不覚だった、としか言いようがない。


「・・・不覚だわ!」


突然叫びたくなったので叫んでみた。

意味はない。


「何が不覚なのだ?」


「うっぎゃあ!?」


響いた。


その場に誰も居なかったのが幸いだ。

話しかけた太公望は、の大声に、思わず耳を塞ぐ。

お互いにそれぞれの理由で驚いた。


「・・・なぜ叫ぶ・・・」


耳から手を離しながら、太公望は尋ねる。


「・・・な、何でも、ないわよ!」


大きく首を左右に振っては言った。

しかし、そんな態度で言われても、説得力に欠ける。

太公望は一層訝しげな表情を浮かべた。


「・・・そろそろ出発するから、準備しておくのだぞ?」


腑に落ちない、という顔のまま、太公望はそれだけ告げるとに背を向け、軍隊の方に行ってしまった。

残されたは、力が抜けたようにふらふらとその場に座り込んだ。


(・・・心臓が、おかしい・・・)


どくどくと波打つ胸を押さえる。

こうなったのがいつからだったか、は分かっていた。


あの時の、あの体温なんか残っているはずないのに、手や背中に熱を思い出す。


(おかしい、私、おかしいわ)


ぱちん、と、両頬を両手で押さえた。

熱い。


原因は、恐らく――というより確実にあれだ。あの日。


(人前で・・・泣く、なんて・・・しかも、太公望の前・・・で・・・)


「・・・ああもうっ」


誰に言うでもなく、何なのだこれは、この変な気持ちはと、無性に腹が立つ。




近くを流れる川の音だけが、その場の静けさを割いていた。





























見せかけの代償




























「ご主人、さん。もう朝歌が見えるっスよ」


まだかなりの距離があるものの、上空からだと肉眼でも確認できる。

今までの関所も難なく通過でき、残す関所は一つだけだ。

しかし、こうまで障害泣く進めるなんて、逆に警戒心が強まる。


「朝歌か・・・久しぶりよのう」


「今回は勝てるっスかねぇ・・・」


太公望と四不象は、以前妲己に負けたときのことを思い出す。


「・・・勝てるか、じゃなくって、勝ちに行く、でしょ」


そこで初めてが口を開いた。


「今日のさん、いつもより静かっスね」


四不象は遠慮も躊躇もなく、核心をついた。

確かに今日のは静かだ。

喋らないし、どこか、何かに緊張しているような面持ち。

それでいて、心ここにあらず、という風にも見える。

そして、太公望との間を流れる微妙な空気を、四不象は察知していた。


「・・・べっ、別に、どうもしない、わよっ」


明らかに動揺している

そんな様子に、いっそう四不象は首を傾げた。


「・・・まぁそれはともかくとして、の言うとおりだ。わしらは勝つために行っておるのだからな」


「でしょっ?弱気になってちゃ駄目よ!」


「「あはははは!」」


「・・・・」


2人の乾いた笑いに、四不象はそれ以上詮索することを許されない、と感じた。

何なのだろう、この2人。突然。

そう思いながら、四不象はふと地上に目をやった。

そこには、見知らぬ――いや、一度だけあったことのある女性の姿があった。

何もせずとも、大きな存在感のある女性。

四不象は慌てた。


「ごっ・・ご、ご、ご主人っ!あれ、あれ!」


あわあわと四不象は地上を指差した。

その人は、も勿論知った人だった。

以前、太公望が朝歌で捕まっていたとき、その傍らにいた女性。

この国の元凶の――自分たちの最終目的。


「・・・妲、己・・・」


いつのまに?どうしてこんなところに?

疑問と不安は後から後から押し寄せてくる。


「四不象!下りてくれ!」


「ラ、ラジャーっス!」


風を切り、一目散に四不象は地上へ。


妲己の周りに、妲己の手下や仲間は1人も見あたらない。

たった1人で来たのか。

何をしに?



「あらん、太公望ちゃんはどこん?それに、もう1人の・・・」


きょろきょろと、自分の周りにいる沢山の敵を気にする様子もなく、妲己は辺りを見回す。


そして、


「あ、いたいたん!お久しぶりね、太公望ちゃん。それからそっちが・・・初めまして、ねん?ちゃん?」


妲己とこうして面と向かうのは、は初めてだった。

妲己はにっこりと、を見つめて微笑んだ。

は四不象から降り、妲己を見る。


「何のつもりだ?」


四不象に乗ったまま、太公望は妲己に問いかけた。

それに妲己はくすくすと笑い、


「このあいだは、ウチの太子がお世話になったそうじゃないん?そのお礼を言いにねん」


太子――殷郊と殷洪のことだ。

その一言をきっかけに、周の仙道一同が妲己を取り囲む。

太公望とも宝貝を用意した。


「・・・それと、もう一つ・・・」


妲己がよく通る声で続ける。


「あなたたちがどれくらい強くなったか、確認しておきたくてねん」


一瞬、妲己の目つきが変わった。

同時に、場の空気も変わる。

張りつめた、息苦しい空気。


「む?何だ、その女・・・強いのではないか?」


ナタクがいち早く宝貝を構え、妲己に向ける。


「死ね!」


ナタクの宝貝『乾呻圏』が、妲己めがけて発動された。



「いやん、粗雑な攻撃ねん」



妲己は扇形の宝貝を取りだし、乾呻圏に向けて大きく一振りした。


「!」


一瞬で、その一振りだけで、乾呻圏は砕かれ、地面に破片が散らばった。


強い。



「でもこりゃあ、またとないチャンスさ!敵のボスがここにいるんだからな!」


天化と武成王が同時に飛び出す。


「いかん!うかつに手を出しては・・・」


止める間もなく。


そして大きな風が起こり




「エーイっ」





言葉と声とは裏腹に、先程のナタクのときとは比べものにならないくらいの衝撃波を妲己は作り出した。

岩すらも吹き飛ばすほどの。

妲己本人に近付くことすらできない。


まずい、なんとか皆を守れる方法は――がそう思ったとき、



ぐいっ



突然、背後から勢いよく引っ張られた。



「わっ!? ・・・・な、」



腕を掴まれたまま、振り返る。


少しは収まった衝撃波の中で、自分を引っ張った人物に、は驚いた。



「な、に・・・妲己・・・?」



それは紛れもない、この衝撃波を作り出した妲己で、その力に吹き飛ばされたのだから、自分は妲己からかなり離れてしまっていたはずなのに。


妲己は笑顔のまま、言った。



「ふふ、ちゃん・・・会いたかったわん。 いやん、そんなに警戒しなくても何もしないわよん」



くすくすと笑いながら、を見つめていた妲己の目が、の持つ宝貝へと移る。



「・・・そう、この宝貝・・・懐かしいわん・・わらわも一度で良いから使ってみたかったのだけど・・・」



そう言って、妲己はの宝貝をそっと握ると、またすぐに手を離した。


「・・・?」


妲己の意図が掴めない。

は妲己を見た。

そんなに、妲己はにっこりと笑う。




「もう少し、お話したかったのだけど、時間がないのよねん。またねん、ちゃん」




妲己は再び微笑んだ。



と、急に、視界が歪んだ。

世界が揺れ、気が遠くなる。

足がふらつき、こんなところで倒れるわけにはいかない――そう思ったが、

体は言うことを聞かず、目の前が闇になり、意識を手放す直前に見えたのは、妲己の笑顔だった。


その笑顔だけが、頭から離れなかった。





































      





































・・・・短っ

そしてさん、変になってます。




初執筆...2004,08,21