なんとなく久しぶりだな。

不思議な感じがする、とは思った。

前までは、ここから出たことなんてなかったのに。

だから、ここに来て「久しぶりだ」なんて思うこともなかった。


「・・・ちゃん?」


不意に名前を呼ばれ、は振り返った。


「普賢!わー、久しぶりね!」


崑崙山の岩場の上。

はパッと笑顔になった。

いつの間にか後ろに立っていたのは普賢。

仙人界に来た時期が近く、同期であるために仲が良い。


「久しぶり。どうしたの?ここに戻ってくるなんて珍しいよね?」


何か用事?

普賢は変わらず笑顔で尋ねる。

確かにその通り。

太公望と共にずっと人間界で「封神計画」に携わっているなのだから。

滅多なことがなければここには来ない。

というよりは、全くと言っていいほど帰ってきたことはなかった。


「うん、ちょっと雲中子さんに用があって。だからこっちに来たのは私だけなんだけど」


普賢はゆっくりとに近寄り、その横に腰を下ろした。

手には宝貝、太極符印。

はそれに目をやって、


「普賢は?お弟子さんの修行の途中?」


「そうなんだけど、今は休憩時間。弟子の方が体力有り余っちゃってて、手合わせしても僕が疲れるんだよね」


「あはは、確かに普賢って頭脳系だもんね」


仕方ない仕方ない。

そう言っては笑った。


「で、ちゃんは雲中子に用事があったんだっけ?行かなくていいの?」


「そうそう、聞きたいことあってね。でもちょっとここの風景が懐かしい感じして、思わず座っちゃってたのよ」


早く行かなきゃなんだけど。

今までならそんなこと絶対に思わなかっただろう。

毎日眺めていた、ここからの景色。

毎日眺めていたからこそ、久しぶりに見ると、とても懐かしく思う。


「僕もそろそろ休憩時間終わらせようかな」


弟子が待ってるだろうし。


普賢とは同時に腰を上げ、岩場を飛び移って本山へ。

着いたそこで普賢は宝貝に何気なく視線を落とした。


――普賢は思わず、足を止めた。

急に立ち止まった普賢に、は首を傾げる。


「・・・どうかした?」


宝貝を見つめたまま動かない。

は普賢が見つめている宝貝のその場所を覗き込んだ。

なにか、数字や図形のようなものと文字が刻まれている。

しかし今まで、何なのか詳しく聞いたことがないから、どれが何なのかいまいち分からない。

が、その中に一際大きな数字が浮かんでいて、ゆっくりとではあるが動いているのに気付いた。


「・・・移動してる」


「え?」


移動してる?

なにが?


「これ・・・これは、」


普賢はゆっくり顔を上げてを見た。

表情はもう、笑顔じゃなかった。


「――金鰲島」


静かに、普賢は言った。





























その先には































金鰲島が移動している。

普賢がそう告げてから30分ほど時間がたった。

普賢から聞いたときはもちろん、わが耳を疑った。

移動してる?まさか、そんなことが。

しかし、


「これ、この数字分かるでしょ?他のものとは比べ物にならないくらいの質量を表してる。こんなに大きいものは、この崑崙山以外だと金鰲島しか考えられない」


普賢は言った。

は信じざるを得なかった。


「動いて・・・金鰲島は・・・やっぱり崑崙山を目指してる、のかな・・・?」


恐る恐る、は尋ねてみた。

普賢はゆっくり頷いて、


「・・・だろうね。この進路具合だと、金鰲島は真っ直ぐに崑崙山のあるここまで到達する」


動く金鰲島。

もちろん、自動的に動いているわけではないだろう。

きっと、誰か動かしている人物がいるはずだ。

一直線に崑崙山を目指して金鰲島を動かしている人物が。

心当たりは一人しかいない。


「・・・聞仲、かな・・・」


最近、行方知れずになっていた聞仲。

死んでなどいなかった。生きていて、そして復活したのだ。

は確信した。



まず普賢とは崑崙十二仙を全員呼び出すことから始めた。

元始天尊も太公望も人間界にいる今、まずは仙人界にいる十二仙全員に知らせる必要がある。

この緊急事態。

金鰲島が、この崑崙山を目指して進んできているのだということを。


「人間界には元始天尊さまがいるし、金鰲島が動いてるっていう情報は入ると思うんですよね。
 で、その場合にはあの瞬間移動出来る乗り物で、元始天尊さま、太公望、それと恐らく太乙さんも一足早く帰ってくるはずです」


たぶん、崑崙山の中枢辺りに。崑崙山の一番大事な核のところへ。

そのの意見のもと、太乙を欠いた崑崙十二仙全員が、中枢へと集合した。


そして普賢が、一人もくもくとトレーニングを積んでいた道徳を連れてきて全員が揃ったちょうどそのとき、元始天尊のワープ宝界が姿を現した。

まさにグッドタイミングというもので。


「おおっ さすがだのう、全員集まっておってくれたか、崑崙十二仙!」


の読みどおり、元始天尊と共に戻ってきた太公望が感嘆の声を上げた。


「――大変なことになったね、望ちゃん」


宝貝を発動させ、そのレーダーにうつる金鰲島を現す数値を見つめながら普賢は言った。


「金鰲島は本気でここに向かってるらしいわよ。どうする?」


なにか作戦を立てなきゃなのかしら。

は思いながら太公望に聞いた。

太公望は浮かんでいる中枢部を見上げ、何かを考えているように数秒それを見つめると、再び口を開いた。


「・・・この、崑崙山も動かす」


「・・・・動かす?」


「ああ、わしは知らんかったのだが、太乙が言うには、どうやらこの崑崙山も動くらしい」


「・・・動くの?」


「動くらしいのだ」


普賢とは、感心したと言うような、深いため息をついた。


「んで、太公望!俺たちは何すりゃ良いんだ?」


道徳が拳を突き出しながら言った。

他の十二仙も同意見のようで、頷いている。


「うむ、おぬしらは各々の弟子たちに現状を伝え、こたびの戦いに備えて準備をするよう促してくれ」


「なるほどな!任せろ!」


そう言って、張り切る道徳を先頭に十二仙はその場から離れ、個々に散らばっていった。


は楊ゼンや他の者たちが来るまでの間、外壁や砲台の点検に行ってくれぬか」


使えるかどうか、使えたとしてもどの程度のものか。


「うん、分かった。じゃあまた後でね」


は元始天尊、太公望、太乙真人と別れ、中枢から外へ。

陽の明るさで少し目が眩む。

跳ねるように、浮かぶ岩を飛び移り、今までは飾りとしてしか存在してなかったような砲台の場所へと到着した。


「使えるのかなぁ、これ・・・」


なんとなく錆びているし、埃をかぶって輝きがない。

これは修復しないと無理そうだ。

は砲台の枠に手をやり、触ってみた。

ところどころ欠けているし、それが今まで使われていなかったことの証拠だ。

そう、今まで使われていなかったのだから。

なのに、使う機会がきてしまった。


「・・・どうして」


人間界であんなにも酷い戦争が行われていて、もちろん仙人界の人たちだってそれは知っているのに。

同じことをどうしてここでもしなくてはならないのか。

なんのためよ?どうして?

おかしいじゃない。

は体の横で両手を握り締めていた。

涙がじわりと浮かんできて、思わず目をこすった。



さん!」



遠くから聞きなれた声。

耳に届いた。


「・・・楊ゼンさん」


振り返ると、哮天犬に乗ってやって来ている楊ゼンの姿を目に捉えた。

崑崙山に到着したのだ。

後ほど他のメンバーたちと黄巾力士に乗って来ると太公望が言っていた。


「どうです、砲台は。使えそうですか?」


哮天犬から降りて、楊ゼンは砲台を見つめた。


「いえ、修復が必要のようです。このままじゃ使えないかもしれません」


「やはりそうですか・・・何千年も使ってないらしいですからね、この砲台」


「間に合うかな・・・」


修復するための時間。

なんといっても金鰲島は既にこちらに向かっているのだから。

時間は限られている。

楊ゼンとが砲台の点検も兼ねた外壁の調査をやっていると、そこへ太公望が四不象に乗って様子を見に来た。


「全体的に言って時間が足りませんね」


小さくため息をつき、楊ゼンが言う。


「あと一日でも余裕があれば良かったのう・・・。こんなドタバタした状況で聞仲と戦うんかい」


独り言のように太公望は呟いた。


「ねえ太公望。崑崙山を動かすって言ってたけど、誰が動かすの?」


さっき聞くのを忘れていた、一番重要なこと。

金鰲島は聞仲が。

ではこちらは?


「竜吉公主に任せることにしたよ。崑崙を動かせるほどの力を持つ者と言えば彼女しかおらんからのう。
 公主のサポートには太乙が回ってくれておる。動かす能力自体はあの二人に任せておけば安心だ。
 ・・・ただ、一つ問題が出てきてな」


急に真顔になった太公望に、楊ゼンとは眉をひそめた。

なにか余程、深刻な問題が出てきたのだろうか。


「・・・先日の趙公明との戦いで、エネルギーを使いすぎてな、防御に回すエネルギーが足りぬのだ」


楊ゼンとは、この後に何を言われるのか、同時に悟った。

ちら、と横目でお互いを見る。

きっとそうだ、と両者は目で言った。

そんな二人に気付いたようで、太公望は苦笑しながら、


「・・・おぬしら二人に、崑崙山のバリア代わりを務めてもらいたいのだ」


























      


































さんがなぜ崑崙山に戻ってきていたのかという疑問。

理由は後々(本当に後々)出てきます。



執筆...2005,02,21