「勝者、太公望ちゃんチーム、ナタク」


貴人が負けたことに対する嘆きの声、勝ったナタクに対するブーイングが闘技場を埋め尽くした。ナタクは、皆のところに戻ってくるとまず太公望を閉じこめていた宝貝を開けた。「ようやく外に出られる!」と言って太公望は楊ゼンたちのように宝貝の上に飛び乗る。
さすがのナタクも、スーパー宝貝を使ったダメージは大きかったようだ。ぐらりと体が傾き、それを燃燈が左手で支えた。


「よく使いこなした」


「…フン」


ナタクは支えられながらも、燃燈は見ずにそっぽを向く。


「さて太公望、次はおまえの番だったな。太極図の力を見せてみろ」


燃燈は太公望を見る。


「んなことゆーても…あれを見てみい」


そう言って、太公望は観客席を指差した。そこには四不象と、四不象の背中に乗って非常に嬉しそうに笑っている喜媚の姿があった。どうも、今までのナタクと貴人の戦いは見ていなかったように見受けられる。きゃあきゃあ言いながら四不象から離れる様子はない。


「喜媚、喜媚ん」


妲己が呼んだ。


「なーにぃ、姉さまー」


間延びした声を喜媚は返す。


「んもう、ダメな子ねん。遊んでいる間に貴人ちゃんがやられちゃったじゃないのん」


そこで初めて喜媚はステージに視線を向けた。そして、琵琶の姿になってしまっている貴人を見て、「あ」と声を上げた。


「どうやら太公望ちゃんも喜媚と遊びたがってるみたいだし、どうするのん?」


妲己に言われ、喜媚は太公望を見る。


「太公望…」


呟くと、喜媚の表情はキッと締まった。左手を真っ直ぐにあげ、人差し指を太公望に突きつける。


「太公望に告ぎっ!しょーぶして喜媚が勝ったら、スープーちゃんとの結婚を認めりっ!」


まさかの宣言に一同は我が耳を疑った。しん、と静まったが、喜媚はそんなことまったく気にしていない様子である。


「おーっとここで突拍子もなく結婚宣言。大変なことになってまいりましたーん」


楽しそうに妲己は言った。四不象は思っても見ない巻き込まれ方に、驚き狼狽えるばかりだ。その四不象の横で「エイ!」と言って喜媚は何かに変化した。見ると、スープー族の女の子のようである。服装や髪型に、喜媚の面影が残っていた。


「ほら!喜媚とスープーちゃんはこんなにお似合いカップリっ!」


「……マジかい、あいつ…」


太公望は喜媚を見ながら呟いた。


「うっわ何あれ、かわ」


「可愛い」と言いそうになり、咄嗟には口を押さえた。しかしやはりもう遅かった。横では渋い顔で楊ゼンがを見下ろしている。そして溜息をついた。


「こんな時に言うのもなんですが、さんに足りないのはいざというときの緊張感だと思います」


…ごもっともです。


























宝貝大会 五




























「それでは第四ステージのセッティングをしまーす」


妲己がそう合図すると、上からまたステージが降りてきた。しかし今度のは、今までと少し様子が違っていた。岩と土だけのステージで、ステージの真ん中に大きな岩がどんと立っているのだが、その岩が可愛らしいくまの形をしている。大きさだけは厳めしいのだが、ご丁寧に睫毛までついているくまの形の岩なので、今までのステージよりどうにも緊張感が足りないような気がした。


「くまだ…」


「くまだ!」


観客たちも口々にそう言っていた。


「さぁスープーちゃん、行きっ!」


「ら、ラジャーっス…」


喜媚を背中に乗せ、四不象は飛んでステージまで降りてきた。どうやらあのバリアは外側から内側に入るのは簡単にやれるらしかった。四不象は、喜媚を乗せて飛んではいるものの、「なんでこんなことに…」と呟いていた。


「やいスープー!おぬし、わしから喜媚に乗り換える気か!」


くまの向こうから飛んできた四不象に、太公望は叫んだ。


「すまないっスご主人…なりゆきで喜媚さんの婚約者に…」


そう言う四不象のことなど介さず、喜媚は四不象から飛び降りた。太公望の正面に降り立つ。


「太公望師叔、気を付けて下さい。宝貝と術の違いはあっても、胡喜媚は僕以上の変化の使い手です」


「そうか…負けず嫌いのおぬしが認めるなら本当だな」


太公望は宝貝を取り出した。


「ではとりあえず、まずは実力を試してやろう!疾ーっ!」


振り下ろした宝貝からは幾筋もの風が発生し、大きな渦になった。喜媚は悲鳴のようなそうでないような声を上げながら、その風に飲まれていた。というか、風に流されて、一緒にぐるぐる渦巻いていた。


「ぬう…風にまかれとる…」


そのとき、目を回しながらも、喜媚は懐から何かを取り出した。小さなステッキ状のものだ。


「あー、まほーのじゅもん…」


風に巻かれながらも、頭を左右に振って取り出したステッキを頭より高く上げて、本当に何かを唱えだした。あれが魔法の呪文なのだろうか。そして


「風さんになーりっ!」


そう言ったかと思うと、喜媚の姿はその場から消えていた。かわりに、顔の付いた風が、太公望の風に混じってぐるぐると回り始めていた。


「…太公望の風に変化したんだ」


は喜媚のしたことを理解して言った。元あった太公望の風に、変化した喜媚が混じり、風の雰囲気まで変わっている。風と融合した喜媚は、太公望が作り出していた風まで自分の意志で操れているようだった。風の渦は太公望のより大きくなり、勢いを増していた。


「いかんいかん!あやつの如意羽衣を封ぜねば…」


太公望は太極図を発動させる。光と共に文字が宙に浮かび上がってきた。


「いやー。その宝貝は嫌りー!」


風となっていた喜媚が、渦から外れ、風の体のまま太公望に突っ込んできた。太公望は吹き飛ばされ、少し離れた場所に背中から落ちた。


「ご主人!」


「太極図は効果が現れるまでにちょっとしたタイムラグがある…胡喜媚はそこまで考慮して攻撃しているんだ」


感心したように、楊ゼンが言った。


「ナタク…なに笑ってるの」


楊ゼンの斜め後ろでにやりと笑ったナタクをは見ていた。やはり敵と戦っているとはいえ、その太公望の宝貝で自分が動けなくなるのはとても嫌らしい。


「うー…いかん、宝貝を落とした…」


風に変化している喜媚から体当たりをくらって吹き飛ばされたとき、太公望は宝貝を落としていた。風はいつの間にかやんでいた。
「太極図ー」と言いながら、太公望が手を伸ばした先に太極図はあった。しかし、その数が何故か異様に多いのに気づき、太公望ははたと動きを止めた。20本以上の太極図付き打神鞭が、その場に散乱している。


「どれが本物らっ!」


宝貝の一つが喋った。


「ぬぅ、あれは偽物だな」


喜媚は、今度はいくつもの太極図に変化していた。しかも全く見分けがつかず、どれが本物なのか分からない。


「これだ!」


当てずっぽうに太公望は一本を掴んだ。しかし


「ブーッハズレりっ!」


太極図は一瞬で喜媚の姿に変わる。


「罰ゲーム!」


言うと、喜媚は今度はとても大きなぬいぐるみのようなものに変化した。お腹の辺りには100tと書いてある。本当に100トンあるらしい。ズーンと地響きに似た音をたてて地面にめり込んだ。太公望を巻き込んで。


「うっわー、ロリータなのに強い…」


張奎が、あいつとは絶対戦いたくないと言った。


「なんてファンシーな変化だ…」


感心したように、または呆れたように呟いた楊ゼンの隣で、はひたすら「可愛い」と叫びたいのを堪えて耐えていた。


「喜媚の勝ちー!」


ぐにゃりとファンシーなぬいぐるみの姿が歪み、元の喜媚に戻る。


「さぁスープーちゃん、挙式をやりっ!」


喜媚は四不象に飛びつく。


「ま…待て!」


宝貝を左手に、太公望は起きあがってきた。ふらふらと足取りは覚束無い。


「わしの負けだ…おぬしに勝つ見込みが全くない。これでスープーはおぬしのものだ…」


「やっりぃ、やっりぃ!」


肩を落として言う太公望に、喜媚は両手をあげて喜んだ。


「最後にスープーと話をさせてくれぬか?わしらも付き合いが長かったからのう…」


感慨深げに少し俯いた太公望に、喜媚は頷いた。


「うん、いいよ!さ、スプーちゃん別れを言いっ」


目に見えて気落ちしている四不象は、ゆっくりと太公望に近付く。


「…ご主人」


四不象が呟くと、太公望はなぜか素速く四不象の後ろに回り込んだ。そして太極図を四不象の首近くに当て、大声で言った。


「わーははは!喜媚よ、おぬしのスープーは人質に取った!殺されたくなくば如意羽衣をわしによこせ!」


「スッ、スープーちゃん!」


「わしが殺せんと思うたら大間違いだぞ、さぁどうする?どうする!?」


その一連の流れに、見ていた観客も、そして楊ゼンやたちも、呆気にとられた。


「な…」


「なんてヒレツな…」


皆一様に目が点になっている。


「卑怯だぞ太公望!」


「妖怪よりタチ悪いじゃねぇか!」


罵声、怒声が飛び交った。


「いや〜ん、太公望ちゃんの最低な行為に敵味方合同の大ブーイングー!」


「あーもぉめんどくせー。このガキ殺す!」


本気なのかそうでないのか、太公望は四不象に向けて宝貝を振り上げる。


「はっ、犯人さん、ちょい待ち!」


喜媚が言い、太公望は振り返る。


「命にはかえられないよ…。如意羽衣は太公望にあげりっ…」


如意羽衣を丁寧に折りたたみ、両手で太公望に差し出した。太公望は、宝貝を持っていない方の手でそれを受け取る。


「ほーほー、最初から素直にそうせいっちゅーの!」


「はやくスープーちゃんを解放しっ!」


喜媚が言うと、太公望はにやりと笑った。嫌な予感がした。


「これさえ手に入ればこっちのもんだー!」


言うやいなや、太公望は太極図を喜媚の頭に振り下ろした。喜媚を太極図で殴りつけたのだ。宝貝の使い方がおかしいが、そんなことはもう誰も気にしなかった。


「ひ…ひどい…」


地面にころんと倒れた喜媚は、上半身を起こすとぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「身代金払ったのにぃー!ひどいぃー!」


観客席では、雷震子が妖怪たちと共に太公望に非難の声を浴びせていた。楊ゼンと張奎は太公望と喜媚から目を逸らし、もう何も言わなかった。はぐっと拳を握りしめ、声を張り上げる。


「太公望!嘘でしょ、ちょっと、何今の!?ひどいどころじゃないよ!最低!卑劣!見損なったわ!!」


怒りを爆発させたを、張奎と楊ゼンが後ろから押さえたが、それでもなおは太公望を指差しながら騒いでいた。四不象はいつの間にかたちのところへ避難していたが、まさかのの激怒っぷりにおろおろするばかりだ。


「えーいやかましい!」


自分の後ろでぎゃあぎゃあ騒ぐに、太公望は言い返した。


「これぞ楽をしつつの完全勝利!どうだ妲己!」


「…あはん、それはどうかしらん?」


泣き続ける喜媚の傍で妲己を見上げた太公望に、妲己は意味深に微笑む。
そのとき、泣き続ける喜媚の頭に、ぽんと鶏の鶏冠のようなものが生えてきた。同時に背中には真っ白く丸っこい翼も。


「いかん!」


それまで太公望のすることに無関心のように突っ立っていた燃燈が、腕組みを解いた。


「半妖体!」


喜媚に現れた翼に気付いて、楊ゼンもそれが何を示しているのか察した。そして、半妖体となった喜媚の泣き声に誘われるように、どこからともなく現れた真っ白い羽根が、上空からふわふわといくつも舞い降りてくる。


「胡喜媚は雉鶏精だったか!」


「雉鶏精?」


珍しく焦るような表情を見せた燃燈を見て、何ですかそれ、と肩で息をしながらも幾分か落ち着いたは訊ねた。その間にも、ひらひらと羽根は舞い落ちてくる。


「雉鶏精は未来過去へと時間を自由に飛翔する鳥の妖怪だ。言い伝えでは、その羽根に触れた者は時間的な退行を起こす!」


その羽根が、今現在降ってきている。


「…って、やばすぎじゃないですか!」


燃燈の説明を受け、楊ゼンが慌てて六魂幡を広げ、自分を合わせその場にいる五人と四不象に羽根が触れるのを防いだ。


「太公望師叔、早く六魂幡の中に避難を!」


楊ゼンは急いで言ったが、ステージの真ん中付近にいた太公望はもうすでに何度か羽根に触れてしまっていた。天祥より年下に見える背格好になっていたが、降ってくる羽根にまた触れてしまい、どんどん小さくなっていく。六魂幡の中に避難しようとしたが、服に引っかかって前のめりに転けてしまった。


「ご主人!」


四不象が呼んだ。しかし、そんな四不象の叫びも空しく、太公望の姿は見えなくなり、やがて一瞬眩く光ったかと思うと、魂魄体となって飛んだ。


「…そ、んな…!」


楊ゼンが、目の前で起こったことに思わず叫んだ。は口を開けて呆けた顔で、高く昇っていく魂魄体を見つめた。


「……。……え?」


魂魄は闘技場の開いたままになっている天井を通り抜け、見えなくなった。は、隣にいる張奎の方をゆっくりと向いた。


「……え?…あれ?……封神?」


張奎も、まさか、と言いたげな表情だったが、に向かって、こっくりと頷いた。
観客席も、まさかの展開に騒然としていた。武吉は涙目で「おっしょーさまが」と呟いていたし、太乙と道行の十二仙二人組は「封神された?太公望が?」と二人で言い合っていた。妖怪たちも、まさか太公望が封神されるとは思っていなかったようだ。本来なら、喜媚が勝ったということになるのだから喜ぶはずの状況なのだが、皆表情を歪め釈然としない様子でステージを見ながら思い思いに騒いでいた。


「喜媚ん、喜媚ん」


喜媚は、自分が太公望が封神した気付いていなかったらしい。泣き顔のまま自分を呼んだ妲己を見上げた。


「太公望ちゃんは封神されたわん。これでスープーちゃんはあなたのものん」


「え!」


妲己の言葉に、喜媚は一瞬にして泣きやんだ。涙が止まるのと同時に、舞い落ちていた羽根が全て、すうと消えた。


「なんかわっかんないけど、やりぃやりぃ!スープーちゃーん!」


先程までの泣き顔に取って代わったように、今度は満面の笑顔で喜媚は四不象に飛びつこうとした。しかし四不象の顔を見た途端、喜媚は動きを止めた。四不象が、さっきまでの喜媚のように涙を流して泣いていたからだ。


「スープーちゃん…」


「うそっス、こんなのうそっスよ…」


ぽろぽろ涙を流しながら、四不象は呟いた。


「そうっス!この復活の玉を使うっス!そうすればご主人は…」


「やめておけ四不象」


右手で復活の玉を掲げた四不象を、燃燈が制する。


「肉体がない今、それを使っても無意味だ」


「でも燃燈さん…!」


「もう少し太公望を信じてやってはどうだ?」


燃燈は、今まで太公望がいた場所まで行くと、落ちている太極図を拾った。右手を力無くおろした四不象を見て、は四不象のすぐそばに歩み寄る。に気付いた四不象は、涙をいっぱいにためた目をに向けた。


「これまでもおまえ達は太公望と共に幾多の試練を乗り越えて来たのだろう?おまえ達の見てきた太公望は、この程度で死ぬような男か?」


皆の方を振り返り、燃燈は問う。
燃燈の言い方は、まるでまだ太公望は死んでいないと遠回しに言っているようなものだった。しかも、えらく確信めいた言い回しで。確かに太公望は目の前で封神されたにも関わらず。


「…燃燈さんは何か知ってるんですか?太公望は…死んでないんですか?今の言い方は、まるで…、太公望が絶対に戻ってくるような…。太公望は戻ってくるんですか?」


太極図を手に戻ってきた燃燈を見上げ、は眉根を寄せて訊ねた。しかしそんなを見下ろしながらも、燃燈は表情を変えなかった。


「私はおまえたちに、太公望のことを聞いただけだ。先程はあんなに怒声を飛ばしていたのに、おまえはえらく太公望のことを心配するのだな」


ちらと燃燈が小さく笑ったように見えた。


「あっあれは、思ったままのことを言っただけで!だって本当に最低な行為だったし…でも、太公望がいないと、」


「そう、おまえたちは太公望がああいった行為を行っても、基本的には太公望のことを信頼しているし信用している。これまで太公望に付いてきたのが何よりの証拠だ。だから私は、最後まで太公望を信じればいいと言っているだけだ。もう一度聞くが、今までの太公望を見てきた上で、おまえたちは先程封神された太公望を見てどう思う」


そう言って、燃燈は楊ゼンやナタクたちを見回した。


「…まず、死んでませんね」


溜息混じりに楊ゼンが言った。


「ゴキブリのようなやつだからな」


ナタクが言ってのける。あまりにもな表現に、思わずは吹き出した。四不象も目を擦って涙を拭い、燃燈を真っ直ぐに見て頷いた。


「持っておけ。太公望が再び戻ってきたときのために」


そう言って、燃燈は太極図をに向けて放った。は慌ててそれを受け取る。それを見届けると、燃燈は妲己の方を向いてを見上げた。


「妲己!消化試合をしてやろう。残りの妖怪は私が相手をする。依存はないな?」


妲己は何かを考え込むように、口元に手をあてて燃燈を見下ろしていたが、やがてにっこりと微笑んだ。


「いいわん、わらわチームラスト2人、出てらっしゃ〜いん」


ぱちん、と妲己が指を鳴らすと、今までステージが降ってきていたところから、羽音と共に妖怪が飛んできた。


「あの子たちも例に漏れず女カさまの力を頂いているわん。キツいわよ〜ん」


妖怪2人は燃燈の正面に揃って降りた。


「まとめて来い!」


燃燈がそう言って構えた瞬間、燃燈は宝貝を持っていないのに、なんの力なのか燃燈の周りに真っ赤な炎が燃え上がったような気がした。


































      



2006,8,26