もし、時間を元に戻すことが出来る方法があったなら、 もし、別に方法があったなら、 もし、もっと力があったなら、 「過ぎたものは、もう変えられないんだよ」 分かってるよ。分かってるけど、 「こんな別れ方、嫌だ」 微笑んでくれた顔を、最後の言葉を、忘れることが出来ない。 「忘れる必要は、ないでしょう」 「忘れられたとき、それはもう一度死ぬのと同じことです」 「だから、…忘れないで」 前途 気付くと、周りは瓦礫の山だった。あの、金鰲島内部を埋め尽くすように浮いていた星たちの残骸。動力炉が壊れ、落下してしまった無数の星。目の前には、一度だけ見たことのある姿。四不象の、変身した姿だった。そしての横には太公望。どうしてここにいるんだったか、なぜ四不象は変身出来ているのか、ゆっくりとしか動かない頭では、その答えはなかなか出てこなかった。 十二仙が封神された。最期の大きな爆発。普賢の、宝貝での自爆だった。 「師叔!四不象!さん!」 後ろから声がした。 「楊ゼン!」 四不象がいつものそれとは違う低い声で、3人より少し離れた場所から走り寄ってきた楊ゼンに気付いた。 「四不象、キミ変身して2人を守ってくれたのかい?」 「…実は俺自身、なんで変身出来たのか分からねえんだ。スープー族は大人しか変身出来ねえはずなのに」 「…また何かアイテムを使ったのかな」 復活の玉のときのように。趙公明と戦ったとき。四不象は一度、復活の玉で生き返り、しかもそのときは大人の姿に変身して、だった。あのときのように、今回もまた何かが働いたのだろうか。 「アイテムつったって今はこの白紙しか…ん!?」 パパからもらったという紙を取り出し、四不象は声を上げた。真っ白だったはずのその紙には、いつの間にか文字が書いてあったのだ。 「これは!大人になった証の「成人証明書」じゃねえか!」 ただ真っ白だった紙には文字が刻まれていて、それはスープーパパからの言葉だった。 「そ、そうか!十二仙が聞仲に集中攻撃したときの熱で、あぶり出しの文字が出てきたんだ!」 「…どういう理由で、あぶり出しで書かれて…」 何はともあれ、四不象はこれで、自由自在に変身できるようになったというわけだ。 「楊ゼン…」 太公望が、ぽつりと呟いた。はゆっくりと太公望に顔を向け、楊ゼンも四不象から太公望へと視線を移した。 「わしは…こうなるであろうことが分かっておった」 視界を遮る星が1つもなくなった金鰲島内部。ひらけた視界が、太公望の瞳に映る。 「普賢の性格や十二仙の立場…それらを考えれば自明であろう。あやつらが玉砕覚悟で聞仲と戦うということが」 ここは、崑崙十二仙が意地にかけても必ず十二仙を倒してみせる。彼らは最後にそう言った。そうして、ここにいたはずの十二仙は、今はもう誰もいない。 「わしは、人の心につけ込んだのだ。…なんと最悪な策であろう。わしは、」 「太公望」 は咄嗟に、太公望の腕を掴んでいた。 「…もう、良いから」 の声は、自分でも情けなくなるほど掠れていた。俯いたに、太公望は言葉を止めた。 「…ですが、死なすつもりはなかったのでしょう?失策ではなく、敵が強すぎたのです。十二仙を使わなければ聞仲は倒せなかったでしょうし」 楊ゼンが言った。「十二仙を使った」、その言葉だけが、ひどく耳に残る。しかし、太公望は楊ゼンの言葉に、首を左右に振った。 「聞仲は死んではおらぬよ。だからこそあやつらが浮かばれぬのだ」 は強く、両手を握りしめた。太公望の言葉に、楊ゼンの顔色が変わる。 「まさか…そんなことは有り得ません!黒麒麟に乗っていない状態で、あの爆発の直撃を受けたのですから!」 普賢の、宝貝による爆発は最大規模のものだった。全てを巻き込むのではないかと言うほどの。声すら届かない音が辺りを包んだあの瞬間、普賢の魂魄が封神台に飛んでいったのすら見ることは出来なかった。 「普賢の自爆の余韻を見よ」 太公望は静かに、そこを指差す。まだ残る爆発の余韻。熱を持ち、赤く白く揺らめいているそこの中心に、普賢はいたのだ。楊ゼンは目をこらす。 「…そ、んな、」 確かにあった。黒い、爆発のものとは関係のない影。姿形は丁度、黒麒麟と同じ。つまり、 「そんな馬鹿な…!」 聞仲は生きている。黒麒麟の外殻に守られたのだ。あの爆発の中、死んでいない。楊ゼンの声も空しく、聞仲は見事に期待を裏切ってくれたのだ。そのとき、黒麒麟らしきものの姿が、すうと空気に消えた。 「聞仲のヤロー消えたぜ、太公望!」 「おそらく崑崙山へと向かったのだ。あやつからは、わしらが見えておらぬだろうからのう。位置の明白な原始天尊さまをまず倒しに行ったのだ」 崑崙山の教主・原始天尊の元へ。聞仲は仙人界を滅亡させると言っていた。だとすれば、いずれにしろ対峙しなくてはならない最も大きな敵である原始天尊の元へ向かうのは、至極当然のこと。まさかあの爆発に巻き込まれて死んだなどとは思っていないだろうが、姿の見えない太公望たちよりも、居場所を知っている原始天尊のところへ行ったのであろう。 「わしらも行こう、スープー、」 2人を見、太公望はゆっくりと言った。楊ゼンは渋るような面持ちで見つめていたが、 「太公望師叔…こんな事は言いたくありませんが…、…行っても…」 あれほどの攻撃でも死ななかった聞仲に勝てる自信がどこにあるだろう。そんなものを未だに持てるほどの自信も驕りも、ここにいる者は誰一人として持っていない。そんなものは、あの聞仲相手に、無意味なものでしかなかった。 「分かっておる。勝算はゼロだ。…だが、最早引き返せぬのだよ」 引き返せない、引き返すことは出来ない。 ひとまず、崑崙山に戻ろう。太公望の言葉で、3人は四不象に乗った。金鰲島に、寄生するような格好でぶつかっている崑崙山は、この金鰲内部から見てはるか上空に見える。高い高い天井に落下してきた岩石のようだった。四不象は3人を乗せ、真上に見えている崑崙山に向かって上昇した。もう少しで到着する。 「…ん?」 四不象の動きがぴたりと止まった。 「どうしたスープー?」 「なんか…前に進めねぇ」 四不象は手で宙を掻きわけるようにばたばたとした。が、それ以上進まない。ふと、3人は上空の崑崙山に目をやる。 「…な、」 「崑崙山が…」 ぐにゃりと、軟体のようになっている崑崙山が見えた。何かの力によって歪められているのだ。大きな固い岩山とは思えないほどに曲がり、歪み、まるで何かそういう映像を見ているようだ。 「あれは…」 「確か原始天尊さまの宝貝の…盤古幡?」 「七つのスーパー宝貝の1つだ。その所有者以外が使うと一分と持たずに力を吸い取られて死ぬという…」 この仙人界で七つ、最高の力を持っているとされているスーパー宝貝。申公豹の雷公鞭、趙公明の金蛟剪、聞仲の禁鞭、妲己の傾世元穣、太上老君の太極図、通天教主の六魂幡、原始天尊の盤古幡。遙か昔にこの七つの宝貝は発掘されたのだと言われている。その他の宝貝は、この七つをモデルに作られたものであるとも。 「では崑崙山では、今そのスーパー宝貝同士が戦っているのですね」 楊ゼンが不安そうに表情を歪め、崑崙山を見つめる。 「うむ…しばし崑崙山には入れぬか。状況が変わり次第、突入しよう」 太公望はそう言って、四不象はそれに従い、その場で3人を乗せたまま待つことになった。 戻 前 次 2005,08,05 |