「ほう、くんはもう申公豹に会ったことがあるのか。彼は変わった人物だっただろう?」


趙公明も十分変わった人です。

四不象は思った。が、あえて口には出さなかった。


「そうですね・・・服装のセンスも変わってたし、性格も個性的・・・黒点虎ちゃんはすごく可愛かったけど。
 あれで最強の道士だって言うんだから・・・人は見た目じゃないですね」


「それは言えているね!妲己なんて、あんな容姿のくせに中身は極悪非道の悪仙女なのだから。
 容姿に中身が伴っているのは聞仲くんくらいじゃないかな?」


「そうですよね!やっぱり皆、考えてることは同じなのかな」


「「あはははは!」」


楽しげな笑い声が部屋中に響く。


「・・・さんって、馴染むの早いっスよね」


四不象が呟いた。


「そう?あ、紅茶いる?四不象ちゃん」


「おかわり自由さ!」


「わーい、いただくっス!ケーキももう一つ良いっスか?趙公明さんの手作りケーキ、おいしいっス!」


「勿論だとも!作った甲斐があるよ」




馴染んだのはなにもだけではないということを、もはや誰も気にしなかった。

































敷かれた道
































「ふむふむ、それでくんは何だかやりづらいんだね?」


「・・・そうなんですよ。なんか、こう・・・緊張?しちゃって」


「だから今日もご主人と一緒の時の空気が気まずかったんスね」


「・・・あー、やっぱり分かるの?そういう空気って・・・」


「分かるっスよ、特にさんの態度が違ってたっス」


「・・・うー・・・」


四不象にさっくりと言われて、は頭を抱えた。


いつの間にか話題はの悩み相談になっていた。

ある意味では感心すらおける馴染みようだ。


内容は、自身の太公望に対するおかしな変化。


「原因に心当たりはないのかい?」


親身になって相談を受ける趙公明をつっこむ人間は誰も居ない。


「原因・・・」


心当たり――。






“・・・太公望・・・・ごめん・・・ごめ・・なさ・・・っ”



“・・・・分かったから、泣くでない






――心当たりは、ある。

あの、太公望との一件。


・・・ある、が。



「――っ!」



ダンッ

ガタガタッ



無言のままは何故か机を叩き、椅子から勢いよくおりた。

いや、落ちた。


あの時のことを思い出すと、無性に顔が熱くなる。


「あの時」は別になんとも思わなかった。

ただ、宥められて 温かくて 心が落ち着いた。


しかし、後になってよくよく考えてみると、あんな風に抱き締められたのは初めてだった。


は、床に座ったまま頬を押さえた。

やはり熱かった。


「原因はあるようだね」


「・・・そうっスね」


明らかなの動揺ぶりと態度から、趙公明と四不象は確信した。


「・・・まぁその原因はさておき、現状を変えたいんだろう?くんは」


「ええ、まあ・・・」


のろのろと立ち上がり、は再び席についた。


「太公望くんの方はどうなんだい?キミに対する態度なんかに変化はみられるのかい?」


趙公明は尋ねた。

紅茶を一口飲んで、は考え込む。

太公望は、どうだったか。


そして、


「・・・何も、変わってない・・かも」


言動も、態度も。

今日、四不象に乗っていたとき気まずかったのは、自分の態度が大きな原因だっただけで。


「なるほど、つまり太公望くんは態度には表していない、ということだね。
 良いかい?2人の間に起きた何かで、片方だけに変化が訪れるっていうことはないんだ。
 絶対に、2人なら2人の両方に、何かの違いが現れる。くんの場合、それが極端に態度に反映されているんだよ。
 しかし太公望くんは違っているんだろうね、きっと。
 しかしどこかにあるはずだよ、太公望くんの変化は」


そう言って趙公明は紅茶を飲んだ。


「現状が嫌だというのなら、こうすればどうかな?
 太公望くんの『態度』は変わっていないのなら、キミも普段通りに接してみる。それで解決、にはならないかい?」


趙公明は笑顔で言った。


「・・・趙公明さんって・・・物知り・・・?っスね」


「何千年もの人生経験のお陰さ!」



――そうか。 こっちもいつも通りにすれば、変な わだかまり は・・・


「・・・いつもの私・・・って、どんなの?」


いつもの自分、と言われても、少し難しい。

いつもの自分は一体どんな風なのか。


「いつものさんは、元気で、笑顔で、ご主人とも仲の良い、頼りになる道士さまっス!」


四不象が笑顔で言った。

趙公明も笑顔で、そんな2人の笑顔につられて、の顔も自然と緩む。


「・・・ふ、そう・・・そっか。・・・ありがとう、四不象ちゃん」


この上ない褒め言葉だった。


「ありがとう、趙公明さん」


「お安いご用さ」


趙公明は言って、カップの紅茶を飲み干した。


「・・・おっと、ポットの紅茶もなくなってしまったようだ。
 すまないがくん、向こうにある新しいポットを持ってきてくれないかい?前もって作っておいた紅茶が入っているから」


「良いですよ」


は笑顔で頷き、空になったポットを持って席を立った。


席に残った趙公明と四不象。


「四不象くん。くんは相当に鈍い感覚をお持ちなのかな」


に聞こえないように、趙公明は声を潜めて言った。


「いや・・・ボクも今日初めて気付いたんスけど・・・」


よほど今まで、そのようなことに無縁だったのだろう。

何となく、太公望が哀れに思えてきた。と、2人は同時に思った。


そして、ちょうどそこでが戻ってきた。


「そういえば趙公明さん、私と話がしたいって言ってましたよね」


ポットを机に置き、は椅子に腰を下ろした。


「その通りさ。さて、今度はボクが話をする番だね。
 まぁその前に質問タイムを設けるとしよう。2人とも、何か僕に質問は無いかな?」


趙公明はと四不象を交互に見た。


「はい質問」


「なんだい、くん」


「私だけを砂時計に入れず、しかも宝貝を私に持たせたまま砂時計に入れた四不象ちゃんと同じ部屋に閉じこめたことと、私としたい話との関係はありますよね?」


カップに新しい紅茶を入れ終えたは、さらさらと言った。

趙公明は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに元の笑顔になった。


「さすが、こういう事に関しては鋭いね、くん」


「こういうことに関しては・・・?」


「いやいや、こちらの話さ」


先程、四不象と話していた『は鈍い』という話の延長線上だ。


「ふふ、もちろん関係はしてるとも。さすがだねくん、少ない手がかりでそこまで見抜くなんてね。

 ・・・四不象くんと同じ部屋に閉じこめられたキミは、まず真っ先に砂時計に入れられた四不象くんを助けるだろう。
 それを見越した上で、キミには宝貝を持たせたままにしておいた。ここまで、分かっているんだろう?」


こく、とは無言で頷いた。


「キミが宝貝を使うところを見てみたくてね。出来るなら、目の前で見てみたいと思ったんだ」


そのためさ、と、趙公明は臆することもなく言った。

は宝貝を見つめる。

宝貝は羽衣の形に戻していない。


羽衣の形に戻さなかったのは、未だに少なからずある、趙公明への警戒心の現れ。

まさか会話をしている途中で攻撃してくるような人には思えなかったが、まだどんな人物なのかはっきり分かっていないから。




“・・・そう、この宝貝・・・懐かしいわん・・わらわも一度で良いから使ってみたかったのだけど・・・”




気を失う前、宝貝を見て妲己はそう言った。


初めて与えてもらった宝貝。

ずっと羽衣だと思っていた、だけど本当は違っていて。


そして、妲己も趙公明もこの宝貝の存在を知っていた。


「一体何なんですか?この宝貝って・・・趙公明さんは、知ってるんですか?」


趙公明も妲己も、崑崙山出身ではないのだから、それならどこで知ったのだろうか?


「ちょっと良いかい?」


尋ねたに、趙公明は笑顔のまま宝貝に手を伸ばした。





バチッ





「――!?」


「・・・な、なんっスか!?」


趙公明の手が、風蓮華道に触れるか触れないか、というところで、突然火花のようなものが飛び散った。

その後には、弱い風が部屋中を駆けめぐり、消えた。


「――こういうことさ。この宝貝はいわくつきのものなんだ。だから、一部ではとても有名でね」


趙公明は手を引っ込め、だが笑顔は崩さないまま。


「宝貝というのは使い手を選ぶ、という話は勿論知っているよね?」


問いかけに、は無言で一つ頷いた。


「この宝貝も使い手を選ぶんだ。持てたとしてもうまく使いこなせる者はそうそう居ないと言われていてね。僕の場合は触れることすら許されなかったけれど。
 聞仲くんの禁鞭ですら、ここまでひどくはない。だから実に興味深くてね。
 そしてそれを使いこなしているのがキミだ。キミは当たり前のように使っているみたいだけど、宝貝に選ばれた人間なのだよ」


趙公明は息をつき、続けた。


「それともう一つの大きな興味は太公望くんさ。
 いくら才能があると言われていても、まだ若い彼が、どうしてこんなに大きな計画のリーダーになったのだろう?
 それはキミにも言えることなのだけどね、くん。キミは補佐という立場のはずだ。つまりは太公望くんの次ということになるね。
 まだ若い兄妹弟子たちが、とてつもない計画の責任者になっているなんて、何か奥がありそうだとは思わないかな?」



は、冷めてしまった紅茶を見つめる。


今まで、そんなこと考えなかった。

言われてみればそうだ。いくら元始天尊の直弟子だからといって、まだそんなに修行日数の経っていない自分たちをどうして?


「キミ自身も知らないようだね。それじゃ聞いても仕方のないことだ」


趙公明は、黙り込んだを見て、小さく溜息を吐いた。


「――おっと。くん、太公望くんたちは4階も突破したようだよ。この階への道を出してあげなくては・・・と、その前に」


パチン!


趙公明は唐突に指を鳴らした。


何の合図だ? と四不象は首を傾げる。



と、



ガシャーンッ!




「わあっ!?」


「何これっ!?」


突然、天井から大きな箱のようなものが落ちてきて、四不象とは、座っていた椅子を机ごとその中に閉じこめられてしまった。


いつの間にかその場から離れていた趙公明だけは、しっかりと外にいた。


「ちょっ 趙公明さん!?どういう・・・」


「すぐに太公望くんが助けに来てくれるよ。ちなみにその箱、中では宝貝発動出来ない反宝貝作用が働いているからね。作るのにも苦労したよ。
 さぁ、いよいよ姫君を救うシーンさ!」


意気揚々と趙公明は言って、どこから取り出したのか、何かのスイッチを押した。

すると、と四不象が閉じこめられた場所から少し離れた床が急に光り、そこから



「ご主人!」



どういう仕掛けだろうか、光の輪に入った太公望が床から出てきた。

太公望の足がしっかりと足に付くと、光は一瞬で消えた。


「よくここまで来たね、太公望くん!キミの大切な人質たちはここさ!」


演劇めいた仕草で、趙公明は両手を広げた。


、スープー、無事のようだな?というより、なぜ道士であるおぬしまで捕まっておるのだ?」


と四不象が閉じこめられている透明の箱に近付き、太公望は言った。


「う、うるっさいな!油断したのよ、それに太公望だってよく捕まってるじゃないの。
 それより早くここから出してもらいたいな!」


「――?おぬし・・・」


元に戻った、と、太公望はとっさに思った。

何時間か前まであった、の妙な違和感が消えている。

いつも通りの、この態度。


そんな2人に、趙公明は小さく笑った。

誰も気付くことはなかったが。


「さて太公望くん。実はその透明の箱は、下の階の砂時計より少々頑丈でね。中からは壊せないようになっている。
 もちろん外からも宝貝か天然道士にしか壊せないのだが・・・キミは今、宝貝を使えない・・・そういうシナリオだったね?」


そうか、太公望に宝貝を使わせるために自分たちをここに閉じこめたのか。

「宝貝が使えなくなったなんて嘘」だということは、たしか自分しか知らないはずだ。

は、趙公明の意図に気付いた。


「そうっスよ!ご主人は宝貝使えないって・・・どうするっスか!」


もちろん、四不象だって知らない。


「まあそう慌てるでないスープー。その話もここまでだ。2人とも下がっておれ」


そう言って、太公望は勢いよく打神鞭を振った。


バリン!


透明の箱は風の刃で壊れ、砕けた欠片がそこら中に散らばる。


「出られた。良かったね四不象ちゃん」


「そうっスね!・・・じゃないっスよ!」


「わぁ、ノリツッコミね」


出られた安心感の笑顔から一変、四不象は太公望に詰め寄った。


「ご主人、どういうことっスか!ご主人は今、宝貝が使えないんじゃ・・・もしかして・・嘘だったっスね!?」


「うっ・・・うるさいのう、そうしておけば楽が出来るではないか」


太公望はたじろいだ。


「そうなのかい?てっきり僕は、仲間のレベルアップを図るキミの巧みの作戦だと思っていたのだけど・・・違うかい?」


呑気に椅子に座ったまま、趙公明は言った。


「まぁ、それはさておき太公望くん。あの最強道士申公豹はキミをライバルと公認しているらしいね」


「・・・うーむ、迷惑な話だがのう」


「妲己も聞仲くんも、キミには一目おいていた。実力者は皆何故かキミを高く評価している。
 ・・・いや、『キミ』というよりは『キミたち』の方が良いかな?」


趙公明はに視線を向けた。


くん・・・キミの場合は妲己と申公豹の2人なのだが、その2人はキミに強い関心を抱いているようだよ。
 何故なのか、キミは見当も付かないだろうけどね。僕自身もただの推測しか持っていないのだけれど」


趙公明は肩をすくめる。


何のことだろう、太公望とは顔を見合わせた。


「そういうわけなのだが、僕はキミたちのことをよく知らない。だからまずはキミたちのちからを試させてもらうよ。
 特に太公望くんは、僕にとっての好敵手にもなりうるのかどうかをね」


そう言って、趙公明は壁に寄り、そこについている大きなボタンを押した。

すぐに、ガタン、と大きな音がして、床の一部分が、太公望が上がってきたときのように光り、下から何かが上げられてきているようだ。


「出でよ!僕の可愛い妹たち!」


演出に似合う大きな声で、趙公明は高らかに言った。


そして眩しい光りに包まれ、女性――いや、きっと女性、だと思われる三人の姿が現れた。



太公望と、四不象は固まった。



「私は長女ビーナス!!」


凄まじい迫力で周りを圧倒する剣幕を持ち、そしてどのくらい鍛え上げたのか分からないほどの筋肉を兼ね備えたその人が、長女ビーナス。

『長女』なのだから、女だ。


「私は次女クイーン!!」


明らかに長女よりも歳がいってしまっているように見えるが、『次女』クイーン。

顔と、ファンシーなフクトのミスマッチさがなんとも引き立つ。

どこぞの国のおとぎ話で、毒リンゴを携えてくるという訳を与えたら、とても似合いそうだ。


「「そしてこの娘が三女マドンナ!」」


ビーナスとクイーンが2人で一緒に紹介したのが、三女マドンナ。

自分では何も喋ることなく、ただひたすらお菓子を食べ続けている。

そのせいだろう、人並み外れた体型を持っているのは。


「三人揃って、セクシータレント集団・雲霄三姉妹!!」


「雲霄・瓊霄・碧霄、頼んだよ、可愛い妹たち!」


「ビーナスよおっ!いやですわ、お兄様ったら、ダサイ本名で呼ばないでっ!」


照れているらしい。

両手で両頬を押さえて、ビーナスは叫んだ。



もしかして、今から戦わねばならない敵なのだろうか?

太公望とは固まったまま、三人を眺めていた。



「・・・・ご主人、さん・・・」


四不象が哀れみの眼差しを2人に向けながら、しかし、その場から3メートルは離れた場所に避難していた。




































      





































でも長いね。(何

さんにはありました変化、太公望の変化は果たしてあるのか。

というのは次回に持ち越し。




執筆...2004,10,30