禁鞭の最後の一撃で、高覚の根は全てばらばらと砕けて、土の吹き飛ばされた地に落ちた。それを見届け、禁鞭は力無く地の上にその身を横たえた。
そのとき、ただの植物の根になり果てた高覚の根たちが淡く光り始めた。その光には見覚えがあった。光は濃くなっていき、瞬間、一つの光の筋になって上へと飛んだ。


「魂魄体…?」


は呟いた。魂魄は、上へ飛んだのは良かったものの、この闘技場には外に出られる出口が見あたらなかった。高い天井辺りをぐるぐると、出口を探して飛んでいた。


「おかしいな…ここは宇宙で封神フィールド外のはずなのに…」


楊ゼンは眉根を寄せる。しかし、天井をうろうろしているのは魂魄体に間違いなかった。
闘技場から飛び上がった高覚の魂魄体を、妲己はじっと見つめる。なぜ、地球ではないここで魂魄が飛んだのか?


「いやん、誰の仕業かしらん?…まぁ、おおかたの予想はつくけどん」


そう呟いて、妲己はその笑みを深めた。

























宝貝大会 二




























高覚の魂魄が上空へと飛び、土の吹き飛んだステージの中心には張奎だけが残った。が、その張奎の体がぐらりと傾き、そのまま重力に引っ張られて地面に倒れた。


「張奎!」


禁鞭を使うために力を使い、そして高覚の根に捕らえられ体力を消費した時間もあった。ただでさえ禁鞭は普通の宝貝と違い、使うのに相当な力を使う。


「…やはり、かなりのダメージを受けているな」


倒れた張奎にいち早く駆けつけ、その張奎の背中辺りに手をかざして燃燈は呟いた。燃燈が手をかざしているところは、小さな明かりを灯したかのように淡く光っている。
燃燈はかざしている手に力を込めた。その瞬間、光の強さと大きさが増した。周りの空気も波打つ。それが終わると、光は輝きを弱め、すうと消えた。


「…あ、れ?なんかすっきり…」


光が消えてすぐ、張奎は起きあがった。不思議なことに、力を消耗したことによるだるさも苦痛も消え去っていた。先程の光が、消えるのと一緒にそれらも連れて行ったのだろうか。


「おまえは女カと戦うために必要な人材だ。ここで傷ついてもらっては困る」


「すごいなあんた」


立ち上がった燃燈を張奎は見上げた。燃燈は張奎の言葉には何も答えず、踵を返して太公望たちの元へ向かった。張奎もそれに続く。


「術…やはりあれは術です」


燃燈が張奎に使った技を見て、楊ゼンは賞賛の眼差しを燃燈に向けながら言った。


「術?」


「昔、まだ宝貝が主流ではなかった時代に使われていた仙人の力です。今では、水を酒に変えたり、僕の変化くらいしか残っていないと思っていましたが…」


楊ゼンの説明に、は感嘆の声を上げる。


「じゃあ、今の張奎さんの症状を治したり、雷震子の竜巻を止めるくらいだから、燃燈さんの術の能力ってすごいってことですよね」


「そうですね」


楊ゼンは頷く。


「さ〜てさてさて、皆さ〜ん。残念ながら第一試合は太公望ちゃんチームの勝ち〜ん」


マイクを片手に、妲己はさも残念そうに、だが非常に楽しそうに言った。


「それでは第二試合に移らせてもらうわねん。第二ステージモード、ポチっとなん」


妲己は第一試合のときと同様、椅子の手すりに付いているボタンを押した。すると今度は床ではなく、天井に仕掛けが施してあった。天井が箱の蓋のように開いたのだ。魂魄がチャンスとばかりに外に出て行ったのが見えた。そして、それと入れ違うようにして、何か丸いものが段々と近付いてきているのが見えた。なんだろう、とは目を凝らして見ようとし、


「いけない!」


それが何なのか見極める前に、楊ゼンに腕を捕まれ床から足を離して宙に浮いていた。段々近付いてきてるように見えたそれは、第二ステージだった。ステージが天井の上、もっと高いところから降ってきたのだ。楊ゼンは右手で太公望を、左手でを掴み、雷震子の翼を変化の術で出して宙に浮いていた。楊ゼンの素速い行動がなかったら、第二ステージの下敷きになっていたかもしれない。残りのメンバーは、燃燈がナタクに捕まり、その燃燈に張奎は掴まれて、第二ステージの下敷きになる事態を避けていた。そして天井は第二ステージが第一ステージの上に収まると、元のように閉まった。


「さーておたちあいん。わらわチーム、次なる登場人物はこちら〜ん」


ステージの中心付近に、もやもやとした霧のようなものが浮いていた。だが霧にしては色が濃いし、その色も決して好感の持てる色ではなかった。


「流体系妖怪の馬善ちゃんよ〜ん」


雲中子が実験で作りそうな感じだな、とは思った。そして、高覚のときと勝とも劣らぬ歓声が、馬善に対して上がる。


「…妖怪ってアレかい」


ステージの真ん中辺りで浮いている気体を見て太公望は言った。


「太公望師叔、次は僕が出ます」


楊ゼンは、いつもの笑みを浮かべたまま一歩前に出る。


「僕もこの六魂幡を試してみたいのです」


いつも、余裕さえ感じさせるその楊ゼンの笑顔は、仲間として一緒にいる分にはとても心強いものなのだが、もしも自分が敵側で楊ゼンのこの笑顔を見たら、一体どう思うだろうかと、は自分自身でもよく分からないことを思った。とりあえず、楊ゼンが味方で、仲間で良かったと思った。


「…オメーが通天教主のガキの楊ゼンかい」


霧が喋った。喋りながら、好ましくない色のその気体はぐるぐると渦巻き始める。


「オメーを殺せばおいらの名も上がるってなもんよ」


気体に顔が現れた。気体が積乱雲のように盛り上がった箇所に現れたその顔は、目と口と、よく見れば鼻も見えるかもしれない、という至極簡単なものだった。


「そのキレーなお顔をどろどろにしてやるぜ!」


「それは大変ですね。穏やかじゃない」


馬善を、楊ゼンはにこやかに受け流した。


「…その余裕ぶってるところも気にくわねぇ!」


馬善の霧が拡散し出した。楊ゼンの足下に、あの色の気体が流れ込んでくる。
と、急にその気体は眩い光と共に、大きな音をたてて爆発した。


「死ね死ねー!」


馬善の叫ぶ声が、爆音の次に闘技場内に響いた。爆発した場所、楊ゼンがいるはずの場所からは背の高い爆発雲が立ち上っていた。


「楊ゼン!」


楊ゼンがどうなったのかは、雲の外からは分からなかった。


「へへっ、まいったか!おいらはいつでもどこでも自由に爆発させられるんだ。吸い込めば肺だってポンってなもんさ!」


太公望たちから見て、爆発の衝撃で出来た雲の向こうに馬善の姿があった。馬善は既に勝利を確信しているようで、高笑いしていた。


「それがどうした?」


その馬善の正面、雲の中から楊ゼンが三尖刀を手に飛び出してきた。楊ゼンの周りには六魂幡。六魂幡は防御力にも長けているようだった。楊ゼンは、三尖刀でなぎ払うように馬善の霧を斬った。斬られて霧は、ざぁ、と空気中を流れる。


「ははっ、無駄だ!実体のないおいらが斬れるもんか!」


流れた先でまた霧は一つに集まり、馬善の顔が、笑いながら楊ゼンを見下すような目で見た。三尖刀で斬られたと言っても、なんのダメージも受けていない。空気中に浮かぶ気体の一つである馬善の体は、いくら鋭い切れ味を持つ刀であったとしても、空を斬るのと同じできっと斬れない。


「…なるほどね、キミはガスの妖怪というわけか」


楊ゼンの表情に笑みはなかったが、それでも特に切羽詰まったような顔でも、不安に駆られている顔でもない。


「確かにキミは厄介な敵だ。炎で焼き尽くそうとしても、どこまでも空気中に拡散してそれを防ぐだろう」


小さく溜息をついた楊ゼンに気付いているのかいないのか、馬善は誇らしげな顔を見せる。


「ただし、それは地上で戦ったらの話だ」


馬善を見据える。


「…なに?」


楊ゼンの言葉に、馬善は顔を歪ませた。


「この密閉された場所では、キミの長所を生かしきれないってことさ。僕にはキミを倒す方法なんて何種類でも思いつけるよ」


楊ゼンに笑顔が戻ってきた。その姿は一瞬歪むと、太公望の姿へと変わる。


「たとえば、師叔の風でキミを集めて、火竜縹で焼くとか」


風の渦が馬善を囲んだ。馬善は一瞬だけ叫び声を上げた。そして、今度は楊ゼンの姿は普賢へと変わる。


「または普賢師弟の太極符印で、キミを水素と酸素に分解することだって出来る」


弾けるような音と共に、馬善の体に穴が開いていく。


「だぁあ、やめろっ!」


馬善は引きつった声を響かせた。その馬善を見て楊ゼンはにこりと笑った。だがすぐにその笑みは消える。


「というわけで、僕には負ける要素がひとかけらもない。僕には今までに出会ったみんなの力が宿っているのだから」


楊ゼンの言葉に、馬善は絞り出すような声を出した。目の前にいる勝ち目の見えない強敵に、なんと言ったのかまでは聞こえなかったが。


「楊ゼンおぬし…」


「…なんでもアリだな」


「無敵…」


太公望、張奎、はそれぞれ呟いた。こんな楊ゼンに当たってしまった馬善が、少しかわいそうにさえ思えてくる。


「…さよなら馬善ちゃん、相手が悪かったわねん。悲しいわん」


妲己すらも、そんなことを言う始末だった。


「でも僕は、あえてこの六魂幡でキミを倒したい。降参するならやめてもいいけど、どうかな?」


楊ゼンは右手を頭の上へ伸ばした。ざわざわと六魂幡が楊ゼンを中心にして動き始めた。馬善は苦虫を噛み潰したような表情で楊ゼンを睨む。確かに楊ゼンは強い。このまま戦っても、勝ち目はないだろう。


「…誰が降参なんざするか!こちとら女カさまパワーでビンビンなんだよ!」


もう後には引けなかった。女カからの力があるからというだけでなく、馬善のプライドも、降参しないことを決定するのを手伝ったようだ。楊ゼンと正反対に余裕のない表情で、馬善は楊ゼンに勢いよく向かっていった。勝ち目がなくとも向かっていくその態度は称賛に値するかもしれない。


「やれやれ…いつもこうだ」


だが、その選択と態度が称賛に値するものだとしても、必ずしもそれが本人にとって有益になるとは限らない。
楊ゼンは笑みを作って小さく溜息をついた。楊ゼンの周りで渦巻いていた六魂幡が、獲物を捕らえるときの罠に使う網のように、馬善を捕らえて巻き付いた。六魂幡は楊ゼンがその身に纏っていたときよりもずっと大きくなり、馬善だけでなく、そのステージ全体を埋め尽くし始めた。
そして、どんどん広がっていく六魂幡に、ステージ上にいる太公望やたちも飲み込まれた。だが、飲み込まれたかと思うとすぐに六魂幡はまた小さく、元の布ほどの大きさに戻り始めたようだった。


「なんなのだこれは?」


六魂幡の中から抜け出し、今度はどんどん小さくなっていく球体状の六魂幡の上に乗って太公望は顔をしかめた。


「まだ小さくなる…降りよう」


張奎が促した。見下ろすと、先程まであったはずのステージがなくなっていた。六魂幡に飲み込まれてしまったのだろうか。仕方なしに太公望たちは、球体状である闘技場の、曲線を描いている床に降りた。そして上を見上げると、楊ゼンが、ほぼ元通りになった六魂幡を纏い、もはや手鞠程度の大きさになっていた六魂幡の一部をその手に取ろうとしているところだった。
そういえば、ステージがないのと同じように、馬善の姿がどこにもないということには気付いた。手鞠程度の大きさだった六魂幡はついに指の先くらいになり、ついに楊ゼンの纏う六魂幡と同化した。


「僕が包み込んだものは全て『無』となります。彼は魂魄さえも消滅しました」


「…魂魄すら…?」


は目を見開いて呟いた。


「これは、なんとも…」


闘技場内は、水を打ったようにしんと静まりかえった。うっすらと笑みをたたえて楊ゼンは太公望たちを見下ろす。


「なんとも残酷な宝貝です」


































      



2006,3,18