数の上では圧倒的に有利だった。数さえも無効とする力がない限りは。 「太公望師叔!」 「楊ゼン」 道徳の黄巾力士に同乗していた楊ゼンは太公望を呼んだ。太公望は見上げる。 「おぬしいいのか?戦いっぱなしではないか」 「何をおっしゃる。僕がやらなくて誰が聞仲をやるんですか?」 余裕表情で楊ゼンは笑みを浮かべた。太公望は苦笑した。 「…自信家だなぁ」 そんな楊ゼンの隣で、小さく道徳は呟いていた。 「それに、戦いっぱなしと言えばさんもでしょう。今は温存より使える力は使った方が良いんじゃないですか?」 「それはそうだが…」 太公望は楊ゼンを見、次にちらりとを見た。 「私も大丈夫。それと私も、楊ゼンさんと一緒に道徳さんとこいるから」 笑顔で二、三度太公望の肩を叩くやいなや、身軽には道徳の黄巾力士に飛び乗った。 「えーとなんだっけ、Bクイック?使うんでしょ。なら太公望は普賢と一緒じゃないと駄目よね。四不象ちゃんは3人も乗せられないし」 に、太公望は頷く。選手交代、というように、と普賢は場所を移動した。今度は普賢が四不象の背に乗る。 「聞仲、あなたには借りがあったね」 楊ゼンが聞仲に向かって言った。それと同時に、楊ゼンの姿が歪む。変化の術かと誰もが思ったが、そうではなかった。 「…よっ楊ゼン!その姿は何だっ?いったい何に変化を」 変化ではなく、「元に戻った」。今までの楊ゼンとは似ても似つかない姿。明らかに動揺しながら道徳は楊ゼンを見つめ訊ねた。 「変化ではありません。半妖態です」 道徳とは裏腹に落ち着いた口調で楊ゼンは答える。 「楊ゼンが妖怪?」 「知ってたか?」 「いや・・・」 色々な声が飛び交う。そんな中、太公望は楊ゼンを真っ直ぐ見据え、1つ、頷いた。楊ゼンは少し気まずそうに、だが笑みを浮かべる。 「やっぱりその姿になると、いつもの倍以上は強そうに見えますよね、楊ゼンさん。なんだろう、なんかこう、威厳?」 横から覗き込むように楊ゼンを見、は言った。 「…褒めてくれてるんですよね?」 そんな楊ゼンの疑問に、は笑った。 「そりゃもう、もちろん」 届かない声 「普賢、サポートを頼む。他の者も楊ゼンに続け」 太公望の言葉で、まず楊ゼンが動いた。三尖刀を手に、黄巾力士から飛び降りる。 「行くぞ聞仲!」 そして真っ直ぐに聞仲へと向かった。宝貝で思い切り聞仲を斬りつけ、同時に破壊音が響く。 「やったか?手応えはあったけど・・」 が、楊ゼンの乗っている星に、聞仲の禁鞭が向かってきた。聞仲がいた場所、破壊音と煙が立ち上っているところから。姿は見えないが、生きている。普通に宝貝を使ってくるということは、深手を負った様子もない。急いで楊ゼンはその場から離れた。 「気を抜くな楊ゼン!相手は聞仲なのだぞ!」 「…分かってますよ!」 あまりにも呆気なく、自分の攻撃が効かなかったことと、太公望の言葉に、楊ゼンは思わず吐き捨てた。 「さぁて、んじゃあ気を取り直して、行くぜ聞仲!宝貝、陰陽鏡!」 楊ゼンの次に動いたのは、赤精子。殷の太子であった二人の兄弟の、弟の方だった殷洪の師匠だ。刀のような形の宝貝で、一降りすると四角く薄い鏡が幾枚も宙に現れた。それは、聞仲がいるであろう場所を取り囲むと、一気に光線を浴びせた。 「万能包丁アターック!」 「行け番天印っ」 「落魂鐘じゃわ」 「梱仙縄!」 「瑠璃瓶…」 そして次々に、遠距離戦に長けた十二仙は自らの宝貝を聞仲に向けた。もはや誰が何を使っているのか分からないくらい、攻撃が一瞬で入り乱れる。 「…げっ」 事の事態に気付いた太公望は状況を見て、思わず後退りたくなった。が、もう遅い。 「これはまずいな、!」 「はい、かなり」 接近戦が得意な道徳は、と共に未だ黄巾力士の上。何が楽しいのか笑顔のままその場を見つめ、に言った。も真顔で頷く。瞬間、大きな眩い光が辺りを襲った。そしてそれ以上に大きな爆音が轟く。爆風も同じように発生して、咄嗟に道徳とは腰を屈めて黄巾力士にしがみついた。 「たわけっ!一気にやったら危ないであろうが!」 ぐるぐると、爆風のせいで回る黄巾力士たちに太公望は声を荒げた。 「うっし、トドメは俺たち接近戦組だな!」 道徳や慈航たち接近戦に長けた仙人が、今度は爆音の響いたそこに近付く。 「!サポート頼むぜ!」 こくりとは頷く。 「無茶はするでないぞ!」 後ろから聞こえてきた声に、は宝貝を振って答えた。十二仙たちからのいくつもの宝貝技で、それぞれの攻撃が化学反応を起こして爆発が起こったのだった。 「うお、すげぇ熱だ…」 「こりゃあいくらなんでも聞仲生きてないんじゃ…」 だがしかし、魂魄は飛んでいない。爆発に紛れて見逃したというわけでもない。 「どうだ黄竜?」 「太公望、この状態では…」 恐らく、無傷ではないだろうが、しかし油断は出来ない。そのとき、その炎の中に、なにか黒い影が見えた。 「…道徳さん、あれ」 まさか、と、が指差したその先。道徳はの指した場所を見て、目を瞠った。 「な…お、おい!見ろ!」 一斉に視線が集中する。煙と、炎の熱の中。動かない黒い影がある。真っ黒な、あれは 「さしでがましい真似をしました、聞仲さま」 「いや、ご苦労だったな黒麒麟」 聞仲の霊獣、黒麒麟だった。硬そうな黒い外殻を持ち、その外殻が防御の役割を果たしたのだ。 「ばかな!あの外殻は宝貝合金以上だと言うのか!」 道徳が叫ぶ。普賢の核融合のときも、恐らくは同じ手を使ったのだろう。この激しいほどの熱に耐えられるのだから、普賢の核融合にも勿論耐えられたわけだ。納得がいく。しかし納得がいっても、それは状況が悪いということを示しているだけだ。 「どうした?もう来ないのか?」 黒麒麟から降り、聞仲は崑崙の仙道たちを見上げた。圧迫されるような威圧感が増した。空気が重い。 「…おうよ、お望み通りやってやるぜ!」 臆した気持ちを飲み込むように、慈航と黄竜が、宝貝を手に飛び出した。 「いかん…!普賢、あやつらのガードをせねば!」 「う、うん!」 慌てて普賢は宝貝の操作を始めた。間に合うだろうか。 「くたばれ聞仲!」 慈航が宝貝を振り上げる。 「本気を出すのは数十年ぶりだな…」 言って、聞仲は宝貝を勢いよく振った。同時に太公望も打神鞭を、普賢の太極符印と共に発動させる。風が慈航と黄竜の周りを囲んだ。しかし、その風を破り、禁鞭は二人の体へと呆気なく届いた。 「なっ 風が…」 そして2人は、聞仲の目の前にどさりと音をたてて落ちた。赤い血と共に。 「黄竜!慈航!」 真っ赤な鮮血が倒れた2人を囲むように流れる。2人は動かなかった。 「そんな…」 目の前の光景に、は立ちすくんだ。太公望の風さえも意味がなかった。そんな、どうして。 「余力を残して戦うのは、死にゆく者に対して失礼だったな。だが私が本気を出した以上、仙人界は今日滅亡する」 倒れた黄竜と慈航の体が光に包まれ始め、一瞬大きな光になると、それは、上空へと飛んでいった。 「黄竜と…慈航が…」 ばし、と音がした。聞仲の禁鞭だった。鞭が空気を着る音がする。それらは全て、今度は黄巾力士に向かってきていた。 「うわっ な、宝貝合金なのに」 鞭の当たった黄巾着力士は、悉く破壊されていく。破片が落ちていく。バランスを保てなくなり、ぐらぐらと不安定に揺れた。このまま乗っているのは危険かもしれない。 「、降りるぞ!」 「は、はいっ」 二人は黄巾力士から、飛び降りた。他の十二仙や武吉たちも下へと降りる。同時に、は宝貝を羽衣形にすると、地を蹴り四不象のもとへと飛んだ。 「太公望っ」 「…」 眉根を寄せ、どうすればいいのか分からないと言うように、光を失いかけている太公望の目を見て、は二の句が継げなくなってしまった。言葉がどこかへ飛んでいった。そんなに気付いたのか、普賢が口を開く。 「望ちゃん、聞仲が強いなんて最初から分かってたことじゃない。…死者が出たからって揺るがないで」 「…分かっておる!」 再び、太公望の目が強いものへと変わる。 「普賢、、星降るときがわしらの最後の好機だ。それを逃せば仙人界は聞仲1人のために滅びるであろう」 「星降るとき…?あぁ、なるほどね」 太公望に、普賢は頷く。は一瞬何のことかさっぱり分からなかったが、普賢がにこりとに微笑んだのと、太公望の強い表情を見て、理解できた。二三度、太公望と普賢に向かって頷いた。 「そうとなれば、わしらも一旦どこかに降りるぞ」 太公望の指示で、3人と四不象は1つの大きな星の上に降りた。そしてすぐに、普賢は宝貝を両手に、それをかざす。太極符印で、十二仙に「星降るとき」の作戦を伝えるためだ。鼓膜を振動させ、それは十二仙にしか聞こえない。 嫌な感じがぬぐい取れない。ずっと同じ。 「…太公望。なんか…、…不安なんだけど」 宝貝を握りしめ、は太公望を見た。の表情に笑みはない。 「不安なのは…皆同じだよ」 ぽん、との背を叩いた。原因は聞仲だけなのだろうか、それ以外には考えられないが、この纏わり付くような不安と嫌な空気はなんだろう。そのとき、普賢が宝貝を下げ、小さく息をついた。その顔色は優れない。 「普賢、…伝えたか?」 「うん…」 ふらりと、少し普賢はよろめき、頭を押さえた。 「おぬしはもう力が残っておるまい、休んでおれ」 「それは、望ちゃんだって同じでしょ?ちゃんだって…。それにこう見えても僕だって…崑崙十二仙なんだよ」 そのとき、はっとは思い付いたように顔を上げて普賢を見た。 「そうだ。仙桃エキスいる?私、これ飲んでから結構体力回復出来たよ」 は仙桃エキスの入った瓶を取り出した。まだ充分に中身の入ったそれを、普賢に見せる。 「おぬし…どこから」 「持ってたの忘れてた。はい、少しは体力回復するはずだから」 ふたを開けて、普賢に二粒差し出した。小さく笑うと普賢はそれを受け取った。 「…ありがとう」 気休め程度だとしても。どういたしましてとは笑う。これから何が起ころうとしているのか、気付いていないだろう。の差し出したこれは、効力を発揮する前に、意味をなくしてしまうかもしれない。少し悲しい。そして申し訳ないような気持ちになった。それでもそのことを口にすることは出来ない。無駄になってしまうから。 「どうした、崑崙十二仙。私を倒すのではなかったのか?来ないのなら私から行くぞ」 こちらの出方をうかがっていた聞仲が、静かに鞭を振った。ひゅ、と禁鞭が小さく音をたてて宙を舞う。 「おっと待ちな!ちょっくら上を見てみー」 道徳が手を挙げ、上空を示した。 「何…?」 聞仲は上を見上げる。他の全員も上を見た。 「…落ちてきた」 はぽつりと呟いた。がらがらと音をたてながら、星達が落ちてくる。つい先程、金鰲島の中枢である動力炉が壊れたことが原因だった。壊れたそのせいで力が狂い、星が浮力を失ったのだ。星はそれぞれ他の星たちを巻き込みながら落下していく。聞仲はその場から飛び退いた。そして、今の今まで聞仲がいた場所は、落ちてきた星に巻き込まれて崩れ落ちていった。 「なるほどな、太公望め。…これを待っていたのか」 身軽に飛び移りながら、聞仲は星たちの間を掠めていく。黒麒麟も聞仲の後を追った。 「よっしゃ行くぜみんな!」 道徳のその声を合図に、十二仙は同時に飛び出した。聞仲の方へ。 「普賢師匠!オレもお供しますぜ!」 普賢の弟子の木タクだった。が、普賢は笑顔を浮かべて首を横に振る。 「木タク、キミは望ちゃんたちを守ってて」 太公望とは同時に表情を強張らせた。 「普賢…?」 は、まさか、信じられない、というような表情を浮かべる。 「余計なことを言うでない!護衛など不要だ!」 「普賢!ちょっ…どうしたの?」 普賢の前に回り込み、普賢の目を真正面から捉えた。その瞳はいつもと変わらず、優しい色をたたえている。に、普賢はにこりと笑うと 「ここは、僕たちに任せて」 の横をすり抜けた。 「普賢!」 太公望との声が重なる。 「師叔、さん!ここは十二仙に任せましょう!」 ぐん、と後ろから引っ張られ、振り向くと、楊ゼンの姿があった。太公望との腕を同時に掴み、 「放せ楊ゼン!」 「楊ゼンさ…だって、やだなんか、やだ!」 嫌な予感の原因がこれだとしたら、絶対に当たってほしくない。当たってはいけない。聞仲へと向かっていった十二仙たちの姿が、落下する星やその破片などで見え隠れする。だが、彼らが今なにをしているのかは見えた。 「みんな一点集中だ!各個で戦っては…」 太公望の声は、果たして届いたのだろうか。だが彼らの動きは変わらなかった。楊ゼンに強く握られた腕のせいで、はその場から動けなかった。振り解こうとするも、楊ゼンが離そうとは絶対にしない。それでも腕に力を込めるに楊ゼンは表情を険しくする。 「…さん!普賢師弟の言ったことを、」 「いやだ!」 楊ゼンの言葉を遮り、は楊ゼンを振り返る。睨むような強い目だった。なのに、その目は沢山の思いに揺れていて弱く見える印象も与える。 「普賢が、死んじゃう!」 今にも泣き出してしまいそうに思え、思わず楊ゼンは怯んだ。その瞬間、思い切り目一杯の力で、は楊ゼンの手を振り解いた。 「…あ、さん!?」 「!」 目の前で起こってるのに、見てるだけなんて耐えられない。嫌だ。何が出来るかなんて考えてる暇もない。そんなことを思っていたら、考えていたら、絶対に間に合わない。 「さんっ!」 後ろからの力。服が掴まれたらしい、前のめりに転びそうになるのを、足を止めて防いだ。放して、と振り向くと、 「…四不象ちゃん…」 両手で、四不象はの服を掴んでいた。今にも泣き出しそうな表情で。そのとき、魂魄が合わせて6つ、飛んでいったのが見えた。十二仙だった7人のうち、6人が。 「!」 太公望が、走り寄ると後ろからを抱き締めた。楊ゼンは同じ場所で、表情を硬くしたまま、立ち尽くす。その視線は、真っ直ぐに聞仲を見上げていた。はもう、自分を引き留める彼らを振り切ろうとはしなかった。楊ゼンのように聞仲のいるところを見上げたまま止まる。その場に座り込んでしまいそうなくらい力が抜け、太公望がいなかったら、きっとそうなっていただろう。四不象はの服を掴んだままそこにいた。 さっきまでいた彼らはもう、そこにはいない。聞仲の影だけが見える。と、そこにもう一つ、聞仲の背後に影が見えた。あれは 「普賢…」 宝貝を両手に持ち、その宝貝は淡い光を発していた。呟いたを抱き締める力が、少しだけ強まった。あぁ、もう、手を伸ばしても、届かない。 「さよなら、望ちゃん、ちゃん」 声が聞こえた気がした。そして、今までになかったほどの大きな音と光。それに紛れた悲鳴は、二度と届かない。 戻 前 次 2005,07,27 |