「師叔、やはり少しおかしくありませんか?」 この場所から妲己に声が聞こえるはずはないが、楊ゼンは声を潜めて言った。 「妲己チームの一番手や二番手や、今のさんの相手も、戦った場所がこのように密閉された所でなければかなり強敵だったはずです。僕にはこの戦いは、『僕等に彼らを殺させるための茶番』にしか思えません」 一番手、張奎と当たった高覚は、このステージで限られた範囲に敷き詰められた土の中でしか力を使えなかった。もしここが地上で、無限に根を張れる土の上だったら、高覚は圧倒的に有利だったはずなのだ。 二番手の馬善も、密閉された空気中でしか動けなかったために、その力を発揮できなかったと思える。密閉された場所でなければ、馬善のあのガス状の体はどこまででも広がれるし、当たった相手が楊ゼンだったとは言え、あんなに早く決着がつくことはなかったのではないだろうか。 次の朱子真だって、この闘技場内という場所で、燃やすために必要な酸素も限られたここで、本当に充分に力を使い尽くせたかと言えば、もしかすると違うのかもしれない。 楊ゼンの言葉に、太公望はじっと考え込む。 「妲己の魂胆はよく見えぬが、今は続けるしかなかろうと思う。わしらはここの地理も女カの居所も分からんからのう」 「…そうですね」 楊ゼンは頷いた。その後ろでは、張奎がに「なぁ、おまえ結構強かったんだなぁ」と感心したように話しかけていた。 宝貝大会 四 立て続けの勝利に、観客席で崑崙組はわっと沸いた。 「すごいっス!三連勝っスよ!」 「さすがねぇ!まぁ当然の結果よね、あたしの財布がかかってるんだもの!死んでも勝ってもらわないと困るわ!」 四不象と蝉玉は、ぱんと両手を合わせて叩いた。 「おまえのは応援っつーか、ただの金欲じゃねえか」 「うるさいわよ葦護!」 「ねえ、姉ちゃんもすごかったけどさ、次はナタク兄ちゃん出るかなあ!」 「うん、出るかなあ。出たらいいね」 ナタク大好き2人組はにこにこ笑いながらステージを見下ろしていた。2人の後ろでは李靖がぶつぶつと何かをしきりに呟いていたが、誰の耳にも届かなかった。 丁度そのとき、妲己がステージ設置のボタンを押したようだった。第四ステージが上から降ってきた。今度は先程のように草木が生えたものではなく、乾いた土が敷かれたステージだった。極限まで細く削られた岩山のような、でこぼこした岩の柱がいくつも立てられている。 「さあ、わらわチーム第四のバトラーはこちらん。野獣系妖怪、烏文化ちゃんよ〜ん!」 今まで以上に力の入った紹介に、妲己側の観客は盛り上がった。 「烏文化か!」 「いけ烏文化!八つ裂きにしちまえ!」 ステージの一部分が開き、そこから自動の台に乗せられているらしい烏文化がゆっくりと上がってきて、その姿を見せた。烏文化は縦にも横にも大きな図体で、岩のように頑丈そうに見える。そしていくつかの岩の柱よりその背は高かった。目はどこか虚ろで息が荒く、「咲きてー」と何度も呟くように言っているのが気になった。 「うおーでかい!」 太公望や張奎は、烏文化の巨体を見上げた。烏文化は周りのことなどお構いなしのようで、「さきてー」「さかせろー」と今度は叫びながら暴れ出した。丁度烏文化の真正面にあった岩の柱が数本、音をたてて崩される。 「暴れておる…。『さきてー』とは何なのだ?」 「あれじゃないか?あの頭についてるちょうちんみたいなやつ」 張奎が烏文化の頭を指差す。確かに烏文化の頭にはちょうちんのようなものが小さくついていた。 「なんですかあれ?」 当人である烏文化が暴れているためよく見えなかったが、背伸びをしたり(あまり変わらないが)、頭を動かしたりして、はようやくそのちょうちんを確認できた。 「けだものに寄生する祈願花だな。破壊衝動を吸って成長する植物だ。寄生された者はその花を咲かせるためだけに、物を壊し続けるらしい」 燃燈が説明した。 「では次はわしが華麗な宝貝技であやつを、」 「待て」 太極図付き打神鞭を手に、一歩前へ出た太公望をナタクが止めた。 「きさまは出るな、その宝貝はオレを止める。次はオレが出る」 太公望の太極図は全ての宝貝を無効化する。宝貝人間であるナタクは動くことが出来なくなり止まってしまうのだ。だが何故か太公望はにやりと笑った。 「やなこった。なんならおぬしを停止させてから出てもよいのだが?」 「……殺す!」 ナタクは容赦なく太公望に宝貝攻撃を浴びせた。にやにや笑いながら太公望はそれらを避ける。 「ナタク…何をやっとる何を!」 観客席で太乙はナタクを見つめながら言った。ステージの上で楊ゼンと張奎、の3人は大きな溜息をついた。 「ちょいまちっ!」 そのとき、可愛らしい女の子の声が闘技場内に響き渡った。続いて、どこからともなく変わった音楽が流れてくる。 「…なんだこの間抜けなテーマソングのようなものは…?」 一時停戦したナタクと太公望、他のメンバーも全員、何事かと辺りを見回した。 「あ、あそこ」 張奎が真っ先に気付き、岩の柱の一つを指した。その柱の上には2つの人影が見える。1人は背が高く、もう1人は背が低い。そして、2人とも女性のようだ。背の低い方は、女性と言うより女の子と言った方が当てはまるように見える容姿で、流れてくる音楽に合わせてくるくると踊りながら歌っていた。もう1人の女性の方は、少女が歌い終わるのをじっと耐えるようにその場に立って微動だにしなかった。2人の共通点といえば、それぞれ羽衣を身に纏っていることである。 「…『喜媚』?」 少女が「喜媚ちゃん登場」と、手に持つマイクで歌っているのを聞いては呟いた。 「喜媚、っていうと」 「あーっとここでゲストチャレンジャー、わらわチームのアイドル喜媚と貴人の登場ー!この戦いは一体どうなってしまうのでしょうかー!」 の声は妲己の大音量の声に遮られ、貴人・喜媚に対する観客席からの声で闘技場内は埋め尽くされた。あらゆる所から「喜媚ちゃーん!」やら「貴人さまー!」という声が飛ぶ。さながら大人気アイドルのような人気ぶりである。 「ええ、あの二人が妲己三姉妹の次女である胡喜媚と、三女の王貴人です」 の呟いた声が聞こえていた楊ゼンが頷いた。胡喜媚は常ににこにこ笑っているが、王貴人は逆に厳しい表情を浮かべている。明るい美少女とキツそうな美人という印象を、は勝手に感じていた。そのキツそうな美人である王貴人は烏文化の方を向く。その一瞬前に、貴人がキッと太公望を睨んだのをは見た気がした。 「烏文化!太公望は私が殺すと10年前から決まっているのよ!あなたはお退きなさい!」 左手で追い払うような動作をし、烏文化を睨みつけて言い捨てた貴人は格好良かった。しかし、その動作より言動の中身には驚いた。 「…ん?え、太公望、あの人に何したの」 「……一度あやつに勝ったのを、まだ根に持っておるのだよ」 「勝ったあ!?」 驚いて思わず上げてしまった声が貴人に聞こえたらしい。鋭い目つきで睨まれてしまった。 しかし妲己三姉妹の一人に勝ったなんて、にわかには信じられない。 「どこで?聞いたことないよそんなの!いつ勝ったの?」 先程より声を潜めては訊ねた。 「後で詳しく教えてやるから、今は静かにしておけ!おぬしまであやつから目を付けられるぞ」 太公望が言い、貴人が武器であるらしい細い糸を烏文化の体に巻き付けたのを見て、は口をつぐんだ。貴人は烏文化の全身に巻き付けている糸を右手でしっかりと張り、身動きが取れないようにすると、左手でその糸全てを楽器の糸のように弾いた。貴人の手元から発生した震動は、糸を伝って烏文化の体に届き、細く強い糸の震動がその肉体を引き裂いた。一瞬で、烏文化は魂魄体へと姿を変えてしまった。 「あー!スープーちゃん見ーつけり!」 闘技場内の全員が、貴人の強さと戦いぶりに目を見張っていたり感心していたり、惚れ直していたりする中で、喜媚の高い声が響いた。喜媚は、四不象がいる観客席の真正面まで宙を飛んでやって来た。両手を広げ、今にも抱きつかんばかりの勢いである。 「喜媚さん危ないっス!ここにはバリアが張られて、」 四不象がバリアに手を付いて喜媚に言い終わらないうちに、バリアの向こう側で喜媚の姿がぱっと消えた。かと思うと、喜媚はすぐに、今度はバリアのこちら側にその姿を現した。そしてすぐに四不象に抱きつく。 「うわぁ…あれ、ちょっと羨ましい」 周りの誰をも気にせず四不象に抱きついて嬉しそうに笑っている喜媚を見て、はぽつりと呟いた。四不象に抱きついている喜媚のことも、喜媚に抱きつかれている四不象のことも(喜媚の可愛さが少し好みだった)、あんなに自分の気持ちに正直に動く喜媚の性格も、なんだか全てが羨ましく思えた。 「…羨ましいってのは、おそらく戦いとはなんら関係のないことを考えて言ってるんでしょうね。今はそんなこと言ってる場合じゃありませんさん」 呟きを楊ゼンに聞き咎められ、はやはりここでも口をつぐむことにした。 貴人から言わせれば「邪魔者」だった烏文化がいなくなり、貴人は太公望に向き直った。その顔は自信に満ちあふれている。 「さぁいくわよ太公望。以前やられた怨み、はらしてくれるわ!」 太公望は宝貝を貴人に向けた。 「リベンジということだな。よかろ」 「う」と最後まで言うことは出来なかった。ナタクの、捕獲用宝貝に太公望は捕獲されてしまったからである。頭だけ外の出て、体は捕獲用宝貝の中という有り得ない格好になっている。咄嗟のことで、貴人も「あ」と言うことしか出来なかった。 「ナタク!」 「オレが出ると言ったろう」 捕獲用宝貝で身動きの取れない太公望を尻目に、ナタクは太公望の頭上を飛び越え、貴人と向かい合った。 「いいな?」 ナタクは貴人を睨みつけた。貴人も負けずに、笑みを浮かべながら睨み返した。 「いいわ、邪魔するのならあなたも始末するまでよ!」 当初出る予定だった太公望の意志は思い切り無視されたまま(そして太公望はその格好のまま)、2人は戦闘態勢に入る。観客席から、太乙の熱い声援が飛んできた。それとほぼ同時に、貴人は両手を広げ、いくつもの糸を瞬時に操り一面に張り巡らせた。妲己側の妖怪たちが、わっと歓声を上げた。 「闘技場全体に琵琶の糸が!」 「これで貴人様の勝ちだ!」 「琵琶の糸」と誰かが言ったのを聞いて初めては、貴人が操っている糸は琵琶の糸なのだと知り、すると貴人は琵琶の妖怪か何かなのかと思った。しかし、その答えを誰かに聞くまえに、またそれ以上貴人について何かを考える前には一旦思考をストップさせなければならなかった。ナタクが一気に貴人への攻撃を開始したからである。闘技場内のあらゆる場所で次々に爆発が起こる。 「ここも少々危ないかもしれません。師叔が挟まってる宝貝の上へ移動しましょう」 楊ゼンが提案し、4人はナタクの宝貝の上へ飛び乗った。そして六魂幡で、闘技場全体を巻き込むほどの爆発からメンバーは一応安全を確保できた。足場となっていたステージもナタクの攻撃で全て壊れてしまった。 「ナタク、やった手応えはあるかい?」 少し離れた場所で浮いているナタクに聞こえる程度の声で、楊ゼンが聞いた。 「いや、まだ魂魄が飛んでない」 爆炎で見えないが、貴人がいるだろう場所をじっと見つめ、ナタクは答える。 そのとき、ナタクは左手を急に引っ張られたように上体がぐらりと一瞬傾き、次には左手の乾坤圏が音をたてて壊れた。そして爆炎の中を、きらきらと細い糸が舞うように見えたかと思うと、ナタクの宝貝全てに巻き付いていた。 「自分の爆炎で私の糸を見失うなんて、お笑いぐさね、宝貝人間」 貴人は変わらず同じ場所に浮いていた。あれほどのナタクの攻撃の中、傷一つ負っていない。ナタクは爆炎の中で徐々に見えてきた貴人の姿目掛け、再び宝貝を使おうとした。しかしそれよりも、貴人が手元の糸を弾く方が早かった。ナタクの攻撃用宝貝は、貴人の糸によって次々に壊される。飛翔用の宝貝もばらばらにされてしまい、宙に浮くことが出来なくなったナタクはバランスを失って、重力に従うしかなかった。 「能力がアップしたのはあなただけじゃない。私の宝貝の防御力もアップしたのよ、あなたの攻撃に耐えられるほどにね」 自分で崩したステージの瓦礫の上に落ちたナタクは貴人の声を聞きながら上半身を起こそうとした。そのナタクの胸に、貴人の糸が3本突き刺さった。3本の糸は貴人の手から真っ直ぐに伸びている。 「確かあなたの本体は胸部にあるんだったわね。趙公明戦でのデータは見たわ」 「まずい!」 楊ゼンがそう言うのが早かったか、貴人の方が早かったか。 「ごきげんよう、宝貝人間」 勝ち誇った顔で、貴人は糸を弾いた。張りつめた糸は弾かれた震動で震え、ナタクの体を貫いた。赤い血と共に、ナタクの本体が砕かれたのが見えた。ナタクの体は仰向けに、その場に横たわり動かなくなった。 「…ナタク」 ぽつりとは呟いた。 「そんな、ナタクが…」 楊ゼンが、信じられないという顔で、動かないナタクを見つめた。 「…王貴人が強くなってる、ってことか?」 張奎は貴人を見据える。貴人は変わらず強気な表情で笑んでいた。 「さぁ太公望、次はあなたの番よ!覚悟はいいわね!」 声と共に、貴人から琵琶の糸が飛んでくる。そして、器用に太公望の頭に巻き付いた。頭だけ外に出ている太公望は、それに抵抗する術を持っていなかった。 「なんとも卑劣なり王貴人!こんな姿のわしを!」 「おだまりっ!」 ぴしゃりと貴人は撥ね付ける。 「この日が来るのを待ちわびたわ…あんなチンケなやられ方をしたものだから…」 一体どんな負け方をしたのだろうとは思った。 「でも!これで私のトラウマも払拭される!姉さま、やっちゃってもいいわね!」 貴人は振り向いて妲己を見た。姉である妲己に一々断りを入れる辺り、可愛い性格はしているのかもしれない。 「あらん、でも貴人ちゃん。宝貝人間はまだ生きてるわよ〜ん?」 妲己は貴人を見下ろしながら、口元に手をあてていった。 「え?」 眉根を寄せて貴人は横たわるナタクを見下ろす。ナタクは、仰向けに倒れていたはずだったが、いつの間にか横向きになり、手足が動いていた。そして、何かに引っ張られるように体が浮き上がった。本体があったはずで、貴人の糸に貫かれた胸部も修復されていき、両肩の所に新しい宝貝が生えてくるようにして現れた。 「…ナタク、その宝貝は?」 楊ゼンが訊ねた。しかし、ナタクは答えず、というより自分でも何が起きたのか分かっていない様子だった。ナタクの両肩には、担ぐように二本の刃物が装備されていた。確かに胸の本体が壊されたのを、誰もが見たというのに。宝貝人間にとって、心臓のような役割である本体が壊されれば、それは死を意味する。しかしナタクは封神するどころか、新しい宝貝を備え付けて復活した。 「実はナタクの改造中にちょっとした細工をしておいたのだ!」 太公望が、楊ゼンやたちの下から言った。 「細工?」 楊ゼンが問う。 「本体の位置を移し替え、胸には偽物を入れておいたのだよ。そしてその偽物が壊されたら、ビーナスからもらった金蛟剪が発動するように移植しておいたのだ!」 「…うわ」 ぽかん、とは口を開けた。ということは。 「つまりナタクはただの宝貝改造人間ではなく、金蛟剪内臓スーパー宝貝改造人間となったのだ!」 先程の貴人に取って代わり、今度は太公望が勝ち誇ったような笑い声を上げた。 「き、金蛟剪ですって…!?」 貴人は目を見開いた。金蛟剪の威力と一度だけ対峙したことのあるは、そのときのことを思い出して顔をしかめた。金蛟剪は強かったという思い出しかない。さすがスーパー宝貝だと思ったものだった。 「オレの体にスーパー宝貝が…」 ナタクは呟いた。 「…ふん、あの二人にしては面白いことをしたな」 「させるか!虹龍を出す前に頭部の本体を壊してみせるわ!」 焦りを浮かべ、貴人は琵琶の糸をナタクに勢いよく向けた。しかしその糸がナタクに届くより先に、金蛟剪が輝く。ナタクの周りを、渦巻くように光が取り囲んだ。それらは4匹の龍の姿になり、貴人に向かっていった。 「おーすごいぞナタク!7匹とまではゆかぬが初めて使って4匹出たぞ!」 貴人に向かっていった4匹の龍は、貴人の宝貝の防御をいとも容易く打ち破った。そして大きく口を開け、貴人の宝貝に噛み付いた。 「…いやぁあ!羽衣を食べてる!」 貴人は叫び声を上げた。それを見ると、ナタクは腹の辺りから宝貝を抜き出し、龍の影から貴人に近付いた。 「ちょっとあんたら…やめなさいよ!」 貴人は羽衣を食べ続ける龍に向かって言ったが、龍がそれを聞くわけはなかった。そして、羽衣がほぼ食べられてしまった貴人は防御の力を失っており、ナタクは容易に近付くことが出来た。ナタクがすぐそこまで迫ってきていると気付いたときには、もう遅かった。 「死ね!」 ナタクは貴人に宝貝を向ける。 「いやぁあ!またこんな詐欺まがいの方法でやられるの!?おのれ太公望ー!」 そんな言葉を残し、ナタクの宝貝で貫かれた貴人は、一瞬眩い光に包まれると、石琵琶の姿になって力無くその場に落ちた。 「あやつ、また琵琶に戻りおった!ナタクの勝ちだ!」 琵琶の姿になった貴人を見下ろし、妲己が何か呟いたが、それは誰にも聞こえなかった。その表情からも、何を考えているのかは読み取れなかった。 戻 前 次 2006,8,25 |