」


観客席から、蝉玉がに向かってさっきよりも両手を勢いよく振った。葦護や土行孫も笑いながらでこっちを見下ろしている。


ー!私のかわりに、もっと深くにあるであろうハイなテクノロジーのこと、しっかり見てきてくれよー!」


太乙も、手を振りながらに言う。自分の目で見られないことが、心の底から残念らしい。


「さあさん、早く行くっス!」


四不象がの右腕を引っ張った。天祥と四不象を見下ろし、武吉の顔を見て、はぎゅっと唇を噛んだ。


「…四不象ちゃん」


呟くように、独り言のように呼ばれた自分の名に、四不象はの顔を見上げた。は今にも泣きそうな顔を俯かせ、肩が少し震えていた。


「私…私にはね、女カと戦えるような力もないし、全然、強い力も持ってないんだよ。…けど、四不象ちゃんと武吉くんと天祥くんと一緒に…楊ゼンさんたちを追って、女カとの戦いを見届けたり、太公望を迎えに行くことって、私…、それって、私に出来ること、なのかな」


は天祥の手を握りかえし、腕を引っ張っていた四不象の手を握った。四不象、武吉、天祥はそれぞれ顔を見合わせ


さんにしか、出来ないことっスよ!」


四不象が笑顔でそう言い、武吉と天祥も同じように笑って頷いた。


「私」に出来ること、「私」にしか出来ないこと、見つけた。教えてくれた。忘れかけていた、とても大切なこと。私が出来ること、私がしたいと、そう思うもの。


「うん…行く、…行きたい」


頷いて、は言った。


「そうっス、行くっス!そういえばさんもご主人とは変な別れ方してるっスよ」


「確か「最低、卑劣、見損なった」と「やかましい」が、お師匠さまとさんが最後に交わした言葉ですよ!」


鮮明に覚えてくれていた武吉と、自分と太公望が交わしていた言葉のあまりのひどさに、は思わず笑った。


「それは…絶対に最後の言葉にはしたくないわね。太公望に会って、もっといっぱい話さないと」


行こう、迎えに。


































      



2006,8,27