禁城は慌ただしかった。殷の時代が終わり、周が始まった。新しい統治者となった武王は沢山の仕事に追われている。周公旦は勿論、邑姜も禁城で武王の力となり慌ただしく動いている。


「みんな大変そうだね」


「そうだのう」


ついこの前まであの多忙さの中にいたのが、少し懐かしく思える。周が統治する国となりどこかと戦う必要がなくなった今、これからしなければならないことは、良い国となるため、発展するため、進んでいくためのことだ。


「太公望師叔!」


「楊ゼン」


哮天犬に乗った楊ゼンが、空を横切るように飛んできた。


「少しの間、暇をもらってもいいでしょうか?」


「ひま?」


太公望に、楊ゼンは頷いた。


「崑崙山と金鰲島の落下地点に行こうと思っています。禁鞭と六魂幡を探すために」


「スーパー宝貝か…そうか、おぬしがあれを使おうと言うのだな?」


崑崙山と金鰲島が人間界に落ちて、スーパー宝貝の2つはまだ行方不明になったままだった。聞仲の禁鞭と、通天教主の六魂幡。


「殷が滅亡したとはいえ、まだ強敵が残っていますし。妲己三姉妹、王天君3、そして…」


「…そして?」


太公望とは楊ゼンを見上げる。


「…いえ、まだ背後に何がいるか分かりませんから」


ふい、と楊ゼンは2人から目を逸らした。


「それでは」


哮天犬でその場を離れようとする。一瞬、太公望は何かを考えるように黙り込んだ。そして


「待て楊ゼン。ならばみんなで行こう」


「え?」


「もう人間界に仙道は必要ない」

























第三の島




























全仙道に連絡が行き、その翌日には朝歌を離れることになった。朝歌にいた崑崙の仙道全員はひとまず正面の門に集まり、武王、周公旦、邑姜の3人が見送りに来てくれた。


「太公望よぉ、マジで行っちまうのか?今までだってうまくやってきたじゃねぇか、ここにいてくれよ」


武王の言葉に太公望は首を左右に振る。


「それはだめだ。これからは邑姜と周公旦がおぬしの力になってくれよう。わしらはわしらでやらねばならんこともあるからのう」


「…そうか。でもよ、これが今生の別れってわけでもねぇよな」


武王は笑顔を向ける。太公望も、答えるように笑顔になった。


「うむ」


伝染するように、その場にいる全員に笑みが浮かぶ。もうお別れなのだ。
と、突然葦護がびくりと震えた。


「あら、どうしたの葦護?」


葦護の隣にいた蝉玉が怪訝そうな表情を浮かべた。


「…恐ろしい何かがくる」


葦護は腕を押さえて震えながら呟いた。太公望は葦護を振り向く。その太公望の後ろの空に、何かがあるのには気付いた。ある、というよりそれは段々大きくなってくる。威圧感と共に近付いてきている。「何あれ」と指差した先に皆の視線が向いた。


「太公望さまーっ!」


その何かは、鮮明になると同時に大声で太公望の名を呼んだ。そして、驚くほどのスピードで突っ込んできた。スピードを緩めることもなく地面にぶつかり、轟音が響く。間一髪で、その場の全員が飛んできたそれから逃れた。


「な…何事だビーナス…」


飛んできたのは雲霄三姉妹だった。マドンナの上にビーナスとクイーンが乗り、だがどうやって飛んできたのかは分からない。とりあえず突っ込んできた3人は無傷だった。


「太公望さま、重大な事実が判明したので飛んできましたの、あなたの元へ!」


「重大な事実?」


太公望にビーナスはゆっくりと頷いた。


「崑崙山と金鰲島の落下地点、そこから私たちはある重要なブツを発見いたしました。頑丈な真っ黒い箱です。それは、金鰲島の全データが入ったブラックボックスだったのです」


「ブラックボックス?金鰲島にはそんなものがあったんですか」


は訊ねる。金鰲出身の蝉玉も「へえ」と感嘆の声を上げた。


「ええ、私たちも全く知らなかったのですが。私たちは早速その中身を解析してみました。すると、中には衝撃の事実が残っていたのです」


「…なにがあったのだ?」


と蝉玉は顔を見合わせる。ビーナスは太公望を見据えたまま言った。


「太公望さま、覚えておいででしょうか。あなた方が十天君と戦っていたときのことを。あのとき聞仲は戦いもせずに、ひたすら西に航路をとっていましたわ」


「そういえば…どこに向かっておったのであろう?」


「その答えがこの箱の中に入っておりました」


ビーナスは箱を取り出し、皆に見せた。正方形で真っ黒く、重そうな箱だった。


「それすなわち金鰲島・崑崙山に続く、第三の島の存在ですわ」


太公望は驚いてビーナスを見つめた。も目を丸くする。第三の島?そんなものがあったのか。しかも聞仲はそこを目指していたと。
と、不意にビーナスは太公望から目を逸らし、俯いた。


「…いやですわ、太公望さまったら、そんな食い入るように見つめないで…」


「……ビーナス、続きを」


はっと我に返り、ビーナスは一つ咳払いをした。


「…第三の島、そこにおそらく妲己がいると思われます。きっと聞仲は崑崙山を落として妲己も倒そうと目論んでいたのでしょう」


「なるほどな…そういうことであったか」


太公望は二三度頷いた。


「よし!妲己の居場所が分かったとなれば、善は急げだ。皆、準備ができ次第落下地点に集まってくれ。、早う行くぞ!」


「え、ちょっと待って待って」


素速く四不象の背に乗り、を急かした。あたふたともそれに続く。


「太公望さん」


呼び止められ、振り向くと邑姜がいた。


「邑姜」


邑姜は太公望に歩み寄る。


「私はあなたをとても誇りに思う」


にこりと笑んで、そう言った。太公望も笑みを返す。


さんも、頑張ってください」


「ありがとう」


「スープーちゃん、ちょくちょく遊びに来てくださいね」


「来るっス来るっス、絶対来るっスよ!」


そして、四不象はふわりと地から徐々に離れ、高くのぼった。禁城から離れていく。は後ろを振り返った。


「もう人間界のみんなとはお別れか。寂しいね」


「以前の生活に戻ると考えればよかろう。仙人界で修行を積んでおったときに」


ここ数年間、殷が周に変わるまでの間、仙界は人間界に干渉しすぎていたのだ。それが使命だったとは言え、元々お互い別の場所に存在するもの同士なのだから。封神計画の任を命ぜられるまで、崑崙山で暮らしていたあの頃に戻る、それだけのことなのだ。それだけのことなのだが、やはり少し寂しかった。


「会いたくなれば、いつでも会いに行けば良い。スープーは会いに行くのであろう?」


「行くっスよ!絶対遊びに行くっス」


は小さく笑った。


「そっか。そうだね」


そしてもう一度振り返った。もう禁城は見えなかった。


前方に落下地点が見えてきた。崑崙山の残骸や、金鰲島の星たちが瓦礫の山となってそこら中に広がっている。その中に、一つ、不自然に浮かぶ球体があった。球体というよりも、球体になりかけているものと言った方が正しいだろうか。上部が欠けたようになっているのだ。


「ご主人、あんなものあったっスかねぇ?」


四不象は首を傾げる。その不完全な球体には、名前が書かれていた。


「崑崙山2…?…もしや。スープー、あの球体まで飛んでくれ」


「了解っス」


方向転換して、四不象は球体の方に飛んだ。球体の、欠けている上部に人影が見えた。その人物は何か機械を使って、そこをいじっていた。


「太乙!」


太公望は呼んだ。声に気付き、その人は顔を上げて作業を中断した。


「やあ!戦勝おめでとう」


太乙は手を振って、2人を歓迎した。この欠けた部分は、壊れたとかそういうことではなく、まだ作りかけの部分なのだ。


「この丸いのは…」


太公望が訊ねると、太乙はにやりと嬉しそうに笑った。


「私たちの新たな拠点である崑崙山2さ!前の崑崙山より大きさの面では劣るけど、宝貝プラズマ翼エンジン搭載で高速移動が可能!でもって通天砲を修理して積んであるというマニアックさ!」


「よくぞこの短期間で…」


凄いという思いと同時に、呆れるほどの技術と熱心さだいう思いも浮かんだ。


「太公望、


下方から声がした。見下ろすと、崑崙山2の下の瓦礫の中、原始天尊が飛来椅に乗ってそこまで来ていた。


「原始天尊さま」


いつの間に、と太公望とは驚く。


「2人に話がある。ついてくるのじゃ」


太公望とは四不象から降りた。太乙が休憩するということなので、四不象もそれに付き合って、2人が戻ってくるまでここにいると言った。四不象・太乙と別れて、2人は飛来椅に乗った原始天尊のあとについていった。原始天尊は、崑崙山2から離れた場所、金鰲島の星の一つの上まで来て止まった。


「太公望、。殷は滅亡し、周に変わった」


2人は頷いた。そして太公望が切り出す。


「はい、ですが当初の計画の目的であった妲己は消えました。どうやら、第三の島とやらにいるのではないか、と」


太公望の言葉に、ちらと原始天尊は2人を横目で見下ろした。だがすぐにまた正面を向き、息をついた。


「そうか…第三の島を見つけたか」


太公望は原始天尊を見上げる。


「驚かぬのう…知っておったのですな?」


原始天尊はすぐには答えなかった。一拍おいて、


「話というのはそのことじゃ。ついに話すべき時が来たようじゃ。妲己の背後におる『歴史の道標』。…女カのことを」


そこで初めて、原始天尊は2人の方を向いた。太公望とも原始天尊を見据える。


「女カとは、その強大な力で歴史を操っておる存在。歴史の変わり目に現れては、歴史に関わる王侯貴族や商人・発明家等の心を操り、自分の理想通りに動かしてきた」


「…そやつが妲己と手を組んでおると?」


「うむ」


原始天尊は頷く。


「なるほど…では封神計画とは、殷周革命を作り、女カと妲己に対抗するための戦力を整える計画だったわけですね?」


原始天尊は、再び2人から目を離した。


「すまぬ…もっと早く言うべきだったのやもしれぬのう…。じゃが女カに計画を気付かれぬよう、極めて自然に殷周革命を終える必要があった」


「…分かっております」


太公望は、ぎゅっと自分の手を握りしめた。


「わしを、わしらを騙し続けてきたことを責めるつもりはありません。もしわしが原始天尊さまの立場でも、同じことをしたでしょう」


太公望は、に目を向けた。は、ぎこちなく笑顔を作る。突然出てきた、あまりに大きな敵に驚いて頭の中が上手く回転してくれないのだ。原始天尊は続けた。


「女カは眠っている間は固い封印に守られておる。じゃが、歴史の変わり目にはその封印が解かれ、魂魄が動き出す」


は顔を上げる。


「ということは…」


「倒せるのは、目覚める『今』しかない」


原始天尊は2人を向いた。


「太公望…今回が『封神計画』の最後の任となるじゃろう。人間界・仙人界のために奴等を倒すのじゃ」


「女カ、妲己、王天君…」


太公望は呟く。最後に残った強敵たちは、今第三の島にいる。


「原始天尊さま、王天君とは何者なのでしょうか?原始天尊さまの元弟子ということは楊ゼンから聞いているのですが…」


考え込むように、腕を組んだ。は太公望を見る。


「ただ、なんというか…感じるのですよ。妲己のチームに属しておるようでおらんような気配が…。あやつの個人的な何かのために動いておるような」


よく分からず、は首を傾げた。原始天尊は何も答えない。これ以上待っても、答えらしい答えは出てこないことを、太公望もも察知した。原始天尊は何も知らないのかもしれない。だが知っているのかもしれない。しかし、おそらく何か心当たりがあっても今答える気はないのだろう。原始天尊の気配は、そう物語っていた。


「原始天尊さま、話は以上で終わりでしょうか」


「…うむ、そうじゃ」


崑崙山2で、四不象が待っているだろう。2人は一礼をして、踵を返した。が、





呼び止められ、2人は同時に振り向いた。呼ばれたのは、の名だけだったが。


に、個別に話がある。おまえは残るのじゃ」


は眉根を寄せる。思わず、太公望と顔を見合わせた。に個別に話があるということは、だけ残れ、太公望は戻れ、ということだ。先に戻る、と言って太公望はその場を後にした。


「なんでしょうか?」


は、先程まで自分が立っていた場所に戻った。そして、飛来椅の原始天尊を見上げた。


「おまえに伝えておかねばならんことがあるのじゃ」


原始天尊の表情は、その「伝えなければならないこと」の内容が、深刻なものであることを表しているようだった。なんなのだろう、は考えを巡らせる。「封神計画」に関係があることだろう、とだけは思えたが。原始天尊は小さく溜息をついた。


「この話をするには、数千年前に遡らねばならぬ」


「数、千年…?」


驚いて、は目を丸くする。
原始天尊はゆっくりと口を開いた。


































      



2006,2,2