どうなったのだろう。


何も聞こえない。

何も見えない。


死んでしまったのだろうか。

きっとそうだ。


殺される、そう思った。


だから、

あぁそうだ。

助けようと思って。

を。


死ぬなと言った言葉を守れなかった。

怒っているだろうか。

出来れば泣いていないでほしい。


計画の引き継ぎはがやってくれるだろうか。


結局自分は妲己に届くことすらかなわなかった。

結局中途半端になってしまった。
















こんなところで何をやってるのん?



















目の前に、光。

聞き覚えのある声も響いた。

そう、この声は

















わらわを倒すんじゃなかったのん?


















妲己。


見えた。

妲己の姿。


これは、幻か?

















せめてわらわのところまで辿り着いてよん

こんなダサい障害でくじけちゃ嫌ん


















前会ったときと同じ。

気を抜けば捕らわれるのではないかと思わせる雰囲気を漂わせ、笑っている。

















それに、ちゃんはどうするのん?

彼女を独りぼっちにしちゃって良いのん?




















独り。


の笑顔がよみがえる。

いつも笑ってくれた。





おぬし、今、どこにおるのだ?






















―――太公望
























の声が聞こえた。

空耳だろうか。


















ほら、早く迎えにいってあげてよん

わらわ、あなたたち二人が揃ってなくちゃ嫌だものん




















パキン、と妲己の姿が砕け、消えた。




















―――太公望、どこにいるの・・・?


























向こうも自分を探している。


一瞬、が見えた。

薄く滲んだ姿。


思わず、手を伸ばした。

その手に何かの感触。



取った瞬間、現実へと呼び戻された、そんな感じがした。



打神鞭。

それが、手の中にあった。






































始まりと、終わり






































「・・・うわー、趙公明さんの原型って植物だったんだね、四不象ちゃん・・・」


『どうする、


「うーん・・・とりあえず、このでっかい趙公明さんをどうにかした方が良いかな」


武吉くんが太公望探してくれてるし。

二人が来るまで待ってなきゃだもの。

そう言って、は四不象に乗ったまま宝貝を握った。


と、突然その宝貝に、蔓がするすると絡まってきた。


「う・・わっ」


は慌てて宝貝を振り回す。

しかし蔓は離れてくれない。


「ちょっ・・・ス、四不象ちゃん、上昇して上昇!」


グン、と四不象はスピードをつけて空へ上がった。

は蔓を振り払う。

本体から切れた蔓は、力無く重力に引っ張られて落ちていった。


「・・・すごい、大きい花」


『非常識なくらいだな・・・』


さっきまでいた場所から上の方へ昇ってきたというのに、その大きな花のつぼみは自分たちよりも上にある。

見上げなければ先端も見えない。


あやつの本当の姿。妖怪仙人の原型じゃ


原始天尊が言った。

趙公明は妖怪仙人だった。

原型は、巨大な花。

今はまだつぼみだがそのつぼみだけでも相当な大きさなので、花が開けばどれほどの空が隠れてしまうのだろうと、は思った。

つぼみから少し離れたところに、浮いた球体が見える。

ビーナスたち3姉妹が待機している球体だ。

その球体さえも小さく見えるほど、つぼみは大きかった。

つぼみは巨大な根や茎や葉に守られるような形でそこにある。


「探しに行こうか。ここでボーっとしてるわけにもいかないよね」


四不象は無言でそれに同意し、再び下まで下降した。

茎の近くまで寄ると同時に、無数の蔓がたちを掴まえようと伸びてきた。

四不象は猛スピードでそれを振り切り、進行方向から伸びてくる蔓はが宝貝でなぎ払った。

途中途中でいきなり顔を出してくる食虫植物の類には手を焼いた。


『おい・・・あんまり無理するなよ・・・。力ほとんど残ってねぇだろ・・・』


「大丈夫よ。こんなことでへこたれてたらやってられないわよ」


しかし、内心ではかなりの疲労の蓄積にまいっていた。

残されたわずかな力を、出来るだけ無駄に使わずに蔓や葉を遠ざけるのは難しかった。

しかも向こうは一向に怯まない。

これでは太公望が来る前に自分の方が力尽きてしまう。


と、そのときさほど遠くない場所で凄まじい轟音が響いた。

周りの植物たちもそれに怯み、動きが止まる。


「・・・楊ゼンさんかな。行ける?四不象ちゃん」


音がした方へ、四不象は方向転換して飛んだ。


そこの根は大きく傷を負っていた。

何かにえぐられたように、不自然な形になっている。


その近くに人影があった。

ナタクだった。

四不象はナタクの浮いているそばまで飛んでいく。


「すごい楊ゼンさん!」


『やるじゃねぇか・・・』


ナタクはと四不象に気付き、振り向いた。


さん、四不象!いいところへ。ちょうど足場が欲しかったんだ」


そう言って、ナタクは楊ゼンの姿へと変わった。

元に戻った、と言う方が適切だろうか。

楊ゼンは四不象の上へ着地した。


「大丈夫ですか?楊ゼンさん」


楊ゼンの顔には疲労の色が見えた。

きっとナタクの前にも何人かに変化したのだろう。


「平気ですよ。相手が巨大な植物なら根を壊せばいい。僕の哮天犬でとどめをさしてやりますよ」



「ダメです楊ゼンさんっ!」



どこからか武吉の声がした。

どこだろう、と二人が探す前に、蔓や根が無数に絡まって一つになった趙公明の茎の中から武吉は出てきた。

この植物の中、きっと楊ゼンたちを探すのに苦労したのだろう、肩で息をしていた。


「お師匠さまがこの中のどこかにいるんです!」


『何っ!?』


「・・・ホントなの?武吉くん」


「はい・・・っ」


武吉は涙目で言った。

探し出すことは出来たのだが、再び見失ってしまったのだろう。

なにしろこの巨大な植物だ。


「この花が成長したときにどこかに引っかかったのか?それとも趙公明の奴、そこまで考えて・・・」


楊ゼンが呟いた。

確かに、探し出すのは困難かもしれない。


と、武吉のいる茎の周りに、また新たなつぼみのようなものが多数顔を出してきた。


パン!パンパン!


「わぁっ!」


驚いたはずみで、武吉は四不象の上へ、どさりと落ちた。


「なにこれ!?」


つぼみのようなものが口を開き、その中から何か丸い物が沢山弾け出てきた。

そしてそれは音を立てて川の中へと落ちる。

落ちたかと思うと、すぐにその場所からつぼみの付いた茎が伸び出してきた。


「な・・・種!?」


「うっそ・・・」


茎たちは恐るべき早さで、空を目指して伸びていく。

伸びるにつれて茎は太くなり、あっという間に、趙公明の本体にあるつぼみより小さいが、それでも大きな花たちが無数育っていく。

これでは川の水が干上がってしまうのも時間の問題だ。


「まずいぞ!どこまでも広がってしまう!」


「趙公明さんだらけの世界になってしまうわ!」


「「・・・」」


一瞬の無言。

趙公明だらけの世界。

考えた。


「・・・やだなぁ、それ・・」


「って、こんなこと考えてる場合じゃないですよさん!それよりどうします!?」


太公望の居場所は不明。

広がり続ける趙公明の花たち。


「とりあえず太公望を捜します!太公望さえ見つかれば、趙公明さんを気兼ねすることなく倒せますよね!」


楊ゼンさんの哮天犬で。

そうすれば、全て解決するでしょう。


が、その太公望を見つけること自体が困難極まりない。

この生い茂る植物の中からどうやって太公望を捜し出そう。


「ねぇ武吉くん。太公望の居場所、分からない?」


武吉の天然道士としての、高い嗅覚を使えないだろうか。

は考えた。


「えーと、えーと・・・こっち、の方だと思うんですけど、花の匂いでよく分からないんです!」


どんな花でも匂いを発する。

今はまだつぼみ、とは言え、それでも花独特の匂いがそこら中にたちこめ、武吉の嗅覚を狂わせているのだ。

それでも今は、武吉の嗅覚に頼るほか術はない。

四不象は武吉が指さした方向へと急旋回した。

蔓や根が追いかけてくる。

楊ゼンは三尖刀で、で、それらを跳ね返したり切り裂いたりして払い除ける。

しかしキリがなかった。

後から後から押し寄せてくる植物の群れに、楊ゼンもも、力を温存するどころではない。


息苦しい。

力を消耗しすぎた。


太公望と二人でビーナスたち3姉妹の龍と戦ったとき。

そのすぐ後の趙公明との戦い。

そのどちらのときも、は宝貝で力を使っていた。

次には太公望に川へ落とされ否が応にも体力を消耗してしまい、その後すぐに趙公明と対峙したときにも、大きな力を使ってしまった。

それらの消費は激しかった。

復活の玉の光も、趙公明の近くにいすぎたために、遠くて浴びることがなかった。

四不象の砕けた石の欠片をこれ以上バラバラにしたくないと思ったために、その場所から離れていただめだった。

体力は寸ほども回復していない。

その上、キリがない蔓や根をなぎ払うのは、至難の業だ。


「・・・楊ゼンさん・・大丈夫ですか・・・?」


「ちょっと、まずいかな・・・。一度ここから離れないかい・・・?」


四不象は二人の言葉に、上昇しようとした。

だから、上だけを見て下を見ていなかった。


『・・・ん?』


四不象は、急に体が重くなったのを感じた。

というより、体に何かが巻き付くような感触。


「うわっ!」


『やべぇ!』


武吉と四不象は同時に叫んだ。


見下ろすと、そこには巨大な食虫植物が触手のようなものを自分たちに伸ばして、それを巻き付かせていた。

とても巨大な食虫植物だった。

このまま引きずり下ろされれば、四不象たち全員はすっぽりと中に入ってしまう。


「うわーっ!食べられるよ四不象!」


『何とかしろ、楊ゼン!!・・・おい!?』


二人からの返事はない。

楊ゼンは喋る気力もないほどに体力を消耗しており、四不象の上で荒い息をしながら倒れていた。

はかろうじて膝をつき、しかし宝貝にしがみついてなんとかその状態を保てているようで、そこから立ち上がれそうにはない。

まして、宝貝で触手をなんとか出来るような様子ではなかった。


『ちくしょう太公望!テメェのせいだぞ、バカヤロウ!』


触手に引っ張られながら、届くことのないだろう悪態を四不象は叫んだ。





そのとき、全員の耳に風が空気を切り裂く音が聞こえた。





の目の前で四不象に絡みついていた触手が、すっぱりと切断され落ちていくのが見えた。


なに?

風?


は顔を上げた。

少し離れた、太い茎の上に、人の姿。


強張っていた心が緩んだ。

緩みのせいで力が抜け、宝貝を取り落としてしまうのではないかと思うほど。

慌てては宝貝を強く握った。


「・・うーむ・・・なぜこんなことになっておるのか分からぬが・・・」


その人は今し方目を覚ましたかのように、ぼんやりと言った。


「とりあえず、それをなんとかした方が良さそうだのう」


そう言って、宝貝をたちに向け、鋭く振った。


バスン


と音がして、四不象の下で大きな口を開いていた食虫植物が、風で弾け飛んだ。

宝貝で作り出された風だ。

しかし、距離が少々ある。

離れた場所に風を発生させた。

今までの彼の宝貝では、それは出来ていなかったはずだ。


打神鞭の能力が上がっている?


「お師匠さまぁーっ!」


一番元気のある武吉が、真っ先に飛びついた。

体重がかかり、太公望は一瞬よろつく。

が、すぐにバランスを立て直し、


「おぉ、武吉。心配かけたようだのう」


太公望は飛びついてきた武吉の頭を撫で、楊ゼンとに目を向けた。


「師叔・・・残念ですよ、これで僕の活躍の場が増えると思っていたのに」


まだ辛そうではあるが、少し笑みを含んだ顔で楊ゼンは言った。


「そんなことを言えるのなら、おぬしは大丈夫だのう、楊ゼン」


楊ゼンの言い分に、太公望は苦笑しつつも安心したようだった。


「しかし・・・わしは助かったが、スープーはもう・・・」


俯いて、太公望は低く呟く。

太公望の横で、武吉は一瞬きょとんとした。


『ボケ!オレならここにいるだろが!』


ふわり、と浮いたまま太公望に近づいて、四不象は言った。

もちろん、変身後の四不象。

太公望は四不象が変身したところなど、もちろん見ていない。

目の前にいるこの大きな霊獣が四不象だなんて、もちろん知らなかった。


太公望は、ぽかんと口を開けて四不象を見つめ、その言葉を理解すると


「・・・はあぁ!?」


大袈裟とも思える声で叫んだ。

まぁ、当たり前だが。

死んだと思っていた四不象が、目の前で、しかも全く別の姿になって浮いているのだから。


「な、ど、どういうことだ?」


「四不象がいつも手に持っていた丸い玉は、復活の玉だったんですよ、師叔」


少し落ち着いたらしく、四不象の背中に座って、楊ゼンは手短に要項だけをまとめて言った。

復活の玉。

その玉のおかげで四不象は戻ってきた。


「復活の玉・・・ああ、なるほど、それで四不象は生き返ったということなのだな?」


ようやく「納得した」という表情で太公望は言った。


「ですよね、さん?」


「・・・え?・・あ、あぁ、うん、そう」


急に話題を振られ、思わず焦ってしまった。

楊ゼンはの挙動に首を傾げる。


「しかし師叔、いくら復活の玉でも飛んでいった魂魄を呼び戻すことは出来ないでしょう?あなたはどうして助かったんですか?」


そう、確かにあのとき魂魄が飛んだ。

封神台の方向へ。

あの魂魄は何だったのだ?

それが大きな疑問として残っている。


「・・・うむ、そのことについては後で話すよ」


ゆっくり、太公望は何かを考えるようにして言う。


「それよりも今はあの巨大趙公明をなんとかする方が先であろう?」


確かに。

巨大花の趙公明は、放っておいていい代物ではない。




『――僕をどうするって?』




辺り一面に声が響いた。

あの声。

趙公明だ。

全員の視線が大きなつぼみへと向く。


つぼみが動いた。

趙公明が原型に戻るときに聞いたときと同じような音もし始める。

軋むような、何かに力が加えられたときに発生する音が。

つぼみがだんだんと開いていく。


あのつぼみを今攻撃したらどうなるんだろう。

もしあれが吹っ飛んだら、趙公明は怒るんだろうか。

なんて、のんきなことをは考えた。


やがてつぼみは完全に開き


「・・・うお」


「何あれ」


「趙公明です」


「うわー!うわー!」


花びらの中には、見事に趙公明の顔が刻まれており、しかも笑顔だった。


『やぁ太公望くん、本当に生きていたんだね!』


声が響く。

大音響で、しかもエコーがかかったように、わんわん鳴る声が耳に痛い。


「うわっ、喋った!」


「うわー!うわー!」


武吉は目を輝かせており、もしこの場に蝉玉がいたとしたら、あの趙公明を見て間違いなく絶叫していただろう。

もしかすると、すでにどこかで叫んでいるかもしれない。

なんと言ってもこの趙公明はひたすらにでかい花だ。

少しくらい遠くても、この趙公明の姿と声は届くはずだ。


『もはや無敵のこの僕に勝てるのかな!?』


高笑いと共に、趙公明の声は辺り一面に反響する。

太公望は何も言わず、趙公明を見上げた。

趙公明の花の周りで増殖した、一回り小さいつぼみたちからは、まだ花の種を吐き出して増殖を続けている。


「・・・師叔、どうするんですか?」


「お師匠さまっ」


このままだと本当にまずい。

巨大な趙公明はこの辺の地の養分を、いとも簡単に吸い尽くしてしまうだろう。

本体だけでもまずいのに、その周りの増殖植物たちまでいるとなると、大地が枯れるのも時間の問題だ。


「分かっておるよ」


ようやく、太公望はそう一言。

表情は笑顔。

何かを思いついたのだ。


「わしは今からちょっと上空に行ってこようと思う。すまぬが四不象から降りて、ビーナスたちのいる球体で待機しておいてくれぬか?」


太公望は人差し指で「上」を指さし、楊ゼンと武吉に言った。

上空?

楊ゼンは少し顔をしかめたが、やがて


「・・・なるほど、上空ですね」


合点がいったらしく、素直に太公望の意見を聞き入れる様子のようだ。

武吉はよく分かっていないようだが、太公望の言うことなら素直に聞き入れる。


「で、。おぬしはわしと一緒だ」


珍しく大人しくして楊ゼンの少し後ろに突っ立っていたは不意をつかれた。

ビーナスたちの球体か。

マドンナがでかいからなぁ。落ちないようにしないと。

なんて考えていたものだから。

言われたことの意味を理解するまで少し時間が掛かってしまい


「・・・あ、ら?・・・私、私も行くの?」


おたおたとしながら。

そのとき、別れ別れになってからはじめて、太公望と目があった。


『おい太公望、急ぐんじゃないのか?』


「うむ、急ぐに越したことはない」


「では僕たちはここで。ビーナスたちのところに行きます。行こう、武吉くん」


「はいっ!お師匠さま、さん、お気を付けて!」


そう言って、楊ゼンと武吉は四不象から降り、哮天犬に乗って飛んでいった。

ビーナスたちのいる球体の方へと。

植物たちの蔓などに捕まらないように少し高くを飛んで、やがて趙公明の森に隠れ、見えなくなった。


「では行くぞ、スープー、!」


『しっかり掴まってろよ』


四不象はその言葉と同時に、一気に高く空へ舞い上がった。

風を切り、気を抜けばきっと振り落とされてしまう。

今までのスピードとは段違いになっている。

高く、高く、四不象は昇っていった。


「・・・大人しいのう、おぬし」


急に、太公望が呟いた。

独り言かと思った。


「・・・へ?」


「おぬしのことだ」


他に誰もおらぬであろう。

四不象も、いつもの姿のときよりは口数が少ないような気はするが。


「突き落としてすまんかったのう」


でも、他に思いつかなかった。

をあの場から助け出せそうな方法は。


その言葉が太公望の口から出てすぐに、パシ、と、弱くなにかを弾いたような音がした。


最初は、何なのか分からなかった。

頬に温かな感触。

痛くはなかった。


「・・・これで、・・許してあげる」


耳に届くか届かないか、というほど。


の右手は太公望の頬に伸びていて、そのままの状態。

そこにちゃんと、太公望がいると確認するかのように。


「・・・罰当たりだけど・・・私、一人だけ助かるなんて嫌だからね」


置いていくなんて言語道断。

絶対許さない。

追いかけてやる。

それくらいの、勢いで。


「だから・・・私が、そんなことしないように・・・」


――死なないで。

一人で、死なないで。


は俯いて、宝貝を握りしめた。

右手も同時に頬から離す。


「・・・約束するよ」


ちゃんと。

置いていかないと。

死なないと。


太公望は、の頭にゆっくり手を置いて撫でる。

大丈夫。

ここにいる。


『おい太公望・・・上空ったって、どこまで行くんだ?』


四不象が啖呵を切って言った。

確かに。

けっこう高くまで昇ってきた。

地上が遠い。

趙公明の森が遠い眼下に見える。


「けっこう昇ってきたのう・・・やはり上空は寒いし空気も薄いし・・・」


四不象が気を利かせて寒さを少しでも凌げるように、防御フィールドを張ってはくれたが。


「・・・なにぼやいてんの」


自分で言い出した作戦のくせに。

は思わず吹き出した。

そんなに太公望も小さく笑い、


「よし、この辺で良いぞスープー。すまぬな」


四不象に言って、四不象は上昇をやめる。

真下にはつぼみを開いた趙公明がいる。

ほとんどよく見えないが、いるはずだ。

真上へと昇ってきたのだから。


「さて。おぬしのことだから、わしがわざわざこんなところまで来た理由は分かっておるであろう?」


こんな上空の、空気の薄い、寒いところまで来て。

どういう内容の作戦なのか。


「・・・なんとなくだけど。
 とりあえず、ここは寒いわ。空気はマイナスね。太公望の宝貝は風を操る。風っていうのは空気と同じ。そして真下には、植物の姿の趙公明さん」


はすらすらと言った。

上昇の姿勢から、空中で普通に浮かんでいるときと同じ格好になった四不象の上で、は宝貝の先をくるりと回してみた。


「しっかり分かっておるではないか」


正解。パーフェクト。

太公望は打神鞭をしっかりと両手に握った。


『・・太公望、本気か?』


四不象が心なしか心配そうな声色で言う。


「うむ。見よスープー。この打神鞭は一度壊れてまた新しくなったようなのだ。性能も上がっておる」


大丈夫だ。

心配せずとも、きっとうまくいく。


と、打神鞭を持つ太公望の両手に、新たに別の手が加わった。


「・・・?」


四不象の上に座っていたは、いつの間にか立ち上がって太公望の隣に来ていた。

そして太公望の横から打神鞭を握った。


「せっかくこんな寒くて空気の薄いとこまで来たのよ。どうせだから、手伝ってあげようかなって」


ていうか、手伝いたいなって。

そう言って、微笑んだ。


趙公明は太公望とに戦いを挑んできた。



――さて二人とも、正々堂々と勝負だ――



戦うことがそんなに好きなのだろうか。

そう思うほど楽しそうに始終笑顔だった趙公明は、今までの敵と違った全く新しいタイプの仙人だった。


「「せーの」」


太公望との同時のかけ声。

そしてすぐに、二人の握った宝貝は勢いよく振り下ろされた。

そこら中の零下の空気はかき集められ、真下へと一点集中して駆け下りていく。

澄んだ空気の波が、地上へと押し寄せていった。

遠い、地上まで。


打神鞭からそっとは手を離した。

太公望は握ったまま、下を見つめる。


「・・・では、わしたちも降りるとするか」


そろそろ、風は地上に到達しているはずだ。

ちゃんとうまくいっていれば、趙公明は凍りはじめているはず。


「すまぬのう、スープー。趙公明のところに戻ってくれるか」


『おう、飛ばされるなよ』


四不象をしっかりと掴み、離されないよう。

来るときとは打って変わって、今度は地上へ。

しかし体で感じる風は同じ。

四不象のスピードが同じなのだから当たり前なのだが。

どんどんと地上の風景が近づいてくる。

上空へ昇る前と変わらない。


が、一つだけ違うものがあった。


「どうやら・・・とどめは必要なさそうだのう」


四不象のスピードが緩み、太公望は呟いた。

固まって動かない、趙公明の森。

巨大な氷の固まりが、佇んでいた。

静かで、一つ音がしない。

凛とした空気が、その場に満たされていた。




――パキン




小さな音。

その音すら聞き分けられるほど、静かだった。

その音を引き金に、目の前の氷が崩れ始めた。

ガラガラと音をたてて。


そしてある程度崩れ落ち、その波が過ぎ去ると、ふわりと一つの光が浮かんできた。

光の中には人影。


「趙公明・・・」


笑顔の趙公明が光の中で、まっすぐに立っていた。


『とても素敵な戦いをありがとう、太公望くん、くん。僕は潔く封神台へ向かうとするよ』


光が一層強くなった。


『キミたちと戦えて良かった。一度会って戦いたいと思っていたからね。

 そうそう太公望くん、僕がいなくなった後の妹たちのことはキミにお願いするよ――』


最後の方は薄く消えかかった声で、趙公明は笑っていた。

趙公明は光の中に吸い込まれるように、その姿は薄く遠くなり、吸い込まれるようにして、魂魄は飛んでいった。


「・・・最後、なんと言っておった?」


太公望は、ゆっくりとに聞いた。


「妹たちをお願いって」


あっさり、は言って笑った。


「遺言よねぇ」


今のって。

明らかに。


『太公望も気苦労が絶えないっスねぇ・・・』


「な、スープーまで・・・!」


「・・・あれ?」


なんか、今。

違和感が。

何にしても聞き覚えはあるものだったが、何か。


「四不象ちゃん、・・・『っスねぇ』って言った?」


「え?・・・ぬおっスープー!?おぬし、目が光っておるぞ!?」


四不象の目は、なぜか赤く点滅していた。

ピコン ピコン

という効果音のよく似合いそうな点滅の仕方。


そして、



ポンっ



「・・・あれ?」


太公望との乗っていた四不象は、いつものあの四不象に戻った。


「ご主人?さん?あれ、趙公明さんはどうなったっスか?」


四不象はきょろきょろと辺りを見回した。


「スープー、おぬし覚えておらぬのか?」


「え?何をっスか?」


覚えていない。

太公望とは顔を見合わせた。

変身したことも、上空高くまで昇ったことも、趙公明を倒したことも。



「お師匠さまー!さーん!四不象ーっ!」


武吉の声が遠くから聞こえた。

走って近づいてくる。

楊ゼンも哮天犬に乗って飛んできているところだった。


「・・とりあえず、終わりよね」


は武吉と楊ゼンから目を離し、太公望を見た。


「・・・そうだのう」


太公望は空を見上げ。


これで終わり。

一つの終わり。









































      






































うわぁ、最初の辺りなんて特に偽者っぽい(にこり

・・・・はい。




執筆...2005,02,03