「・・・そういえば、いつから腕があるの?太公望」


この部屋に太公望が助けにきてくれたときから少し気になっていた。

いや、かなり。

怪訝そうに、別れ別れになる前までには無かったはずの、太公望の左腕をは見つめた。


「あぁ、これか?太乙が作ってくれたのだよ。利き腕がなくては不便だろうと言うてな」


「へぇー!それって作り物なんだ?すごいねぇ。ちゃんと動くの?」


「しっかりと働いてくれるぞ。太乙はガスで動く義手だと言っておったかのう。宝貝とはまた別物のようでな」


「ふーん・・・。てことは、太公望も全快で戦えるってことよね。利き腕あるんだし」


「・・・うむ、まぁそういうことになるな」


「・・・よし」


パシン、とは手を叩いた。


「頑張れ太公望ー。負けるなー」


「うっ!?い、いつのまにおぬしスープーのところに・・・っ」


「いやですわ、あの娘ったら・・・。きっと私たちの魅力に怖じ気づいてしまったのね。かわいそうに」


のことである。


「まぁ仕方のないことだし、分からなくもないわね。私たちって罪な女・・・」


「「・・・・・」」


ここまで返す言葉に困る相手なんて、太公望とは今まで出会ったことなどなかった。




















途中経過






















「それでは、さっそく宝貝対決とまいりません?太公望さまにさま!」


ビシ、と2人に人差し指を向けながら、ビーナスは言った。



帰りたい。



太公望との頭の中を、その言葉だけが駆け抜け、通り過ぎていった。

なんと戦いにくい相手だろう。

今までにいないタイプ。


呆然と立ち尽くす2人をよそに、ビーナスとクイーンは


「見てご覧なさいなクイーンっ あの2人ったら、私たちを見つめたまま動きませんのよ!」


「私たちの美しさに見とれているのよ、ビーナス。私たちって本当に罪な女なのよ・・・」


などと、なんとも自分勝手な言葉を並べ、果ては溜息を吐く始末。


「妹たちよ、自己紹介はそれくらいにしたまえ!色香ではなく実力で勝利しなければ立派な仙女にはなれないよ」


いつの間に用意したのだろう。

趙公明は一人、白いテーブルと豪華な椅子を持ってきており、それに座っていた。

本当に、しっかりと観戦する気のようだ。


「分かっておりますわ、お兄様!それでは太公望さまにさま!宝貝対決開始しますわ!」


ビーナスのその言葉が合図だった。

サッとクイーンは何かを2つ取りだし、一つを無言でお菓子を食べ続けるマドンナに持たせた。


「・・・何、あれ?」


「宝貝・・・で、あろうが・・・?」


どうやらそれは2つで1つのセットのようになっていて。

合わせると、ハサミのようになるらしかった。


「さぁ行くわよ!」


「この才色兼備の三姉妹が誇る、スーパー宝貝!」



「「金蛟剪!!」」



ビーナスとクイーンは同時に叫んだ。

クイーンとマドンナが一つに合わせたその宝貝「金蛟剪」は、まばゆい光を放ち、その光はたちまち部屋を埋め尽くした。

と、その光の中に、黒と白の大きな物体の影を見つけた。

その2つは、太公望とめがけて向かってくる。


「・・・え」


「な、龍か・・・!?」


宝貝から生み出された物に間違いない。

影ではなく、今度は大きな2匹の龍の姿を、しっかりと確認できた。

そんな大きな龍が、自分たち目がけて迫ってくる。


咄嗟に、は太公望を強く自分の方へ引っ張った。





ドォンッ!!





「ご、ご主人とさんが!!」


龍は思い切り、なんの躊躇いもなく部屋の壁へとぶつかった。

太公望とが立っていた場所へ。

床と壁には大きな穴が開き、その衝撃で部屋が、いや、建物全体が大きく揺れた。


「ご主人!さん!」


2人の姿が見あたらない。

四不象は慌てて2人の姿を探した。


「あ、危ないのう・・・助かったぞ、


「危機一髪ねー」


ふわりと、辺りに一陣の風が起こった。


「二人とも、無事だったっスね!」


太公望とは龍に破壊された瓦礫の上に降り立った。


2匹の龍が迫り、壁と一緒に外に弾かれるかと思ったその時、は太公望を引っ張り、宙へと飛び上がったのだった。

宝貝で風を起こし、その風にうまく乗った。

部屋の中だったので、天井にぶつかるやもという少し安全性に欠けた思いつきだったが、問題はなかった。


「さて


「なに?」


「・・・おぬしはスープーのところに非難しておれ」


「・・・・は?」


は目を丸くして、太公望をみつめた。


今なんて?

聞き間違いじゃないのか?

非難してろ?


「・・・な、何で!?」


「今回の敵は・・・少し手強そうだからのう。わし一人で・・」


はますますわけが分からなかった。

今までこんなことを言われたことがあっただろうか?


「私、戦えるよ!防御だけじゃなくって少しだけなら攻撃の技だって編み出して・・・」


「戦える戦えないの問題ではなくて」


「じゃあ何なのよ!」



ドゴォン!!



言い合う2人の真横で、壁が爆発した。

龍がつっこんできたのだ。


「・・・忘れてた」


一時だけ、龍のことを。


「とにかくおぬしはスープーのところに戻っておれ!」


「やだ!なぜなのか理由も言われずに追い出されるほど、なにかした覚えはないけど!?」


双方共に食い下がらない。

龍から走り逃げながら、言い争いは続いた。


「私はねぇ、命令されたからってのもあったけど、半分以上自分の意志で人間界まで太公望の手伝いに来たのよ!?
 その私の意志を蹴る理由を言ってよね!簡潔に50字以内で述べなさいよ!」


あぁもう、と太公望は溜息を吐いた。


「・・・わしは、おぬしが怪我をするところを見たくない」



バタンッ!!



太公望の視界から、とつぜんの姿が消えた。


しかしすぐにその姿は確認することが出来た。

は転けていた。

何もないところで思い切り。


「・・・言ったそばから!」


太公望は顔をしかめた。


「なっ あ、そ、た、太公望が変なこと言うからでしょ!?いきなり何なの!?」


「おぬしが理由を言えと言ったからであろう!」


「ちょっ ご主人、さん!?そんなことやってる場合じゃないっスよ!」


2匹の龍は未だ2人を追いかけ続けているのだから。


「案外余裕かましてますわね、あの2人・・・」


2人の行動をまじまじと観察しながら、ビーナスは言った。


「ただアホなだけなんじゃないの?」


さらりとクイーン。



「・・だ、だいたいね!私に怪我してほしくないなんて・・・それなら私だって太公望に言いたいことあるんだからね!」


「・・・なんだ?」


立ち上がり、動揺しながら言ったに、太公望は疑問を投げ掛ける。

は深呼吸をして、息を整える。


「ぜったい!約束しなさいよ!」


「だから何をだ?」




ドゴォンッ!!







「私より先に、死なないって!!」







バシッ!




龍の一匹がの横の壁から突っ込んできたのと、が太公望に叫んだのと、

それからが叫ぶのと一緒に宝貝を勢いに任せて上から下に振り下ろすこと全てが、まったく同時に行われ


「・・・あ!?」


鋭い風が巻き起こった。


の宝貝は、黒龍の頭に真上から振り下ろされていて、発動していた。

その龍の動きは止まり、大きな風の渦が龍を巻き込んだかと思うと、



パァンッ!



風は辺り一面に弾け、それと同時に黒龍の姿はどこにもなかった。

弾けるときに風は突風となって部屋を飛び出して行き、周りの河に波を立たせながら消えていった。



風の音が止み、静寂だけが残った。



「黒龍が・・・」


「・・・消えてしまいましたわ」


「それも一瞬で、ね・・・素晴らしい」


ビーナスとクイーンはただ唖然とするばかり。

もちろんマドンナは食べてばかり。

突然の出来事に、椅子から立ち上がった趙公明だったが、再び笑顔に戻って座り直した。


「・・・そっか、消せるんだっけ・・忘れてた」


消すの、あんまり使わないから忘れてた。

は宝貝を見つめ、相方の黒龍が消えて驚き、宙に浮かんだままの白龍を見た。



にやり



は白龍を見上げたまま。



「・・・はっ まずいですわ!」


ビーナスは状況に気付き、自分からは少し遠いところにいる白龍に目をやった。

まずい。

あの娘の宝貝は。


バシッ!


何の抵抗もしない白龍に近付き、は宝貝で龍を軽く叩いた。


先程と同じ風が吹き、真っ白い龍は跡形もなく、消えた。


「・・・太公望!」


「・・なんだ?」


「この宝貝面白い!」


「・・・・良かったのう」


にこにこ笑いながら、は宝貝を振り回した。

危ない。


「・・・は、白龍まで・・・なんなの、あの娘の宝貝は!無敵!?」


クイーンは慌てふためきながら叫んだ。


の宝貝は風によって相手の宝貝攻撃をはね返したり消滅したり出来る宝貝でもある。

そのため、宝貝から生まれた龍2匹はあっけなく消滅させられたのだった。


「取り乱しては駄目よクイーン。消されたからって臆しちゃ駄目・・・それこそ相手の思うつぼですわ。
 ・・・そう、もう一度作り出せば良いのよ!用意して!1,2の」


「「3!!」」


クイーンとマドンナは宝貝を合わせ、部屋は再び眩い光りに包まれた。

光りの中からはまた黒と白の龍が現れる。

が、今度の2匹は先程のものよりも幾分大きい。

それだけ3人の力がこもっているのだろう。


「これなら如何かしら!?今度のは先程のようにはいかなくてよ!」


「・・・うーん、さっきより大きいなぁ・・・」


「これではキリがないぞ」


「だよねえ」


いくら消せるといっても、こう何度も何度も消していては、力が追いつかない。

宝貝は自身の力を吸い取って、力を発揮するのだから。

いくら変わった3姉妹と言っても、相手はあの趙公明の妹を名乗っているのだから。

ここであまり無駄な力は使わない方が得策だ。

太公望とは考えた。

二匹の龍は、先ほどのの宝貝での動作を見ていたのだろうか。

先ほどのように呆気なく消されたくはないらしい、宙をうろうろしている。

両者にらみ合い、というのはこういう状態なのだろう。

マドンナが菓子袋に手を突っ込んで、絶え間なく次々と食べる音が部屋の中でするだけだ。

どんなに敵が反撃してこようと、全くお構いなしの様子。


「・・・あ」


そんなマドンナの行動に気がつき、太公望とは同時にひらめいた。

互いに顔を見合わせる。

目配せをして、先に動いたのはだった。

くるりと回れ右をして、一目散に駆けだした。

自然、二匹の龍の目はを追う。

しかもは、その一瞬のうちに宝貝を羽衣の形に変えていた。

二匹の龍はこう思うだろう。


あの宝貝がなくなった。

チャンスは今だ。

まずは、あの厄介な宝貝の所有者をなんとかすべきだろう。


と。


二匹の龍はすぐさまの方に体を向け、一気に飛び出した。

勢いが良すぎて、天井に少しぶつかり部屋が揺れ、天井が落ちてくるかと思った。


3姉妹の視線の先も、と二匹の龍に集中していた。

無論、マドンナは見ることもせず、お菓子を食べ続けていたが。


ちらりと、は追いかけてくる龍を振り向いた。


そのとき、を追いかけていた二匹の龍の姿が急に薄れ、揺らいだ。


「・・な、なんですのっ?」


ビーナスは何が起こったのかと、マドンナとクイーンを振り返る。


いつの間にここに来たのか、金蛟剪を持ったマドンナとクイーンの後ろには太公望がいた。

その手には、マドンナの菓子袋。


マドンナは、急に自分の手から菓子袋が消えた事態をいまいち飲み込めておらぬようで、

ただ少し動揺しているらしくきょろきょろと周りを見回しながら、今にも金蛟剪を手から落としてしまいそうだった。


しかし、ビーナスが自分たちを振り返ったことで、自分の後ろに太公望がいることを理解し、

しかも自分の菓子袋が太公望に取られたということを察知すると、


「・・・あぁ、ああああっ」


途端に金蛟剪を振り落とし、暴れ出した。


「ぎゃああっ!ちょっマドンナ!!」


マドンナの大きな体の上に乗って共に金蛟剪を操っていたクイーンは、暴動を起こすマドンナに当然弾かれ、

もちろん金蛟剪は元のように二つに分かれてしまい、二匹の龍は消えた。


「・・・・やはり、マドンナは何かを食べ続けておらんといかんらしいな・・・」


脱力しながら、太公望は菓子袋を持ったまま、そこから離れた。


「お疲れ太公望ー!」


が走り寄る。


「作戦成功よね?」


「うむ、そうだのう」


どたどたと暴れ回るマドンナに、それを止めようと必死のビーナスとクイーン。


「これで終わりでしょ?」


のその言葉に、ビーナスが反応した。

ゆっくりと太公望とを振り返り


「いいえ、まだですわ・・・終わってはいませんのよ!こちらにもまだ手はありますの!」


そう言うと、ビーナスは壺のようなものを取り出し、その壺の口を太公望との方に向けた。

ビーナスの後ろではクイーンがマドンナに苦戦している。


「宝貝【ビーナス・愛の泉の溢るる壺】!!」


ビーナスは叫び、その壺を自分の方の上に乗せている。

壺の口は太公望とに向けたまま。


何だろう、二人がそう思ったのも束の間、激しい風が巻き起こった。

太公望、から考えると、風は追い風。

そしてそれは風、というよりは、その壺に吸い込まれる力だった。

この壺型の宝貝は、敵を吸い込んでしまう宝貝のようだ。


しかし宝貝の能力を理解しても、それを防げるというわけではない。


「な・・・うおっ!?」


「ちょっこれっ待っ た、太公望!吸い込まれるー!!」


壊れた瓦礫なんかもたちまち壺の中に消えていく。

あの瓦礫のようになったら一巻の終わりね。

自分の周りには、掴めるような柱も見あたらない。

は宝貝を羽衣から杖へと変え、それを勢いよく床へと突き刺した。

そして、その宝貝から手を離さないように、しっかりと掴んだ。

少しは凌げるかもしれない。


「・・折れそう・・・」


折れないでよ。

頑張ってよ。

ごうごう吸い込む力が唸る中、は宝貝に願った。


「なっ 、ずるいぞおぬし!」


「そんなこと言われても!」


太公望ととの距離は少し。

しかし手を伸ばしても届きはしない。


「ぬおー!吸い込まれるー!」


太公望は床の割れ目に手を引っかけ、耐えていた。


「くっ こうなったら・・・」


太公望はビーナスをキッと見た。


「え・・・」


太公望とビーナスの視線が絡む。

じっと見つめる太公望。

何かを訴えるような目で。



ピタリ



風がやんだ。

吸い込む力は突如、消え去った。

ビーナスが宝貝を肩から下ろす。


「・・そんな目で見ないで・・・」


頬に手を当て、小さくため息をついてビーナスは言った。

少し、頬が赤らんでいるような気がした。


一瞬、そのビーナスの反応に太公望は一歩後退した。


「・・そ、そうだのう。わしらは敵同士であったな!」


太公望は宝貝を発動させ、風を繰り出した。


「ハッ そう・・そうなのね!」


突然、ビーナスは突っ立ったまま言った。


「この方は私を愛している!百年前、いえ、千年・・・きっと前世から!私たちは結ばれる運命!そうだわ!」


きらきら輝くオーラを生み出しながら、ビーナスは踊るように歌うように言った。

独り言とも、誰かに訴えているともとれる声で。


「・・・何したの、太公望」


「・・・・・」


予想以上の展開に、太公望はため息をついた。

ビーナスはうっとりと――しているのだろう、見た目には分かりかねるが――様子で天井を見上げていた。

まだ何か呟いている。

妄想の世界に入ってしまっているようだ。


「さて、ちょっと失礼!」


今がチャンスと、はビーナスの後ろに回り込み、壺を引ったくってマドンナとクイーンに向けた。


「え?」


急に現実に引き戻されたビーナスは、すぐには状況を理解できなかった。


「なーっ!?」


マドンナを宥めすかしていたクイーンは突然の吸い込む力に太刀打ちも出来ず、一瞬で壺に消えた。

金蛟剪も同時に吸い込まれていった。


「・・・やっぱりマドンナは動かないか。はい!太公望パス!」


は壺を投げ、太公望はそれを受け取った。


「な・・・な・・・」


わなわなとビーナスは震えだした。


「私の乙女心をもてあそんだのね太公望さま!・・・ひどい・・ひどいわぁっ!!」


ビーナスは叫び、泣き出した。

後ろではマドンナが絶えず暴れている。

凄まじい音響となった。


「・・・泣かした、太公望」


「なっ わしの所為なのか・・・!?」


ちょっと気まずい。


「ちょ、趙公明!もう良いであろう!?」


「そうよ!い、一応勝ったわよね!?」


焦りながら、太公望とは趙公明を振り向いた。

趙公明の横には四不象が、何とも言えない表情で浮かんでいた。

そんな二人に、趙公明はにっこりと笑いかけた。


「そうだね。妹たちの心理を読んだ、実に見事な戦いだったよ。さっそく最終ステージに移るとしようか」


その言葉を引き金に、ガタン、と部屋が揺れた。


































      


































前回からの引き続き、太公望のに対する変化の真相。

よく分かりませんね。

今回はっきりさせる予定だったのに。

また次回に持ち越し。

持ち越し・・・ていうか・・・変化の内容は今回の話にあるんだけどさんが気づいてないっていう感じで。

ありがた迷惑、的に思ってる感じで。

微妙ですね。

微妙なんですよ。




執筆...2004,12,19