崑崙山には入れない。十数分が経った。原始天尊の宝貝・盤古幡は重力を操るもの。それが今現在、崑崙山で発動されている。崑崙山の周囲には盤古幡によっての重力が発生していて、下方からでは近付くことが出来ない。


そのとき突然、大きな衝撃と、音が辺りに響いた。金鰲島全体が揺れた。ぱらぱらと、崑崙山や金鰲島の、亀裂の走っていた部分から破片が落ちてくる。


「お、重力の場が消えた!突入するぞ、太公望」


「うむ」


太公望は頷き、四不象はひらりと再び崑崙山に向かう。


「すごい衝撃だったけど…原始天尊さまは…」


楊ゼンが呟いた。原始天尊は崑崙山の教主だ。まさか、そのような人物が負けるはずはない。まして聞仲は、生きているとは言っても傷を負っているだろう。普賢たち十二仙からの攻撃によって。原始天尊が負けることは、ないはずだ。


「2人とも、気を引き締めよ。崑崙山に入るぞ」


太公望が言ったのと同時に、大きく風を切り、四不象は崑崙山の中へと突入した。


崑崙山は想像以上にひどい有様だった。見る影もない、というほどに。ただの岩山のようになっている。崩れ、壊され、今にも全てが崩壊してしまいそうな。


「…なんてことだ…崑崙山がボロボロじゃないか!」


人の気配もほとんどない。避難したのだろうか。それとも、


「楊ゼン、!あれを見よ!」


太公望が、表情を硬くし、上の方を指差した。壊れたり、崩されたりしている岩々の上。四角い、それでいて歪んだものが見える。


「あれは…十天君が使う空間…!?」


見覚えのあるそれ。まさか、と思った。その四角い中に、人の姿が映った。見覚えのある、


「よぉ、太公望に楊ゼンに。遅かったじゃねぇか」


不敵な笑みを浮かべ、黒い服に身を包んだ、十天君のリーダー。


「王天君!」


「バカな!」


楊ゼンは目を見開いた。


「生きてるなんて有り得ない!僕はこの目で確かに…」


王天君が封神されるのを見た。通天教主と戦わせられた、あの場所で。だから、一度死んだ人間が生き返るなどということは。


「知るかよ。あの死にかけのジジィにでも聞きな」


王天君は吐き捨てる。そして王天君が示した場所には、血を流し岩にもたれかかっている原始天尊と、白鶴と竜吉公主の姿があった。


「おお、そうだ。こいつらを忘れてたぜ」


今の今まで王天君が映っていた四角い空間。それと同じものが、3人の目の前に現れた。


「うわあっ!」


そしてすぐに、弾かれるようにして2人の人間がそこから飛び出てきた。


「いってぇ…何なのさ、これは…」


出てきた2人に、太公望達3人はまた驚いた。


「天化!天祥!」


この仙界大戦、太公望の命令で人間界にいるように言われていたはずの。苦虫を噛み潰したような顔で、太公望は2人を見る。


「おぬしら、人間界におれと言っといたであろう!」


「へへー来ちゃった!」


悪びれた様子もなく、嬉しそうに天祥は笑った。ばつが悪そうに、天化はそっぽを向いたが。


「…これで役者は揃ったな」


天化と天祥が出てきたそこに、再び王天君の姿が映し出された。メンバーはハッとして王天君の空間に向かい合う。


「まず言っておくぜ。この紅水陣第二形態は決して外からは入れねぇ。だが中にいるやつらは出るのは自由って仕組みだ。それを踏まえた上で、この面白いショーを見てくれよな」


王天君の姿は消えた。そして別の光景が映し出される。朝歌の禁城だった。だがこれは王天君の作り出した亜空間である。禁城は本物ではないだろう。ただ、そこにいる人物の2人が問題だった。聞仲と武成王。そこにいる人物はその2人だった。恐らく、久しぶりの再会になるだろう。そんな再会を感動するような状況ではないが。天化と天祥は画面に詰め寄った。その空間内には赤黒い霧が立ちこめている。あの、玉鼎を封神したのと同じ霧だ。


「オヤジ!今の聞太師は危険さ!」


「お父さん!早く出てっ!」


天化と天祥は、その四角い、今では向こうを映す画面となっているそれを思い切り叩きながら叫んだ。武成王は武器である刀・飛刀を握りしめた。この飛刀は妖刀で、意志を持ち喋る。先程から、強い酸を含んだ霧に当たって「痛い痛い」と喚いていた。


「…おい、飛刀よ」


「イッタタタタ!何だよぉ!?」


それどころではないと言わんばかりに、飛刀に付いている目が武成王を見上げた。酷くはないが、所々、既に酸のせいで酸化している。


「オメーは出てな」


言うと、武成王は何を思ったか急に飛刀を放り投げた。天化や天祥たちが見ている四角い空間へと。飛刀は難なくそれを通り抜け、天祥の手へ収まる。予想外の展開に、飛刀自身、目を丸くしていた。


「お父さん!?」


武成王は、天化・天祥らを見、心配するなとでも言うように笑顔を向けた。赤黒い霧は雨となり、武成王と聞仲に降り始めた。武成王は聞仲へと向き直る。


「…俺ぁ寂しいぜ聞仲。昔のオメーはいなくなっちまったんだな」


聞仲は答えない。小さく武成王はため息をつくと、拳を作った。


「ならばせめて、俺がテメーを殺すぜ」

























変わらないもの
























天祥は飛刀を握りしめ、より一層画面に近寄った。


「な‥何言ってるのお父さん!死んじゃうよ!出てきてよ!」


「心配すんな天祥」


ひらひらと、こちらは見ずに武成王は天祥に手を振る。


「オヤジ…」


天化が呟いた。


「行くぜ聞仲!」


酸の雨が降る中、まず動いたのはやはり武成王だった。両手を握りしめ、聞仲に向かって走る。聞仲は薄い笑みを浮かべた。


「馬鹿な男だ。体の頑丈さのみが取り柄の天然道士が、この私と戦えるものか」


聞仲は禁鞭を武成王に向ける。幾重にも分かれた鞭が武成王を捉えた。だがしかし武成王は止まらなかった。


「きくかよっ!」


大声で叫ぶと、やはりスピードは緩めずそのまま聞仲に向かう。


「ちっ…」


聞仲は宙に飛び上がり武成王を避け、その空中から再び武成王に向かって禁鞭を向けた。凄まじく飛び交う鞭を避ける術はない。悉く当たり、武成王は倒れた。


「オヤジ!」


「お父さん!」


天化、天祥は同時に叫んだ。


「ちくしょう!あの聞太師には勝てっこねぇさ!」


「お父さん!お父さんってば!」


天祥は画面を叩いた。酸の雨と、聞仲の禁鞭。その両方が武成王に襲ってくる。これではいくら頑丈だという武成王でも、


「…楊ゼン!」


「は、はい!」


突如声を荒げて名を呼んだ太公望に、楊ゼンは慌てた。


「王天君に変化し、紅水陣を解除できるか?」


「あ、なるほど」


太公望の案を、楊ゼンはすぐさま実行に移した。楊ゼンの姿が歪む。王天君へと変わった。


「天化くん、天祥くん、ちょっと退いて!」


楊ゼンは、天化と天祥の間に入り、四角い空間宝貝に手を置いた。


「…これは…」


「どうした?」


「…これは、無理です。この紅水陣は王天君自体が空間になっているものです。だから解除できるのも本人だけなのですが…」


表情を歪ませ、楊ゼンは元の姿に戻った。


「この王天君は前に会った王天君ではない…違う王天君です」


「なに?」


「…え?ど、どういうこと…」


太公望もも、分からず眉根を寄せる。楊ゼンはかぶりを振った。


「…分かりません」


前に会った王天君ではない。つまり、どういうことだろうか。王天君は――数人いる?


「それより、お父さん、お父さんが!」


天祥が、涙目で画面の向こうを見つめていた。酸の雨は止まない。むしろ強まっている。武成王も聞仲も、服がボロボロとあちこち破れている。


「…半死のわりにしつこいな、武成王」


聞仲が言った。


「へっ…そっちこそ」


にっと笑い、武成王は聞仲を見据える。


「…ここでおまえと本気で戦うつもりはない。人間界に戻った後に兵を使って堂々と戦いたいのだ。早くここから出ろ!」


「うるせぇよ!オメーを一発ぶん殴らにゃあ気が済まねぇ!」


ぽたりと血が滴った。武成王は再び、聞仲に向かって走り出した。聞仲は禁鞭を握り直し、武成王の顔を正面から見て、そこで、動きが止まった。武成王の方は止まらない。握りしめた拳を、聞仲に向け、


「この、大バカ野郎!」


叫ぶと、思い切り、聞仲を殴りつけた。聞仲は勢いで倒れ、カラン、と音をたてて何かが落ちた。


「聞仲の仮面が…」


楊ゼンが呟く。乾いた音をたてたのは、聞仲が左目に付けていた仮面だった。


と、そこで武成王の動きが止まる。膝を突き、ふらりと地面に倒れた。そしてそれを見計らったように酸の雨が強くなった。


「雨が強くなったよ天化兄様ぁ!お父さんが溶けちゃうよ!」


天祥が涙声で叫んだ。


「…っ、スース!十二仙は何やってるさ!十二仙なら何とか出来るはずさ!」


はっとした。そうだ。天化はまだ知らないのだ。思わずは天化と天祥から目をそらしてしまった。


「…もう、おらぬ」


呟くように、ぽつりと、太公望は言った。天化は目を瞠る。じっと、目の前にいる太公望を凝視した。


「なん…それじゃあ…道徳コーチは…っ?」


「…十二仙のうち十仙の死は確認済みだよ。現時点で生き残っているのは太乙様のみ…道行様は行方不明だ」


楊ゼンが告げた。


「道徳様は最期に…、…これを キミにと」


楊ゼンが差し出したのは、道徳の使っていた宝貝だった。天化はそれを躊躇いながらも受け取る。


「…、…コーチ」


画面の中からの雨の音が響く。強い雨の音。


「聞仲様、危険です。早々に離脱しませんと、いかに聞仲様と言えども…聞仲様!」


黒麒麟が呼びかけるも、聞仲は反応しない。倒れた武成王を、その場に突っ立ったまま見つめ、そこから動かない。武成王が動いた。力を入れ、起きあがる。


「聞仲よぉ…」


聞仲に向かって手を伸ばし


「目ぇ…覚ませよ…」


真っ直ぐに見た。


「もう、俺とおまえの殷はなくなっちまったんだ…。…もう、ねえんだよ…」


瞬間、聞仲の目に火が灯るかのように厳しくなった。


「…違う!私がいる限り殷はなくならない。何度でもよみがえる!裏切り者のおまえにそれを言われる筋合いはない、私を止める権利などないのだ!私を止められるのは私の味方だけだ!」


武成王はふ、と笑った。何かに安心したかのように。


「だから飛虎、無駄なことはやめてここから出ろ!おまえは私の敵だろう!?」


降り続く雨の中、武成王の周りを淡い光が包み始めた。それは段々濃くなっていく。酸の雨に当たりすぎたのだ。もう、


「…やっと…もとのツラに戻ったな聞仲…」


ハッと、聞仲は状況に気付いた。


「だめだ飛虎…」


武成王は変わらず、笑顔のまま。


「太公望どの!後は任せたぜ!」


大声で、武成王は太公望に言った。同時に、聞仲の前から武成王の姿はなくなった。代わりに、光が飛んでいく。それは、天化や天祥たちが食い入るように見ていた、画面のこちら側へと飛び出してきた。封神台を目指し飛んでいく。天祥は涙を流しながら天化に抱きついた。


「オヤジ…」


天化は天祥を抱き留め、俯いた。


「武成王…」


楊ゼンは呟き、飛んでいった魂魄を見つめた。太公望は無言で、武成王に頭を下げる。は俯いて、ぎゅっと目を閉じた。


武成王が封神された。だが、紅水陣の雨は止まない。中にはまだ、黒麒麟と聞仲がいる。

「『聞仲さま、早く紅水陣から脱出を…私の外殻すら酸に浸食されはじめております、聞仲さま!」


聞仲は動かない。黒麒麟は酸の雨から聞仲を庇い、外殻が溶け始めていた。


「ククク…終わったな聞仲。強固な意志が崩れたあんたなんざ怖くねぇ。やっぱあんたもただの人間だったってことだな!」


雨と共に立ちこめている霧の中、その霧が王天君の姿を作り出していた。聞仲は顔を上げそれを睨むと、禁鞭を向けた。凄まじい轟音が響く。空間中に、無数に分かれた禁鞭が大きな音を生み出しながら暴れた。そして、とうとう空間にヒビが入った。禁城を映し出していた画面に、亀裂と穴。それを引き金に禁鞭は一気に空間を壊した。


「まだ、こんな力が…」


楊ゼンが呟いた。何かが破裂したような音と閃光が走った。次には、その空間があった場所には黒麒麟と王天君の姿。黒麒麟の背中には聞仲が横たわっていた。酸の雨を浴びた黒麒麟は、一瞬ぐらりとよろめいたが体勢を立て直し、その場から飛んでいった。そして、王天君の笑い声がその場に木霊する。


「オレの魂魄の1つを使った甲斐があったなぁ!ありがとよ!生き甲斐を感じたぜ!」


王天君は絶え間なく笑っていた。血を流しながら。聞仲の禁鞭を真正面から受けたのと同じ事なのだ。王天君の体は光り始め、先程の武成王と同じように1つの光になると、封神台へと飛んでいった。


「…4人とも、良いか」


まず口を開いたのは太公望だった。四不象も入れて5人は、太公望に視線を向ける。


「崑崙山はじきに落ちる。辛いであろうが脱出の準備をせよ」


言いながら、太公望は四不象に乗った。


「…師叔は?」


楊ゼンは訊ねながらも、答えは分かっていた。


「後始末を付ける」


静かに太公望は言った。四不象と太公望に、は近寄る。


「太公望」


太公望はに目を向けた。


「私も行く。行きたい。ちゃんと…見届けたいから」


真っ直ぐに太公望を見つめる。太公望は一瞬、何か言いたそうに口を開きかけたが、止めた。代わりに手を差し出す。


「行こう、


「…ありがとう」


小さく笑みを浮かべ、は太公望の手を取り、四不象に乗った。


「もう、終わらせねばならぬのだ」


































      


2005,08,06