「えっと、ここを…まっすぐね」


「了解っス!」


金鰲内部、レーダーに示されている黄巾力士の居場所。向こうも移動していて、どこかに向かっているようだった。スピードはそれほど速くなく、すぐに四不象で追いつけるだろう。あと数百メートル。全速前進で、四不象はいつもの倍はあるのではないかというほどのスピードで飛んでいる。太公望と普賢は、ちゃんと無事なのだろうか。黄巾力士が飛んでいるのだから、生きているのは生きているのだろうけれど。拭いきれない嫌な空気。体に纏わり付いてくるようだ。は思わず頭を左右に振った。


「あっさん!居たっス!黄巾力士っスよ!」


肉眼で、確認できた。太公望と普賢が乗っているはずの黄巾力士が、前方を飛んでいた。


「ご主人ーっ!」


スピードは緩めず、大声で呼びながら黄巾力士に近付く。ぐんぐんとその姿が迫ってきて、乗っている人物の姿もやがて見えてきた。そこで、は異変に気付く。普賢が、乗っていない。まさか、そんな。嫌な考えが頭をよぎった。


「ご主人!」


「スープー…、


誰よりも早く自分の元へとやってきた二人に、太公望は驚き、同時に安堵の息をついた。


「丁度良かった、、スープー!来てもらって早々ですまぬが急いで動力炉まで飛んでもらいたい!」


「普賢はそこにいるのね」


素速く、は訊ねた。太公望は目を丸くする。


「そんな怪我までして…どうせ普賢に上手く言いくるめられたかなんかして、…普賢はそこで、一人で残ってるんでしょう」


太公望の足に滲む血を、表情を歪めては見た。は四不象から黄巾力士へと飛び降りて、宝貝をトンとついた。


「崑崙山まで」


黄巾力士全体を包むように風が起こり、それまで太公望の力で動いていた黄巾力士は、突然意志を持ったかのようにゆっくり動き出した。


「…な…?」


「早く四不象ちゃんに乗って太公望。あとこれ飲んで」


は仙桃エキスを二錠、太公望に差し出した。太公望はそれを受け取る。黄巾力士は四不象の横をすり抜け、四不象が飛んできたのと同じルートをゆっくり辿りながら飛んでいく。


「…この技か、わしのところまで来たあのおかしな手紙は」


楊ゼンとが金鰲島へと侵入したときに、太公望に簡単な現状を伝えるために飛ばした手紙。無事に太公望の元へ届いたのだ。は頷く。


「黄巾力士、崑崙山まで勝手に帰るから」


四不象の背中に乗り、太公望はを見る。


、おぬし、治ったのだな?」


問われ、は頷いた。


「太公望がスープーパパのことを思い付いてくれたおかげでね。みんなも治ったよ。態勢が整い次第こっちに向かってくれる」


「そうか…」


小さく息をつき、太公望は再び前に向き直る。


「…ねえ」


四不象は変わらず最速で飛んでいる。声は、風の音に紛れそうになったが、太公望は後ろにいるに顔を向けた。


「…あの…ごめん、勝手に金鰲島行くなんていう行動して」


は少し俯いた。楊ゼンと共に二人で金鰲内部へ忍び込んだこと。そして再び、王天君の宝貝に寄生されながらも金鰲島へ入ったこと。結果はどうであれ、少なからず迷惑をかけたと思うから。


「説教は帰ってからだ。…おぬしが無事で、なによりだよ」

























対価価値
























大きな光が見えた。規模はさほど大きくない爆発だった。エネルギーの燃焼。熱風が漂ってくる。


「あれは…普賢の」


「核融合だよね、ということは」


「聞仲も既にいるようだな。真っ直ぐあれを目指してくれスープー!」


「了解っス!」


金鰲内部の、浮かんだ「星」と呼ばれる球体の間々で、眩く光る爆発は、普賢の核融合に間違いなかった。その光も段々薄れ始め、向こう側が見えてきた。


「…いた!普賢と…聞仲!」


立ち上る煙と光の中、二つの影。壊れた星の上に乗った普賢と、霊獣である黒麒麟に乗った聞仲の姿だった。


「聞仲…出てきたか」


その周りに見えているのは、聞仲の禁鞭。幾筋にも別れ、飛び交っているように見える。余裕の姿で聞仲が操る禁鞭は、まるで生き物のようだった。


「あれは…いかん!」


太公望は打神鞭をそちらに向けた。瞬間、いくつもの風の渦が発生して、それの1つは、普賢の体を包むようにして、ごうと渦巻いた。普賢に向けられていた禁鞭が弾かれる。


「風…?」


突如自分の周りに現れた風に、普賢は驚いて辺りを見回す。


「風の壁…来たか」


ふ、と笑みを浮かべ、聞仲は呟いた。その声は風の渦が唸る音で、誰にも届かなかったが。風の渦や壁に阻まれ、聞仲は一旦、禁鞭を下ろした。


「普賢!この大バカもんが!」


風の唸る音に負けない、大きな声で言った。声の方を普賢は振り向く。


「ぼ、望ちゃん!ちゃんも…」


「間に合ったっスー!」


普賢の無事を確認すると、太公望は聞仲を向いた。


「おう聞仲よ!久しぶりだのう」


「…尻尾を巻いて逃げたのではなかったのか」


嘲笑するような笑みを見せ、聞仲は言った。太公望も笑みを浮かべ、聞仲を睨み返す。


「誰が!今度は前のようにはいかんぞ!」


以前、聞仲と真正面から対峙したとき。あのときは、思い切り力の差を見せつけられてしまった。


「よかろう、来い太公望!」


聞仲の気迫が増した。ぐん、と空気が引き締まる。


「まったく…聞仲をなめるでないぞ普賢!スープーとの到着が遅れておったら、おぬしは無駄死にするところだった!」


「そうだよ普賢!四不象ちゃん、かなり速く飛んでくれたんだから」


「…そうだね。…ありがとう」


小さく笑って、普賢は少しだけ俯いた。


「普賢さん安心するっス!崑崙の皆さんはパパの力で回復したっス!」


「そういえばパパはどうしたのだ?」


「パパは病弱っスから今頃力尽きてるかも…あ、そういえばパパから何か託されたんスよ」


そう言って、四不象はひらりと真っ白い紙を取り出した。風で、その紙は四不象の手の中でかさかさと揺れる。


「なんなのだ?その紙は」


「分からないっス、ただの白紙っスよ」


どちらが裏なのか表なのかも分からない白い紙だった。


「…十二仙は王天君のダニから回復したのか。だがそれがどうしたのだ?」


更に増したように思える空気の緊張。


「…太公望、私、代わろうか?」


守りの宝貝で聞仲からの禁鞭を防ぐ。防ぐだけならおそらく可能だろうと思う。うまくいけば跳ね返すことも出来るはずだ。しかし太公望は首を左右に振った。


「いいや、わしがやる。わしがやらねばならぬ。それにおぬしはまだ体力が回復しておらぬであろう」


確かに回復はしていなかった。怠さが消えただけで、スープーパパの技は回復術ではないので、その人に本来あるであろう体力をも元通りにすることなどは出来なかった。


「それは…そうだけど」


でもそれを言えば、同じように王天君のダニに寄生されていた太公望も体力は回復していないのではないか。しかし、がその疑問をぶつけるより先に、聞仲が動いた。


「十二仙たちは、寿命が少し延びただけのこと。違うか太公望!?」


聞仲の声が響いた。同時に、


「来たよ、望ちゃん!」


向かってくる禁鞭。鋭い音をたてて。当たったら痛そうだ、などというレベルではない。


「疾っ!」


太公望は打神鞭を正面にかざした。大きな音と共に、太公望の風は禁鞭を全て弾く。渦巻く風は壁になり、伸びてくる禁鞭を寄せ付けない。


「…すごい太公望!全然当たんない!」


「ご主人、もう一踏ん張りっス!もうすぐみんなが到着するはずっスから!」


「普賢、Bクイック攻撃いくぞ!」


力は緩めないまま、太公望は後ろの星の上に立っている普賢を振り返った。


「Bクイック?って、あの修行中にやってたあれ?」


「そうだ、上手くいくか分からぬがやってみるのだ!」


太公望に普賢は頷き、太極符印に新しい記号や文字が浮かんだ。


「何するの太公望?」


「まぁ見ておれ!」


首を傾げるに、にやりと太公望は笑った。後ろでは普賢がぶつぶつと何か暗号のような言葉を呟いている。太極符印も普賢の手の動きに合わせ、色々な数字や記号や文字が浮かんでは消え、消えては浮かび、めまぐるしく動いていた。


「…さて、OK!いいよ望ちゃん!」


その言葉を合図に


「よしっ……疾ッ!」


今まで周りを覆っていた風の壁が、一気に飛び散った。だがそれは、ただ飛び散ったのではなく、禁鞭を巻き込むように、聞仲に向かっていく。守る壁がなくなって、風に巻き込まれなかった禁鞭の幾本かは太公望たちの周りで飛び跳ねた。が、それがやむと、禁鞭の攻撃が途絶えた。聞仲に目を向ける。頬に、血が伝っているのが見えた。たった今、新しくできた傷だ。


「よし!やったぞ普賢!」


飛び回った禁鞭の所為で、普賢の立っていた星が一層崩れ、砂埃が舞う。


「成功したの?」


「うむ!あやつに傷を負わせた。近付くことさえ出来なかったあやつにだ」


もうもうと立ち上る砂埃の中、勝ち誇ったような顔で太公望は聞仲を見据えた。


「…何をした?」


頬の血を拭い、聞仲は太公望を睨む。


「ふっふっふ、おぬしのムチを跳ね返しただけよ。この普賢の宝貝は敵の攻撃パターンを記憶できるのだ!」


「さらにその情報を味方の宝貝に転送すると、自動で敵の攻撃を追尾できるようになるんだ。どうやらあなたの攻撃は大半は目くらましで実際に目標に当たるのは3,5発のようだね。つまりその当たる部分を打神鞭の風で方向転換させればあなたの攻撃は無効化できる」


の宝貝のように跳ね返すのではなく、無効化する。太極符印がなければ出来ない攻撃法だが、これで禁鞭が届くのを防ぐことが出来るようになったのだ。


「…すごい!」


は感嘆の声を上げた。


ちゃんの跳ね返す技みたいに、その宝貝自身で出来ないってのがややこしくて面倒なんだけどね」


禁鞭を跳ね返した太公望と普賢の技に呆けていたに、普賢は笑いかけた。


「これぞわしらが開発したBクイック攻撃だ!」


「ねぇやっぱりその変なネーミングはやめようよ」


「なんでBクイックなの?」


「望ちゃんに聞いて…」


そのとき、遠くから聞き慣れた音が耳に届いた。は顔を上げる。


「…来た」


ほっと、少し胸の辺りが落ち着く感覚。


「そのようだのう。…さて聞仲よ、おぬしの命運もそろそろ尽きたかのう?」


の前にいる太公望は、の呟いた声もしっかりと聞こえたようで。再び聞仲へと太公望が顔を向けた途端、両横を、鋭い風を切って十二仙の黄巾力士が掠めた。


「やったっス!みんなが到着したっスよ!」


黄巾力士は全部で6。


「太公望、四不象、普賢、!待たせたな!」


道徳の明るい声が響いた。駆けつけてくれた十二仙の数は10だった。そこに、蝉玉や楊ゼンなども合わせ、総勢14人。太公望達も入れると、崑崙の仙道は17人。対する聞仲は1人。誰がどう見ても、数としては圧倒的に崑崙側の優勢だった。


「さて、今度はこの人数でBクイックを決めさせてもらうぞ、聞仲!」


































      


2005,07,26