彼女は言ってくれた。


楊ゼンさんは崑崙側です。楊ゼンさんが「自分は崑崙側だ」って思ってる限り、楊ゼンさんは崑崙の道士なんです。そう思ってるって分かるもの。


師匠以外の誰かにも認めてもらうことが出来るのだと思え、嬉しかった。自分が人間ではなくても、全く問題がないと、言ってもらえたような気がして。その言葉にどれほど救われたことだろうか。

























一つの言葉
























「大丈夫か?」


「うー…なんとか」


韋護に支えてもらい、やっと歩ける状態だった。それでも足取りは覚束無い。体力が根こそぎ奪われていってしまっているような感じだった。


「…あ、そうだ、飲んどこう」


は掻っ払ってきていた仙桃エキスを瓶から数粒出して、一気に飲んだ。


「それって薬みたいなもんなんだよな?一回何錠、とか決まってねえのか?」


何の躊躇いもなく喉に流し込んだに、韋護は訊ねる。


「…一回二錠」


「……今、五錠は飲んだよな?」


は答えなかった。葦護は小さく溜息をついた。


「にしても楊ゼン…どこにいるんだ?楊ゼン近くなったらちゃんと言ってくれよナタク」


こっくりとナタクは頷く。韋護は、左手でを支え、右手でナタクを抱えていた。ナタクは、姚天君の呪符を破壊するときとうとう足にも攻撃を受け、飛ぶことも歩くことも出来なくなったのだ。早く崑崙に帰って太乙に修理してもらわねばならないのだが。


楊ゼンがいなくなって、数十分が経った。姚天君を封神し、あの空間から抜け出してすぐに楊ゼンの捜索を開始した。ナタクの嗅覚を使い、なんとか探し出すことにした。この金鰲島のどこかにいるのは間違いないと思われる。それなら、置いて帰ることは出来なかった。葦護はまずは崑崙山に戻って休んだ方がいいのではないかと渋ったが、結局負けて、3人で探すことになったのだ。


「…あっちだ」


韋護に抱えられ、腕も使えなくなったナタクは顎で右を指した。そのとき、何の前触れもなく突然、金鰲島全体が揺れた。


「…うぁ、なんだ…っ!?」


大きな衝撃が辺りを襲う。次いで、金鰲内部に浮いている「星」の幾つかが音をたてて落下していった。


「…誰かが…宝貝を使ったのかも」


は呟く。丁度そっちは、ナタクが指した方向だった。楊ゼンがいるとされる場所。楊ゼンが戦っているのだろうか。だが楊ゼンは以上に体力を消耗していたはずだった。変化の術を二度も使ったのだから。だがもし楊ゼンが戦っているとして、相手は


「…王天君かな」


「ところでよ、その王天君ってのは何者なんだ?」


韋護が訊ねる。そういえば、韋護はほとんど状況を知らぬまま戦ったのだった。


「王天君っていうのは…十天君のリーダーね。崑崙でいうところの…太公望みたいな立場かな、多分」


「へーぇ。ってことは強えんだろうな。は会ったことあったのか?なんか「お嬢様」とか言われてただろ?」


「……私は数時間前にね。そのときに宝貝に寄生されたんだよ、私と楊ゼンさんは。それまでは会ったことなかった」


あのときが初めてだった。そもそも金鰲島の仙人と言えば、蝉玉くらいしか会ったことがなかった。


「とにかく…早く行こっか韋護くん」


「おうよ」


楊ゼンの安否が気に掛かる。3人は星が落下していった地点を目指す。


「楊ゼーン!よーぜーん!」


壊れた星たちの上に飛び乗り、韋護は大声で呼んだ。


「なあナタク。本当にこっちからニオイがすんだろうな?」


「…ああ」


ナタクは頷く。そのとき、正面に人影が見えた。葦護の登っている星の残骸より少し下方。壊れた星や土煙の間、こちらに誰かが向かってくる。その姿は、一目でそれと分かった。


「…楊ゼン!よっしゃ、掴まってろよ


「う、わっ」


ナタクを抱え、の体をしっかりと支えたまま、韋護はそこから飛び降りた。


「楊ゼン!」


「楊ゼンさん」


飛び降りてきた3人に気付くと、楊ゼンは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。


さん、韋護くん、ナタク…」


「大丈夫なのか?」


「あぁ大丈夫、心配かけたね。さぁ みんなヘトヘトだし、一旦帰ろう、崑崙山に」


「当ったり前よ。の症状は治ってねぇんだからな」


韋護の言葉に、楊ゼンは顔を上げた。


「…え?治ってないって…怠さ、消えてないんですかさん?」


「え?はい、まだ相変わらずで…」


そういえばは韋護に支えられている。顔色も悪いままだ。そんなバカな。楊ゼンは表情を硬くした。


「どうして…王天君は封神されたはず…」


楊ゼンは呟いた。


「…封神した?封神、したんですか 楊ゼンさん?」


あの王天君を?は楊ゼンを見つめる。


「ええ…いえ、今はそれよりも早く崑崙山に帰りましょう。さんの様子だと、崑崙山のみんなもまだ苦しんでるはずですし。…王天君を封神したのに宝貝の効力が消えないなんて…」


雲中子の診断結果では、宝貝を使役している者を殺せば効力は消えるはずだったのに。まさか宝貝を操っていたのは王天君ではなかったのだろうか?楊ゼンは哮天犬を出すと、急いで全員を乗せた。そして哮天犬は真っ直ぐに崑崙山を目指し、飛んだ。




崑崙山の上で、哮天犬はふわりと降りた。皆の姿が見えた。全員、一カ所に集まっている。見るからに、全員が疲労に苛まれているようで。1人、武吉だけは元気に動いていた。


「原始天尊さま」


楊ゼンが呼びかけた。


「無断で出てしまって申し訳ありませんでした」


を哮天犬から降ろして支えながら、二人は原始天尊の元へ近付く。武吉もそれに気づき、振り向いた。


「おおっ おぬしらも戻ったか…」


「楊ゼンさん、さんっ!心配してたんですよ!いなくなったって聞いて…」


「…ごめんね武吉くん」


は笑みを浮かべた。勢いよく武吉は首を左右に振った。楊ゼンは原始天尊に向き直る。


「原始天尊さま、少しお話が…」


「…待て」


しかし原始天尊はそれを制した。


「後にしてくれぬか。先程太公望から通信が入ったのじゃ」


は、ふと顔を上げた。太公望。そう言えば姿が見えない。ということは、まだ金鰲島にいるのか。原始天尊は続ける。


「聞仲を金鰲島の動力炉に引きつけておくから、皆は回復次第駆けつけ、やつを集中攻撃せよ、とのことじゃ」


「…回復?どうやって回復するというのですか?唯一の回復手段だった「王天君の殺害」も効かなかったのですよ?」


現に、楊ゼンの隣にいるは、未だに肩で息をする状態である。立っていることがやっとだというほどだ。


「ところが出来るのじゃ。太公望が考え出しおってな。おぬし達、こちらへ参れ」


原始天尊は後ろを振り向き、誰かに指示を出した。そしてそっちからは二つの姿。


「お待たせしたっス!」


「お待たせでスねェー!」


二つの、


「…四不象ちゃんが二人いる…どうしよう…私、とうとう目が…」


ふらりとよろめいて、は楊ゼンの服を掴んだ。


「お、落ち着いて下さいさん、違いますよ四不象じゃないですよ、あっちの四不象にはヒゲがあります…。何なんですか原始天尊さまあのヒゲカバは…」


を支えながら、楊ゼンは原始天尊に訊ねる。が、原始天尊が言う前に、その「ヒゲカバ」が口を開いた。


「みなさん初めましてでスねェー。私は四不象の父のスープーパパ!よろしくでスねェー」


帽子を被り、ヒゲ付きで、煙管を加えている。スープー一族の、四不象の父親であるそうだ。


「あ…あれが噂の…!」


「そうじゃ、パパじゃ!」


原始天尊は大きく頷いた。


さーん!」


の姿を見つけ、スープーパパの元から、四不象が真っ直ぐに飛んできた。


「大丈夫っスか!?心配してたんスよ、ご主人も普賢さんも!」


「ありがとう、…ごめんね心配かけて」


は四不象の頭を撫でる。


「無事で良かったっス!」


先程の武吉のように首を左右に振ると、そう言って、笑った。


「ではスープーパパ、さっそく頼む!」


原始天尊に、スープーパパは大きく頷いた。


「ラジャーでスねェ!変身!」


瞬間、スープーパパの姿が、眩い光に包まれた。次に見たときには、そこには今までの姿はなく、大きな霊獣の姿。以前に四不象も一度だけ変身をしたのと似ている、スープー一族の変身後の姿があった。


「エナジードレイン!」


パパの声が響き、同時に、そこにいた全員の体が淡く光る。その光は全て、スープーパパの方へと流れていき、寄生宝貝の印が、見る間に薄く、そして消えていった。


「…そうか、スープー一族の大人は宝貝エネルギーを食べてしまうんでしたね」


楊ゼンが、ようやく合点がいったという風に頷いた。


「うむ、太公望がそれに気付いてパパを呼び寄せておいたのじゃ」


「やったぜ、ダルさが消えた!」


「ありがとうスープーパパっ!」


皆、すっかり消えてくれた倦怠感に、歓声を上げた。


「良かった、治った…」


は安堵のため息をつく。


「良かったっス!」


「良かったですさん!」


四不象と武吉には微笑んで、


「原始天尊さま」


原始天尊を向いた。原始天尊もに目を向ける。は小さく息をついた。


「早速ですが、私は太公望のところに向かいます。…良い?四不象ちゃん」


同時に四不象を向いてた。黄巾力士よりも、四不象の方がスピードが速い。早く出来ることは早くするに越したことはない。それに、早く向かった方が良いような気もする。四不象は「勿論っス!」と笑顔になった。


「…そうか。…すまぬな、おぬしは大した体力回復も出来ておらぬのに…。そうじゃ、このレーダーを持って行け。これで太公望の乗る黄巾力士の居場所が分かるはずじゃ」


「あ、そっか ありがとうございます」


は受け取った。座標には黄巾力士がいるとされる場所が示されている。


「楊ゼンさん、私、先に行きますね。武吉くんも、後でね」


「はい!すぐに向かいます!」


元気よく武吉は答える。


「…大丈夫ですか?」


心配そうに楊ゼンは訊ねた。怠さが消えたからと言って、体力が戻っているわけではないのだから。


「もちろん!」


だが、にこりとは笑って、


「よし、行こう四不象ちゃん!」


「ラジャーっス!」


四不象に飛び乗ると、一気に上昇した。目指すは、太公望と普賢の場所。


































      


2005,06,02