「でもさ、太公望ずるいよね」


空には太陽。雲も浮かんでいる。ふと思い出したように、唐突には口を開けた。


「…何がだ?」


なんだいきなり、と太公望は眉根を寄せる。


「だって太公望は「1人にしてくれ」って言っといて、私が1人でいたら、来たじゃない。私はちゃんと「1人にして」って言われたこと、守ったのにさ」


「おぬしは「1人にしてくれ」など言わなかったではないか」


正確には、言う言わない以前の問題なのだが。ただ黙って外に出て行ったの後を追いかけただけなのだから。


「それは‥、…そうだけど」


言葉を返そうとし、適当なものが見つからなかった。


「それともおぬしは本当に1人でおりたかったのか?あの真夜中、あの場所に?」


月の光で多少は明るかったけれども、真夜中のあの時刻。そんなときに、何の気配もないあの場所に1人。


「…ごめん」


食い下がらず、素直に認めて俯いたに、太公望は拍子抜けした。…珍しい。


「真夜中のあの場所って何のことっスか?」


2人の間に、割ってはいるように四不象がいつの間にかそこにいた。瞬間、2人は互いに素速く後退る。


「ス、スープー!驚かすでない!」


「…驚かしたつもりはないんスが…ご主人たちが勝手に驚いたっスよ」


四不象は疑問符を頭の上に浮かべながら言った。そして一応、謝罪の言葉を告げる。律儀である。


「それでご主人たちは何の話してたんスか?真夜中がどうとか…」


「真夜中…・真夜中にー…」


「…そういえば雷震子と初めて会ったのは真夜中だったなーっていう話をね」


笑みを浮かべては取り繕った。確かに真夜中だった。立ち寄った村の横暴な金持ちの家へ、雷震子が盗賊として入ったときに初めて出会った。


「…雷震子さんっスか?」


2人は頷いてにこりと笑う。訝しげな表情を浮かべつつも、四不象は首を傾げるしかない。


「あれーっ?お師匠さまさん四不象、何してるんですかーっ?」


武吉がいつもの笑顔で元気に駆けてきた。


「雷震子さんの話してるんスよ」


「雷震子さんですか?」


無垢な笑顔で訊ねる。太公望とも、曖昧な笑顔を作った。そして今度は四不象が、雷震子と初めて会ったのは真夜中だったという話を武吉にし始めた。


「あらー?みんな揃って何してるのーっ?」


土行孫と、道行を抱えた蝉玉が通りかかった。何が原因で、こうも集まってくるのだろう、頼むからこれ以上増えるな、と思った。

























三大仙人
























「太上老君?」


進めていた筆が止まる。はそこから顔を上げた。太公望は頷いた。


「太上老君…っていうと、あの三大仙人の1人よね?」


三大仙人とは、崑崙山の原始天尊、金鰲島の通天教主、そして一応は崑崙山出身であるという太上老君の三人のことである。太上老君は何年も前から行方しれず。だがその実力は妲己以上、申公豹と同等だという。ついでにスーパー宝貝も持っているらしい。


「これから本格的に妲己と正面から戦うことになる。そのためにも太上老君を味方に引き入れておきたいのだ」


聞仲との戦いで、沢山の仲間を失った。戦力不足だった。


「探しに行くんだね。…で、私は何を?」


資料を閉じ、机の上を片付ける。


「おぬしには、ここに残って楊ゼンと一緒に姫発の手助けをしてもらいたい」


「留守番ね」


揃えた書物などを机の端に寄せた。


「出発はいつ?」


「明日の朝だ」


は頷く。


「帰ってくる予定日は?」


の問いに、太公望は腕を組んだ。


「うーむ…なにしろ太上老君はどこにおるか分からぬからのう…。とりあえずメンチ城に侵攻する頃までには戻ってきたいと思うのだが」


あてがないから、目的地を探すことから始めなければならない。1ヶ月やそこらで終わらせることの出来るものではないだろう。


姉ちゃんまだー?あっ太公望ー!」


開いていた扉の向こうから、天祥が元気よく部屋の中に入ってきた。そしてその顔は、ぱっと笑顔になる。


「ごめんね天祥くん、待たせて。はい、出来たよ」


そう言って、は今の今まで何かを書いていた紙をひらりと天祥に見せた。名前が書き連ねてあって、その名前たちはそれぞれ二つある枠のどちらかの中に収まっている。蝉玉、土行孫、天祥、天化、武吉、韋護、雷震子。もちろんも入っている。四不象は枠外に名前が書いてあり、「審判」とされていた。


「すごい姉ちゃん!」


「…なんなのだそれは?」


「うーん、チーム分け?」


「……チーム?」


太公望はなんとなく嫌な予感がして、を見つめた。


「ほら、やっぱり対抗戦の方が遊ぶにしても燃えるじゃない」


力やら色々なオプションを踏まえてチーム分けするの、けっこう大変だったんだから。そう言うはどこか楽しそうだ。


「おぬし……仕事しておったのでは…」


はっとの顔色が変わる。


「周公旦さんや楊ゼンさんには言わないでね、怒られるから」


太公望は脱力した。思わずため息をつく。


「天祥くん、先に外行ってみんなに分かれるよう言っといてくれる?」


こっくり、嬉しそうに天祥は頷くと、紙を手に走っていった。足音がどんどん遠ざかる。


「天祥くん、元気になって良かったよね」


は呟いた。同時に、椅子から立ち上がる。


「ちゃんと分かってるんだね、天祥くんは」


へと、太公望は視線を戻す。


「武成王さんが死んでも、それ乗り越えて笑ってる。忘れちゃ駄目だって、分かってるんだよ」


死んだ人が忘れられたとき、それは、もう一度死ぬのと同じこと。だから、忘れてはいけない。いくら一瞬にして何人もの知り合いが死んでしまったと言っても、天祥よりも何年も長く生きているというのに、なんだか情けない気持ちになった。


「…おぬしもちゃんと分かったのだから、良いのではないか?」


太公望が言うと、はふふ、と微笑んだ。


「うん。ありがとう」


教えてくれたことと、気付かせてくれたことへの、お礼。


「さってと」


は伸びをして息を吐いた。


「久しぶりに思いっきり動くかも。ストレス発散にはもってこいよね」


宝貝や術は使わない。宝貝以外の武器は使用可だが、いわば体力作りのようなものだ。


「そうだ。太公望もする?」


「…いや…わしは遠慮しておくよ」


「そう?」


じゃあ、いってきます。楽しそうには手を振ると、部屋を出て行った。窓から。恐らく、廊下を歩いていて周公旦や楊ゼンに見つかるとややこしくなると思ったからだろう。


天祥も勿論だが、にも元の通り元気が戻ってきて良かったと、太公望は思った。の笑顔は、どこか人を安心させてくれる。太公望は部屋を出ると、静かに扉を閉めた。


対抗戦の結果は、天化が一位。それ相応の結果が出た。はと言うと、どうしてか周公旦に遊んでいるのが見つかり、連れ戻され棄権ということになった。


「たまに、思いっきり動くくらい、良いじゃないですか!」


引きずられながらの反論は、


「そういうことは、仕事を全て片付けてから言いなさい」


あえなくぴしゃりと叩き伏せられた。




次の日の早朝、予定通り太公望は太上老君を探す旅に出ることになった。


「では、楊ゼンと共に頼んだぞ、


「大丈夫!なんたって楊ゼンさんだし」


「…楊ゼンに任せっきりにするでないぞ」


「気を付けます」


笑いながら、は言った。つられて太公望も自然と笑みを浮かべていた。


「四不象ちゃんも、気を付けてね」


「頑張るっス!」


四不象に、は笑顔のまま頷いた。


「じゃあ、いってらっしゃい太公望」


「うむ、行ってくるよ」


「お師匠さま、気を付けて!」


ふわりと四不象は空高く上昇する。青空に吸い込まれるように。今日も、透き通るほどの晴天だ。


「よし」


太公望と四不象が見えなくなるまで見送ったところで、は両手を合わせてパンと鳴らした。


「まずは朝ご飯だね、武吉くん」


「はい!」
































      


2005,08,30