楊ゼンとがいなくなった。その情報は、すぐさま太公望と普賢のもとへと伝えられた。


「普賢!楊ゼンとが王天君のところに向かっているらしい、わしらも行くぞ!」


グループに分かれそれぞれ行動している十二仙ら。太公望は普賢と二人のチームを組むことになった。普賢は俯いていた顔を上げ、太公望を見る。


「…望ちゃん、こんな時に楊ゼンとちゃんのためだけに、ドタバタしてて良いの?」


ふう、と普賢は大きくため息をついた。太公望は驚いたように、普賢に目を向ける。


「崑崙山のエネルギーが空っぽになってる今・・この黄巾力士は僕たち自身の力を使って動かしてるけど…。…もう、崑崙に帰る分くらいしか力が残ってないんだよ」


王天君の生物宝貝。勿論、太公望と普賢も例外なく寄生されてしまったようで、疲労が蓄積していくのを感じていた。もうほとんど、力が残っていないことも。


「…じゃあ、このまま楊ゼンとを、放っとけと?」


いなくなった二人は、誰よりも先に宝貝に寄生された。だから恐らく誰よりも辛い症状と闘っているはず。太公望に、普賢は変わらぬ笑顔で微笑む。


「…楊ゼンとちゃんが捕らえられた辺りから、望ちゃんはおかしくなってる。…失敗ばかりしてるよ」


太公望は言葉に詰まった。


「心配なのは分かるけどね…でも、いなくなったのは楊ゼンとちゃんなんだよ、望ちゃん」


ゆっくり、何かを確かめるように普賢は言った。


ちゃんの判断の良さと、勘の鋭さは…望ちゃんが一番分かってるはずだよ」


自分自身にも、言い聞かせるように。

























光と影と
























「…だるい」


ぐったり。例えるならばその言葉がぴったり当てはまる、二人の様子。こっそりと治療室を抜け出し、楊ゼンの哮天犬で再び金鰲島の内部へと侵入した。


「ごめんなさい楊ゼンさん…私まで哮天犬に乗せてもらっちゃって」


「いえ そんな、さんは直接宝貝使わないと飛べませんし…」


楊ゼンの哮天犬に、楊ゼンとは二人で乗っていた。哮天犬は、一度楊ゼンが出せば、後は指示通りに動いてくれる生物宝貝。だが他の宝貝だとそうはいかない。その都度力を出して発動しなければ動かない。今のには、それを使えるような力は本当に僅かしか残っていない。仙桃エキスもまだその効き目を発揮していないのだ。本当なら、こんな風に哮天犬に乗っていることすら苦しい。


二人が目指しているのは、王天君。玉鼎を封神した。


「…おい!」


突如、二人とは別の声が空気に割って入ってきた。上方から。二人は上を見上げる。そこには、見知った人物の姿があった。


「…あ、ナタク」


「やぁナタク、キミなら無事だと思ってたよ」


哮天犬に乗った二人の上空にいたのは、ナタク。十二仙などの崑崙仙人たちが少人数のグループに別れ、金鰲へと向かう作戦、ナタクも勿論、そのグループの1つに属していた。が、王天君の生物宝貝の寄生で、ほとんどの仙道は戦闘不能になっているだろう。しかしナタクは蓮の花の化身である宝貝人間だった。そういった、神経系や体力に対する攻撃は全く通用しないのだ。だから考えていた。ナタクはきっと動けているだろうと。そしてやはりその通りだった。


「ふざけるな。二人揃ってなんだその弱々しさは。足手まといだ、帰れ!」


二人のいる高さまで下りてくると、ナタクは人差し指で二人を指して言った。楊ゼンとは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるしかない。なんともなく、いつものように力の有り余っているように見えるナタクが、少し羨ましい。


と、楊ゼンとは1つの影に気付いた。何か、落ちてくる。しかもナタクめがけて一直線に。ナタク自身は気付いていない。自然と、目がそれを追った。数秒ほどの出来事だった。


「おりゃあ!」


声と共に思い切り、ナタクの背中にその人は落ちてきた。突然の衝撃に、だがナタクの体はその力のせいで姿勢を崩し、落下することはなかった。楊ゼンもも、勿論ナタクも見たことのない人物。初め、敵かと思い、思わず身構える。


「ちゃーす!俺は道行天尊の弟子の韋護ってんだ。同行させてもらうぜ!」


気楽で陽気な声で、その韋護は明るく言った。とりあえず敵ではないようなので、楊ゼンとはホッと胸をなで下ろす。ナタクはナタクで、自分の背中に急に落ちてきたその人を、やはり不愉快に思ったようだった。


「降りろ!」


両肩のところにある宝貝を発動させた。


「うおぁあちゃっ」


韋護はなにやら素速い動きでそれらを避ける。どうやら、そう弱いわけでもなさそうだ。しかし、それ以前に1つ疑問が浮かぶ。


「…えーと、韋護くん?」


「おうよっあんたは太公望の妹弟子の、だな?」


どうやらとても元気そうだ。今のこの状況下では不自然なほど。というよりも、おかしい。


「どうしてあなた…そんな元気なの?生物宝貝は…」


「あー、あの太公望たちも言ってたダニのことか?俺、敏感肌だからよ、なんか変な感触したら片っ端からぶっ潰してんだ さっきから」


バシバシと、ダニを叩く真似をしながら韋護は言った。


「…敏感肌…」


そんなもので、王天君の生物宝貝は無効になるのか。とりあえず、ナタク以外にも動けて戦える仙道がいるということになる。1人でも多い方が心強い。と、哮天犬がゆっくりと止まった。楊ゼンは顔を上げる。


「…どうやら着いたようです。よく匂いを覚えててくれたね哮天犬…」


正面に見える。王天君の「星」。楊ゼンとが空間宝貝で連れてこられた場所で、玉鼎が封神された場所。楊ゼンは哮天犬の頭を撫でた。それを合図に哮天犬は再び動き、真っ直ぐに王天君の「星」へと向かう。


「む、待てキサマ!」


勝手に進み出した二人に、ナタクは慌てるようにして追いかけた。韋護もそれに続く。そのとき、星の正面に突然何かの印のようなものが浮かび上がってきた。八角形の。それは丁度、哮天犬の行く手を阻むように浮かんでいる。楊ゼンはすぐにそれの正体に気付いた。十天君が使う空間宝貝の陣だ。


「しまっ…、この陣の印は王天君では…」


引き返そうとしたときには既に遅かった。陣を中心に、周りの景色が歪み出す。


「ようこそ。あなた達がここへ来ることを王天君は既に予測済み。変わりに私たちが相手をせよとの事」


声が響いてきた。同時に、陣の正面に二つの人影が浮かんだ。そして、風が吹き抜けるように、一瞬にして景色が変わった。今までの星たちの浮かぶ金鰲内部とは全く違う場所。大きな札が沢山浮かんだ空間。その真ん中辺りには、丁度八角形の足場があった。この空間宝貝の本体だろうか。


「へーぇ、これが噂の空間宝貝ってやつか…」


哮天犬、韋護はその八角形の上に降りる。ナタクは浮いたままだ。そして上空には、変わった面を付けたような人と、女性の姿。楊ゼンとは哮天犬から降りた。相手は金光聖母と姚天君、と名乗っていた。二人同時にこの空間を使うのだろうか。


急に、ナタクが何かに気付いて下を向いた。何かいる。


「どうしたのナタク、」


楊ゼン、もつられるように下方に視線を向け、目を瞠った。


「――王天君!」


瞬間、楊ゼンが動いた。哮天犬に飛び乗ると、一直線に王天君のところまで向かう。いつからそこにいたのか、王天君はこの空間の中、楽しそうに笑いながら楊ゼンたちを見上げていた。


「王天君!」


「ふーん、少しは回復したか?さすがは通天教主の子だ」


言うと、王天君の姿はふっと消えた。


「キサマらの相手はオレじゃねぇ」


一瞬にして、今度は上方から王天君の声。金光聖母と姚天君の後ろへと移動していた。空間宝貝だ。


「紹介してやるよ。この姚天君と金光聖母は十天君の中でも抜きん出た存在だ。こっちばっかやられてバランス悪ぃから出演してもらう事にした。だが楊ゼン、キサマは生かしといて さらなる地獄を見せてやるよ、キサマはオレのオモチャだからな」


王天君の姿が揺らいだ。段々と薄くなる。


「待て王天君!」


「お嬢様もお嬢様だぜ。せっかく生かしてやろうと思って雨の外に出してやったっつーのに、また懲りずにわざわざ来るなんてな」


にやりと笑うと、王天君はに目を向けた。


「…な、」


何よ、それ。は目を見開いて王天君を凝視する。しかし楊ゼンたちの怒りとは裏腹に、王天君の姿は見えなくなっていく。


「待てキサマ!キサマからは強いニオイがする!」


ナタクが宝貝を向けた。一気に大きな力が発動する。


「オレが殺す!」


爆発のような大きな音と共に攻撃が金光聖母と姚天君へと向かっていった。間違いなく真正面から、2人に当たると思われた。2人が微動だにしないことが不可解に思えるほど。


「え!?」

しかしナタクの攻撃は、二人の少し手前で、急に屈折した。


「なにっ!」


「曲がったっ」


無論、二人には全く当たっていない。無傷だ。


「…必ず殺せ」


今度こそ、王天君の姿は完全に消える。上空には金光聖母と姚天君の姿だけが残った。


「ちっ…キサマらを倒せば あいつと戦えるのか!?」


ナタクは宝貝に力を込める。


「うひゃあ!さっきよりパワー上がったぜ!」


信じらんねぇ。韋護は目を丸くしてそれを見上げた。


「いけない!さん、韋護くん、哮天犬に乗って!」


「…お?おう!」


と韋護が哮天犬に乗ると、慌てて哮天犬は八角形の足場から離れた。同時に眩いほどの光。ナタクの宝貝の光だ。先程のものとは比べものにならない。しかし、


「…また!」


ことごとく、ナタクの攻撃は二人に届かない。全て曲がり、札の合間合間から抜けるように飛んでいった。札にすら当たらない。ナタクは空を飛べる機能を果たしている宝貝に力を込めた。金光聖母と姚天君に向かって飛ぶ。


「…近付けば当たるとでも思ってるのか?」


金光聖母は小さく息をついて、冷たく言い放った。


「あ…ナタク駄目だ!」


楊ゼンが言ったのと、ナタクが再び宝貝で攻撃を放ったのと、同時のことだった。だがやはりナタクの攻撃は当たらずに屈折して札の外へと飛んでいく。


「これだから戦うことでしか自己を表現できない子どもは嫌いだ」


金光聖母が両手で、ナタクの両肩を掴んだ。


「手足をもぎ取られるまで自分の愚かしさに気付かないからな」


ナタクの両側にある札が光った。


「ナタク!」


札からは大きな光。二つの光はナタクの左手と右足を貫いた。金光聖母はナタクから手を離す。バランスを失ったナタクは、そのまま八角形の足場へと真っ逆さまに落ちた。


「あーらま、あっさりやられちゃったよ」


「黙れ」


片足で、ナタクは起きあがる。


「なぁなぁ、何で攻撃が当たんねぇと思う?」


韋護は楊ゼンと、どちらともなく聞いた。


「可能性はいくつかあるけど…」


「やっぱり…光の屈折でしょうかね?」


言ったに、楊ゼンは頷く。


「光の屈折?」


どういうこっちゃ、と韋護は訊ねた。


「水に光を当てると曲がるでしょ?恐らくはあの原理だよ」


「どちらかが光を操作してる。多分、あの金光聖母の方だろう。屈折した光を目に当てられて目の前の景色を見せられてるから、今見てるのは現実とは違う光景ってことになるんだ。つまり攻撃が当たらない」


正面にいるように見えても、それは金光聖母が作り出した光の中だけの話。本当は別の場所にいるのを、目に情報を与える光を操作することで錯乱させる。


「…ってことは、あそこに見えてる二人をどんだけ攻撃しても意味ねえっつーことだな?」


楊ゼンとは頷いた。と、二人の答えに韋護はにやりと笑い、


「そんならここは俺に任せな!」


哮天犬から飛び上がり、ナタクの隣に着地した。


「な、ちょっと、大丈夫なのっ?」


「おー、得意分野よ!目には頼らねぇ。俺はこころで人を見るタイプでね。そうすっと見えなかった本当の形も見えるものさ。ナタクに楊ゼンに。おめーらも、もちっと中身を鍛えな!」


そう言い残すと、韋護は金光聖母と姚天君に向き直る。


「…ちょっと良いこと言った韋護くん」


「…微妙にオヤジくさいですよ」


「……確かに」


2人が小声で言っている言葉など聞かず、韋護は足場の上で、静かに目を閉じた。


「またバカが1人」


姚天君がそう吐き捨てると、韋護の傍の札が光った。反射的には目を瞑りそうになったが、


「どりゃ!」


韋護は景気の良い掛け声と共に、飛び上がった。札からの光は韋護に当たることなく、通り抜けていった。避けたのだ。


「さぁ行くぜ相棒!宝貝、降魔杵!」


韋護は宝貝を取り出すと、勢いよくそれを振った。同時に、周りの札が音をたてて崩れた。宝貝が当たった。


「どうだ!初めて敵に当たっただろ!」


再び、韋護は高く飛んで札を続けざまに壊す。ばらばらと沢山の札が崩れ落ちていった。


「すごい韋護くん!」


「ちゃんと当たってる…」


金光聖母と姚天君の背後に見えている札も崩れ落ちた。姚天君の左肩にも韋護の攻撃が当たったらしい、姚天君は思わず後退った。


「信じられん道士だ…感覚のみで戦っているとは」


「ふん、少しはやるようだな。ならば私の空間へと移らせてもらう」


空間の空気が変わった。金光聖母の正面に、八角形の陣。おそらく、あれが金光聖母の宝貝だろう。すぐにそこから真っ黒い影のようなものが出てきて、辺りを包み始めた。姚天君の空間へと来たときのように、別の空間がそこを埋めていく。


「空間が黒くなっていく…」


真っ黒い闇に飲み込まれるような感覚だった。そして気付くと、そこは薄暗い場所に変わっていた。は哮天犬から降り、楊ゼンも降りて哮天犬を自分の手元へと戻した。


「…何だここは?」


一本の足でバランスを保ち、ナタクは宙に浮かぶ。


「どうやら金光聖母の空間のようだね。みんな気を付けて」


「…あっちに誰かいるぞ」


韋護が正面を指差す。暗くて見えないが、韋護は気配を感じ取った。と、葦護が示した場所から、ひどく明るい光が正面から照ってきた。その辺の明かりなどとはわけの違う明るさの。逆光のせいで、僅かに金光聖母と姚天君の影が見えるか見えないかというほど。


「…あのまま落魂陣で死んでいた方がましだったものを…あがくから更に哀れな死に方をすることになる」


どちらが言っているのか、影しか見えないが声からして金光聖母の方だ。


「…眩しいなぁ」


韋護は思わず呟く。光のおかげで、後ろには4人共に影が出来ていた。そのとき、韋護が何かに反応し、


「……なっ!」


素速く後ろを向いて宝貝を向けたその先。全く同じ背格好、姿形の暗いものが立っていた。


「何だこりゃ!?」


「え、何それ韋護くん、何それ」


「知らねぇ、よ!」


思い切り葦護は、宝貝でそれを殴る。しかし、同時に自分の体に痛みが走ったのに気付く。


「…影…?」


嫌な予感がして、は振り返った。


「…うわ、」


そこには予想通り、韋護のと同じように、自分と同じの姿形をした黒いもの。宝貝まで同じものを持っている。自分の影が実体化して、動いているのだ。それは、にこりと笑うと


「な、ちょ、わっ」


のと同じ形をした宝貝を振り、のよりは幾分か弱いように思える風を作り出してきた。慌てては風の壁を作って身を守った。周りでは、同じように楊ゼンとナタクの影もある。それらはそのまま、自分の元となった本体だけを狙っているようだった。つまり、の影はだけを。


「何なのこれ!」


軽く、は風の渦をその影にぶつけてみた。するとそっくりそのまま、影にぶつけた風の衝撃を感じる。


「影はおまえ達の一部。影を傷つけることは自分を傷つけることと同意なのだ。この金光の前に自滅せよ、崑崙の戦士」


眩しい光の中、金光聖母は笑った。


「金光によって出来た影の力は本体の十分の一にすぎぬが…本体が死ぬまで影も決して死ぬことはない。永久に自分自身と戦い続けるが良い」


それぞれ、自分たちの影を正面に、4人は宝貝を構えた。どうしようか。攻撃するか、攻撃を受けるか。金光聖母の言っていることが全て本当なら、どちらを選んでも負になるばかりだ。


「そんなハッタリに引っかかるか!」


韋護は宝貝を影に向けた。


「何が影だ!」


影目掛けて勢いよく振り下ろした。


「韋護くん、いけない!」


楊ゼンの言葉もむなしく、破壊音が轟く。葦護は影を殴り、叩き、最後には


「わーははは!弱ぇ!」


踏みつける。が、すぐに韋護自身が地面に倒れた。


「だから影のダメージは自分に帰るんだってば」


楊ゼンはため息をつく。


「物陰に隠れたら影は消えるのに」


「あーっ 楊ゼンももズっこいよ!」


立ち上がり、いつの間にか大きな柱の陰に隠れていた楊ゼンとの元へと韋護は駆け寄った。


「ようやく仙桃エキス、効いてきたみたいですね」


は小さくため息をついた。少しだけ体力が戻ってきた。


「ええ…、…あれ、ナタクは」


楊ゼンの言葉を遮るように、金属音が響いた。いた。ナタク、とナタクの影は空中だ。お互いに、宝貝をフル稼働して戦っている。


「…おっ、思いっきし戦ってらぁ…」


「だからナタクー…」


ナタクの性格を考えて、まぁこういう事態になるだろうとは大凡予想していたけれど。


「…本当は王天君との戦いのために体力残しておきたかったんだけど…そんなことを言ってる場合じゃないですね。みんなで力を合わせないと」


せっかく動けるのだから。ここでぐずぐずしていても仕方がない。楊ゼンの姿が歪んだ。変化能力を使う気だ。


「楊ゼンさん、何に…」


一瞬にして、楊ゼンの姿は別の男性の姿に変わった。は、その人物を一度だけ見たことがあった。かなり以前にだが。


「…あ、それ…えーと、四聖の?」


楊ゼンは頷いて、地に両手をついた。と、地面が唸り、巨大な石壁が幾つかそびえ立った。丁度、ナタクがいる場所辺りに。


「ナタク!その石の影から出ちゃいけない!」


楊ゼンは思い切り叫ぶ。楊ゼンが変化したのは、以前に戦った九竜島の四聖である楊森という人物。両手に付いている丸い宝貝で、大地を操ることが出来るのだ。楊ゼンはその力を使って石壁を作った。ナタクは素速く、石壁の陰になっている方に身を寄せる。これで四人とも、一時的に陰から逃れることが出来た。しかし今度は姚天君が動く。


「行け、破壊の呪符!」


ひらひらと、空から数枚の札が飛んでくる。


「…何?」


ふわりと舞ってくると、札は大きな音と光を伴い、爆発した。


「わあっ!」


「ぎゃーっ」


楊ゼン、、韋護が隠れていた柱が札によって破壊された。


「…っ、僕たちを金光の中へといぶり出すつもりか!」


「うーっ来た来た来た!」


金光の中へと出た途端、再び実体化して出てくる影。ナタクの隠れていた石壁も呪符によって破壊され、ナタクの影も再び空中に現れる。


「どっ、どうしよっか!?」


韋護は影の攻撃を避け、なんとか傷つけず傷つけられずにとかわしながら2人を見た。楊ゼンはを見る。は風の壁を作って影から逃げながら眉根を寄せて、一瞬だけ考えるように目を閉じた。そして、


「楊ゼンさん、もう一度だけ、変化出来ますか?」


もう、方法が見つからない。


「張天君に変化して砂を出してもらいたいんです。そこからは私が受け持ちますから」


ほとんど体力の残っていない楊ゼンに、酷な役目だということは分かっている。楊ゼンは一度、楊森に変化した。もう力は残り僅かだろう。


「…勿論です、分かりました」


楊ゼンは小さく微笑む。は一度頷き、そして宙にいるナタクを見上げた。ナタクもの視線に気付き、見えるか見えないか、という程度に頷いた。それを確認すると、楊ゼンの姿が、再び歪んだ。そしてすぐに、その場から大量の砂が現れる。は宝貝を握りしめ、勢いよく振った。大きな風が起こり、砂が巻き上がる。砂を伴った風が、辺りを包む。金光を遮り、4人の影を薄くした。


しかし、張天君に変化した楊ゼンの背後には、やはり張天君の姿。影の方から、砂の塊が飛ぶ。それは楊ゼン目掛けて、命中した。楊ゼンの変化が解かれる。同時に、地面に崩れ落ちた。の背後の影も、完全にその姿が消える前に、宝貝で作り出した風の渦をへとぶつけた。普段だったらそれほどのダメージにはならない程度の今の攻撃も、力の残っていないには大きな痛手だった。思わず宝貝を取り落としてしまった。力が入らない。がくりと膝をつき、その膝にも力が入らず、宝貝の横に倒れ込んだ。風が弱まる。砂の渦が力をなくし始めた。


「光を遮る前に影にやられるとは思わなんだか?最後の足掻きとはいえ意外と愚か者だったな。これで一番厄介な楊ゼンは動けぬ。原始天尊の直弟子だというとやらも力が尽きたようだな」


金光聖母は勝ち誇った笑みを浮かべた。周りには、段々と力を失っていく砂の壁。と、そのとき正面の砂の壁が突如、突き破られた。


「なっ…」


突き破ってきたのはナタクだった。、一直線に金光聖母へ向かっていく。巻き上げられた砂の壁は、影を消すためのものではなかったのだ。壁を死角に、金光聖母の不意をつくためだった。


「死ね!」


ナタクは残った右手の宝貝を発動させる。


「まさか…これが真の狙い…!?」


金光聖母は、信じられない、という表情を浮かべ、そのままナタクの攻撃に飲まれた。


「金光聖母!」


姚天君は叫んだ。瞬間、金光聖母がいた場所に真っ白な光が浮かぶ。金光とは別な光だった。それは1つに集まると、砂の壁の合間から、空へ抜けるように飛んでいった。金光聖母が封神されたのだ。辺りから、あの眩しかった光が消えた。残ったのは姚天君のみ。景色が歪んだ。金光聖母の空間から、姚天君の空間へと戻っていく。


「…落魂の呪符は少なくなったが…弱っているあなた方なら苦もなく倒せそうだ」


金光聖母が封神されてしまったという状況から気を取り直し、姚天君は言った。景色は、最初の時の場所で、大きな札が沢山浮かんだ空間だ。


「まーた性懲りもなく!楊ゼン、!ここは俺がやっから…、…楊ゼン?」


「…楊ゼンさん?」


八角形の足場の上、はなんとか上半身を起こし、楊ゼンを見た。反応のない楊ゼンを、韋護は覗き込んで上半身を抱える。


「…息…してねぇ?…いや、してる、か?」


葦護は表情を歪め、そう呟いた。葦護の言葉に、は目を見開く。は怠い体に鞭打って、楊ゼンと葦護のそばへ移動した。楊ゼンは、息はしていた。しかしとてもとても小さい。今にも途切れそうだった。上空にいるナタクも、3人を見下ろす。


「…死な、ねぇよな…?」


恐る恐る、という態度で葦護はに問う。は楊ゼンを見つめたまま、首を振った。


「…大丈夫…楊ゼンさんは…強いから」


そう信じたい気持ちでいっぱいだった。


「だがいつそうなんてもおかしかねえ、よな…」


韋護は静かに楊ゼンを元のように寝かせる。どうしよう、どうしたらいいのだろうか。この空間からは、宝貝保持者を倒さなければ出られない。眠っているように、楊ゼンは動かなかった。


「こんなんなるまで…。もさ、あんたももう一杯一杯なんだろ…?」


韋護の言葉が聞こえたのか、周りに浮かぶ呪符が全て光りだした。


「楊ゼンもさえも戦闘不能ならば、勝機は我にあり!」


表情こそ見えないものの、姚天君は恐らく笑っているに違いない。キッと韋護とナタクは姚天君を睨んだ。


「行くぜナタク!楊ゼン、、少し待ってろ!」


「オレは楊ゼンとを守るため、符を全部破壊する。キサマは敵だけを狙え!」


「…はー、あんたの口からそんな言葉が出るたーねぇ」


ナタクは宝貝を発動させ、韋護は手近な符の上に飛び乗った。


「待っ、て…2人とも」


は2人を呼び止め、その場に膝立ちになると、宝貝2二人に向けた。宝貝から、ふわりと風が巻き起こり、2人の周りを包んだ。


「…これで…あの呪符の攻撃も…少しなら防げる、から」


「…恩に着るぜ!」


2人はそれぞれ、配置に付く。ナタクは残っている宝貝で呪符を破壊し、韋護は姚天君の正面へと。残ったは、八角形の足場に倒れ込むようにして体を預けた。大きく息をつく。なんの力も使わず、横になるのが一番楽だった。刻一刻と、体から力が奪われていくのが分かる。


爆発音が響いた。姚天君の呪符が爆発したのだ。韋護が爆風で飛ばされる。が、すぐに体制を立て直し、別の符を足場にして姚天君に向かった。


「何のこれしき…!」


握りしめていた宝貝を、姚天君に向けた。


「降魔杵変形!」


韋護が叫ぶと、宝貝の形が、一瞬広がるように変化したがすぐに鋭い形へと変わった。長い刀のような形だ。そして韋護は再び符を足場に、大きく飛び上がった。同時に宝貝を振り下ろす。


「バカ、な…!」


姚天君は、絞り出したような声で、体を歪ませた。その体は、段々と淡い光に包まれていく。


「こんくらいやんねーと、来た意味がねえんでな!」


韋護は宝貝を握り直し、そして姚天君は魂魄体となって、高く飛んでいった。ナタクは、姚天君が封神されたことに気付いておらず、未だにひたすら符を破壊し続けていた。今まで韋護が足場にしていた符もナタクに破壊される。


「おーい、もう終わってるぜー」


足場をなくした葦護は、真っ逆さまに落ちながら、ナタクに言った。八角形の足場の少し上で、くるりと回転して、しっかりと着地する。


「おーいー、終わったぜ。…ー」


韋護はの肩を揺する。うっすら、は目を開けた。


「…え?」


「だから、終わったって。封神したぜ」


韋護はを抱き起こす。上半身を起こし、はふらふらと、頭を揺らしながらも意識を覚醒させた。気付かないうちに眠っていたのだろうか。相変わらず怠さは消えていない。


「寝てたのか?…って、あれ?」


韋護はの体を支えたまま、辺りを見回した。ナタクも下降してくる。


「…楊ゼンは?」


「…楊ゼンさん?そこに…」


楊ゼンが体を横たえていたそこには目を向けたが、そこには誰の姿もなかった。


「…うそ…」


楊ゼンの姿がない。つい先程まで、ここにいたはずではなかったか。封神されたはずはない。魂魄が飛んでないのだから。空間が、徐々に薄くなっていっているのに気付いた。姚天君が封神され、この巨大な空間が維持されなくなっているのだ。ついに、それまで札が何枚も張り巡らされていた景色は完全に消え、元の、金鰲島内部の空間に戻った。それでも、その辺りに楊ゼンの姿は見あたらなかった。


































      


2005.06,01