苦しい。体が重い。


ちゃん!しっかりして!


蝉玉の声が遠くから聞こえた。だけど体が言うことを聞かない。蝉玉の方へ体が傾き、支えられたところまでは分かった。段々と意識が遠のいていく。


玉鼎が封神されたのが見えた。


目の前の出来事だった。少なくとも今までに、崑崙の身近な誰かが封神されたことはなかった。





蝉玉の声の次に、太公望の声も聞こえた。だけど返事が出来るような気力は残っていなかった。やがて、全ての音が、聞こえなくなった。




ちゃん。




誰だろう?
耳から聞こえたというよりは、直接頭に響いてきたような、そんな声がした。




大丈夫、あなたは死にません。




誰なの?どこにいるの?どこから、話してるの?
周りは全て真っ白のような気がした。目を閉じているはずなのに。一面に白い光が溢れているように思えた。




大丈夫。


あなたは死にません。

























試練に値するもの
























楊ゼンとの著しい体力低下は、王天君の宝貝によるものだと明らかになった。生物系の宝貝で、仙道に寄生して成長をするものらしい。そして寄生された宿主は、何もせずとも力を消耗し疲労が蓄積して、最後には死に至るのだという。楊ゼンは首に、には腕に、それぞれ寄生された痣のようなものが浮かんでいた。


「診断の結果、楊ゼンとに寄生するこの宝貝生物を外科手術で取り除くことは不可能です。あまりにも根が深すぎますからね」


崑崙に連れ帰った楊ゼンとを診断したのは雲中子だった。薬や生物などの研究を日課とし、その方面に長けている仙人である。とても興味深そうに2人を診察すること数十分。付き添う原始天尊と白鶴はじっと待っていた。


「これから逃れる方法はただ一つ」


「…それは?」


「この宝貝を使役している仙人を殺害することです」


それ以外にはない。取り除くことは不可能。追い出すことも不可能。残るは宝貝の持ち主を殺すことだけ。そうすれば持ち主を失った宝貝は自然にその能力を失う。


「…それしかないのか」


原始天尊は呟くようにはき出した。


「ただし症状を緩和することは可能です。この仙桃エキスを飲めば、やや体力は回復します」


原始天尊は、雲中子が取り出した、錠剤の入っている瓶を見つめる。


「…だが、それでは根本的な解決にはならぬ。…やはり、王天君を倒さねばどうにもならぬようじゃのう」


原始天尊はため息をつく。雲中子は仙桃エキスの入った容器を傍らに置いた。


「実に素晴らしい…いや、恐ろしい宝貝です。大体、楊ゼンやがまだ生きていることすら奇跡に等しいですよ。この潜在能力は称賛に値しますね」


二三度頷きながら、雲中子は言った。と、原始天尊の視線が、雲中子の額に止まる。じっと見つめた。そして、


「おおっ!…おぬしの額にもマークが!」


驚き叫ぶ。雲中子の額に、楊ゼンやのと同じ印が出ていたのだ。


「ほっ本当ですか!?やった!これで自分の体で実験できる!」


「げ、原始天尊さまの後頭部にも!」


白鶴が翼を広げ、慌てた。


「おおっ!?白鶴の脇の下にも!こ、これはまさか…太公望に連絡じゃ!」


大急ぎで原始天尊はその部屋から出た。白鶴もそれに続く。


「私も、もっとちゃんとした実験器具を用意しないと!」


何故か嬉々としながら、雲中子も原始天尊を追いかけるように慌ただしく出て行った。室内は静かになる。誰もいなくなったのを感じ、うっすらと、は目を開けた。天井がぼやけて見える。どうやらベッドの上に寝かされているようだった。そのとき、隣で気配が動いた。


「…楊、ゼンさん?」


静かな部屋の中、の声は小さかったにも関わらず少し響いた。の右隣には同じようにベッドがもう一つ設けてあり、楊ゼンが横になっていた。楊ゼンは答えず、その場から動こうとしているようで、だが体に力が入らず思うようにいかないらしかった。は起き上がり、ゆっくり楊ゼンに近付いた。怠さは増している。絶えず息が上がるのだ。


「…僕は、行かないと」


独り言のように呟いた。だがしっかりと、その声はの耳に届く。


「……僕が…行かないと」


は一つ瞬くと、こっくり頷いた。


「…私も、…行きます」


楊ゼンは驚いたようにを見た。


「…さ」


「無理矢理にでも、付いていきます。…私、このまま…何もせずに寝てるなんて…嫌、だから」


一つ一つ息をつきながら言った。雲中子が診断をしてくれているとき、原始天尊との会話がぼんやりと耳に入ってきていた。太公望たちは、それぞれ少人数のグループに分かれて金鰲島に向かったらしい。太乙以外の十二仙は全員出払っているということだった。しかし、先程の原始天尊の慌てよう。自らの後頭部や雲中子の額や、白鶴にまでも寄生宝貝の印が付いていると知ったときの。にも、原始天尊が何故慌てたのかくらいは察しが付いた。きっと、王天君は金鰲島は勿論のこと崑崙山にも宝貝を蔓延させたのではないかと考えたのだ。だとすれば、崑崙に残っている仙道もだが、金鰲に向かった全員すらも寄生宝貝の餌食になる。


「1人より、2人の方が…何かと便利だと、思いません?」


小さく微笑んで、は言った。数時間前にも言った、同じ台詞。


「それに、一度、楊ゼンさんについていくって決めたんです…。楊ゼンさんが行くんなら、私、ついていきます」


迷惑だと、足手まといになるだけだと分かっていても、このままここでぼんやりなんてしていたくない。


「…あ、これ貰っていこう」


そう言って、は雲中子が置いたままにしていった仙桃エキスの容器を手に取る。


「1人より、2人の方が…心強いですしね」


楊ゼンも微笑み、にそう返した。


「ごめんなさい、本当、私わがままばっかりで」




「…と楊ゼンはどこ行った?」


再び、治療部屋へ戻ってきた原始天尊と白鶴は、もぬけの殻になっている部屋を見て呆然とその場に突っ立っていた。先程より体が怠くなっている。症状が出てきたのだ。


「…いませんね」


ぽつりと白鶴は呟いた。


「なんということを…。再度…太公望に連絡じゃ」


恐らくは金鰲島に向かったのだろうが。あんな体で行くとは。原始天尊は大きなため息をつく。そして踵を返し、ふらふらと歩いた。


「…さんまで行くなんて…」


だが確かに、の性格を考えればこうなることも大いに有り得た。このまま黙ってじっとしているような性格ではない。


「師叔…さん…」


再び呟いた白鶴の声が、誰かの耳に届くことはなかった。


































      


2005,05,21