苦しかっただろう。 辛かっただろう。 は、先程の爆発にのまれて殺された人たちを見回した。 倒れている大勢の人々は、手枷をはめられたまま、ぴくりとも動かない。 は、胸を押さえた。 霧雨の中 これは人間の使う武器によっての爆発じゃない。 爆発した場所の跡を見て、は表情を歪めた。 こんなに大きく、何か物が壊されるなんて、しかも一瞬で。 (そういえば妲己の手下の仙道も、沢山城にいるんだっけ・・・) 爆発は宝貝の力と見てまず間違いないだろう。 深く掘られた穴からは、無数の蛇がこちらを見上げていた。 それといった理由はないが、蛇は好きではない。 は目を背け、腰を上げた。 太公望のところに戻ろう。 まだ太公望は自分が太公望の後を追ってここまで来たということを知らないし、そろそろ目が覚めた頃だろう。 あの爆発の直後、太公望を助けに行ったとき、 “太公望!!” 逃げまどう人々をかき分け、は叫んだ。 しかし、見あたらない。 もしかして、爆発の中に巻き込まれた――? 不吉な考えがを襲う。 そのとき、人を一人担いで走る大きな男性の姿が目に映った。 抱えられている人間は気を失っているようだったが、見覚えがあった。 「太公望!」 大声で叫んだが、その声は、沢山の悲鳴にかき消される。 が、その長身の男性の耳には届いたようだった。 声のした方――と目が合う。 そして大股で、のところへと走ってきた。 「太公望どのの知り合いか!?」 「あ、わ、私は太公望の妹弟子の・・・」 混乱した状況下で、は早口で言った。 「そうか、味方なんだな!?なら、こっちだ!」 「わっ」 勢いよく腕を掴まれ、はその人につられて走った。 着いた場所は、城の敷地内の静かな一角だった。 小さな部屋がいくつか並んでいる場所で、その部屋の一つにその人は太公望を担いだまま入った。 も付いて入る。 その場所はその人いわく、 「俺の秘密基地だ」 ということらしい。 「俺は黄飛虎。武成王っつー職に就いてる」 の何倍にもなる背丈を持った武成王は、手短に言った。 「私はです。さっき言ったように太公望の妹弟子で。太公望を助けてくれて、ありがとうございました」 ペコリと一つは笑顔で頭を下げた。 それにしても、ここで一つの疑問が浮かぶ。 朝歌の武成王。 とすれば、もちろん宮廷内で暮らしているということ。 とすれば、 「あの・・・武成王さんは、妲己の誘惑の術には・・・」 どんなことがあっても掛かるはずではないか。誘惑の術。 が尋ねると、武成王は笑顔になり、 「そんなもん、気合いで跳ね返してるぜ!」 そう言って、武成王は大きく笑った。 確かに、この人なら跳ね返せそうだ。 なんとなくそう思った。 強そうな体格、大きな笑顔、そしてなによりも力強い心を感じた。 もつられて、やんわりと微笑んだ。 同時に、ホッと小さく胸を撫で下ろす。 禁城の中に、妲己の術に勝てる強い人間がいたなんて。 心強い味方が出来た。 太公望は寝台の上で目を閉じたまま起きる気配はない。 はそれを見、何かを考えるように黙り込んだ。 そして急に ビリッ 太公望の服を破いた。 「・・・な、何してんだどの?」 訝しげな表情を顔一杯に広げ、武成王は目を見張った。 「太公望の服の端、あの大きな穴の中に入れとこうと思って。今の状況だと、太公望は死んだと思わせておいた方が得策でしょう。 少しばかりの時間稼ぎにしかならないだろうけど・・・。・・・あの、もし良かったら・・・太公望の新しい服、持ってきてやってくれませんか?」 どんなものでも構わないので・・・。 遠慮がちに、は武成王を見上げる。 「おお、任せとけ!」 頼まれた、と、武成王はに笑顔を向けた。 それにも小さく微笑んで、 「ありがとうございます!じゃ、そういうわけで私は穴のとこ行ってきますね」 太公望のこと、よろしく頼みます。 そう言って、は早々、部屋から出て行った。 「・・・って、おいどの、あの穴のところには兵士がいるはず・・・聞いてねぇ」 何かに駆り立てられたように出て行ったを、武成王は首を傾げながら見送るしかなかった。 巨大な穴の場所。 爆発の起きたその場所からは、未だに薄く煙が上がっていた。 今はもう、その中に落とされている人もおらず、警備にあたるはずの兵士も全く見あたらない。 あの騒ぎの後、禁城の人間たちは皆、中へと引っ込んでしまったようだった。 誰もいない方が、厄介なことがなくて良い。 は小さく息をつきながら、その穴へと近付いた。 そして怖々、中を覗く。 何匹かの蛇と目が合った。 は思わず顔を歪めた。 手に持っていた服の切れ端をその中へと落とす。 ひらりとそれはの手から離れ、沢山の蛇がいる中へと落ちた。 ざわざわと、蛇たちが動く気配がする。 嫌だ、こんな光景。 はそこから離れ、壁に寄り掛かり、そのままそこに腰を下ろした。 捕まった人たちは、きっと殷族以外の、恐らくは羌族だろう。 異民族を捕まえてきては奴隷にしたり、こうした見せしめのようなものを行う。 全ては、あの「妲己」の仕業。 巧みな話術や力を使い、こうして世界を狂わせる。 ずっと昔から、彼女はそうやって色んな人たちから沢山のものを奪ってきた。 何が彼女をそうさせるのか。 ただの道楽なのか。 それとも別に目的があるのか。 しかしこんなことをして得することなどありそうにない。 分からない。 は顔を上げて空を見上げた。 こんなところで考えていても答えは見つからないから。 戻ろう。 太公望も目を覚ましたかもしれない。 ここに自分がいることを知ったらきっと驚くだろう。 そういえば、四不象はどうしただろうか。 の頭の中を、あの可愛い霊獣が掠めた。 足を止める。 四不象は妲己の術にかかっていた。 太公望はどうするだろう。 それも全部聞いた方が良い。 は再び歩を進めた。 武成王の「秘密基地」。 敷地内の奥まったところに位置しているから、あの穴のあった場所からは少し遠かった。 奥から2番目の部屋。 は戸をくぐり、 「・・・・あれ?」 ぴたり。 動きが止まる。 いない。 なんで。 「・・・どの?」 太く低い声が降ってきた。 振り返ると、そこには武成王。 武成王の方も、疑問符を浮かべているような顔で。 「・・・武成王さん。太公望は?」 いないのだ。 寝台はもぬけの殻。 「太公望どのは・・・って、どの、会わなかったのか?」 もう行っちまったようだけど。 武成王は「なんでだ」と言いたげな目をに向けた。 「行ったって・・・だって、服は?それに寝てたし・・・」 「・・・服は急いで買ってきて・・・で、帰ってきたら太公望どの、目ぇ覚ましてて・・・」 着替えるとすぐに、「世話になった」と言って出て行ったらしい。 わずか数十分の間のことだ。 「あの、武成王さん・・・まさか、私がここにいるってことは、言ってくれたりしてません・・よね?」 小さな希望を寄せて、は言った。 しかし 「・・・いや、言ってねぇ・・・。まさか、どのと太公望どのが・・・まだ会ってないとは知らなくてよ・・・」 すまねえ。 申し訳なさそうに、武成王は頭を下げた。 「いや、そんな謝るようなことでは!言ってなかった私の落ち度ですし・・・大丈夫です、すぐに追いかけますから」 の方も、返すように頭を下げる。 「お世話になりました本当に。ありがとうございました!」 は笑顔を向け、武成王に言った。 つられたように武成王も笑う。 「今度は、武成王さんがピンチになったりしたときに、私が助けに来ますからね」 太公望にもそう言っておきます。 「そりゃ心強ぇや」 助かるな、と武成王は笑った。 「さて・・・どうするかな」 禁城の大きな門を出てすぐ。 道は左右に分かれている。 太公望はどっちに行っただろうか。 武成王と別れた途端に降り出した小さな雨に濡れながら、は呟いた。 雨は少し冷たい。 「おや、こんなところで寄り道ですか?てっきりあなたは太公望と合流したのかと思ったのですが」 雨の降ってくる空の方から声がした。 聞いたことのある声。 しかもごく最近に。 は見上げた。 「・・・あ、さっきの」 先ほど初めて会った、たしか名前は「申公豹」と「黒点虎」。 しかし、先ほどとは明らかに違う箇所があった。 黒点虎は、背中に申公豹以外のものを乗せている。 しかもそれは 「・・・それ、四不象ちゃん?」 は申公豹の後ろに、俯せの格好で乗せられている四不象を指差した。 「ああ、この霊獣は太公望が忘れていってしまったようですからね」 届けてやろうと思いまして。 申公豹は淡々と、何の感情もこもらない顔で言った。 少し、の表情が変わる。 それを申公豹は見逃さなかった。 「・・・太公望の居場所、分かるの?」 ゆっくりと、は尋ねた。 「うん。僕、千里眼が使えるからさ」 黒点虎がさらりと答えた。 の表情に明かりが灯った。 「駄目ですよ」 きっぱり、申公豹は言った。 「・・・まだ何も言ってないじゃない」 は申公豹を見上げる。 「自分の力で太公望は見つけなさい」 の言葉は無視し、申公豹はなおも言った。 そんな申公豹に、は少し顔を曇らせ、だがすぐに笑顔を作り 「ここで会ったのも何かの縁だと思わない?」 にこりと、そう言った。 申公豹が、驚いたような顔でを見つめた。 それをは見逃さず。 「だから私も連れて行ってよ」 申公豹は気付かれぬように小さなため息をついて、 「言いたいことは分かりますが、駄目です。自分の力で見つけなさい。原始天尊もあなたにはそれを望んでいるのではないですか?」 原始天尊。 の笑顔が消える。 言い返さなかった。 言い返せなかった。 「なかなか物わかりは良いようですね」 黙り、ただ自分を見上げるに、申公豹はふっと笑った。 「それでは、またお会いしましょう。くれぐれも、道に迷わぬように」 「迷ったりしないわよ」 どこの道で迷うの。 は怒ったように顔をしかめた。 申公豹はそれに笑うと、黒点虎とともに、空の向こうへと消えていった。 「・・・あっちか」 申公豹と黒点虎が飛んでいった方向、はそっちに向かうことにした。 空からは未だに小さな雨が降っていたが、西の空は少しずつ明るくなってきていた。 「もうすぐ晴れるわね」 良かった。 空を見上げ小さく微笑むと、は道を進んだ。 戻 前 次 初執筆...2002,10頃 改稿...2005,04,20 |