土行孫が蝉玉に気に入られた日の夜。 痛々しい痕を残した城壁の上。 「くっ・・あんな変な女がこの世にいたとは・・・見かけによらねぇってのはこのことだ・・・。 見てないでポルシェも太公望も助けてくれりゃ良かったのによ!」 ポルシェ、というのは四不象のことだ。 土行孫は霊獣と見ると全てを「ポルシェ」と呼んでいるのだ。 「おぬしが蝉玉に入りこんだのが原因であろう。自業自得だ。・・・しかし、これは使えるかもしれんのう」 土行孫を好いている蝉玉。 これはある意味チャンスかもしれない。 太公望はひらめいた。 「よし、土行孫。おぬし、蝉玉を説得して仲間に入れろ」 「・・・・はっ!?な、なんでおいらが・・・嫌だぜ、あんな女にこれ以上付き合うのは!」 土行孫は城壁の下を見た。 そこでは蝉玉が寝袋にくるまって寝ている。 夜更かしは体の毒なんだそうだ。 ケ九公と竜鬚虎は見張りらしい。 蝉玉を囲むように座り込んでいた。 「・・・仕方ないのう。楊ゼン、」 溜息を吐いて呼ぶ、と太公望の後ろから2人の女性が出てきた。 ・・・2人の女性。 太公望は楊ゼンとを呼んだ。 のに、出てきたのは「女性」が2人。 の方は女性と言うより10代後半程度に見える少女と言った方が良いだろうか。 そのの顔は、少し引きつっていた。 「・・・へ、碧雲ちゃん!・・と、可愛い子ちゃん!」 土行孫の顔が一瞬でにやける。 「敵を説得に行くそうですね、素敵だわ土行孫さん!」 の隣でにこにこと笑顔の綺麗な女性が言った。 名は「碧雲」というらしい。 「楊ゼンさん・・・慣れてますね。似てるし」 は隣の女性碧雲にだけ聞こえるように呟いた。 「楊ゼン」と呼ばれた碧雲はにっこり笑う。 この綺麗な女性、碧雲は、いま楊ゼンが化けているのだ。 本物の碧雲は仙人界にいる。 人間界には下りてきていない。 「碧雲ちゃん、君も下りてきてたの?」 「ええ、昨日着いたの!」 緩んだ顔で土行孫は碧雲の顔を凝視している。 碧雲が好き・・・というか、綺麗な女性が好きらしい。 やはり姫発に似ている。 「それで、そっちの子は誰?」 土行孫の視線がに移った。 うっとは言葉に詰まる。 「こちらは太公望さまの妹弟子であるさんよ!あなたの敵に対する見事な行動っぷりに感激したんですって!」 口からでまかせだ。 その間も碧雲・・・楊ゼンは笑顔で、の表情は引きつっていた。 「ね、さん!」 楊ゼンが、土行孫に見えないようにの腕を小突く。 「・・・あ、そうね、・・・えっと、土行孫さんの行動はこの城壁の上から全部見ていたわ!す、凄いわ!・・・えーと、頑張ってね!」 パッと明るく笑顔を土行孫に向ける。 「そ、そうか?ちゃんだっけか!俄然勇気沸いてきたぜ!」 「よし、土行孫その意気だぞ。蝉玉を説得してくるのだ!」 ビシッ 太公望が、下で寝ている蝉玉を指差す。 「おうとも!全部おいらに任せろ!」 土行孫が喜び勇んで蝉玉を説得しに、城壁から降りた後。 「お疲れ様です、さん」 「・・・・慣れないわ。・・・楊ゼンさん、慣れてますよね」 「演技が固かったぞ、」 「だって初めてだったんだから、人を説得っ、というか・・・おだてるの・・・!ていうかね、楊ゼンさんだけでも十分だったんじゃないの!?」 「二人いれば効き目が二倍ですよ」 「・・・そういうものなの?・・・ていうか楊ゼンさん、いつまで碧雲ちゃんの姿してるんですか?」 「あ、さんは碧雲さんのこと知ってるんですね」 「そういえばは碧雲と知り合いだったのう」 「・・・・質問、無視?」 それからすぐ後のこと。 蝉玉が土行孫の恋人になりたいから当然だということで周側に入り、蝉玉の父親も、蝉玉に説得されて周側に付いた。 いとも容易く。 それで良いのか、殷のスパイ。 助けが必要 のどかな朝のことでした。 蝉玉ちゃんとお父さんも仲間に入って、蝉玉ちゃんは元から仲間みたいになってたから良いんだけど、お父さんの方はまだちょっと固いかなってところです。 けっこう経つんだからそろそろ慣れても良いのに。 それと、そろそろ本格的に朝歌に向かわなくちゃねってことで、周の兵士を沢山この城壁に呼んで、とても賑やかになっています。 いつもと代わり映えせず、みんなもいつも通り緊張感の欠片もなく朝食を取っていました。 天候は晴天。 澄み切った青空が清々しくて見上げていたら、何か小さいものがこちらに向かって飛んできているのが見えました。 あれは何だろう、何だろうね、と天祥くんや四不象ちゃんなんかと言っていると、首が痛くなってきて、私も歳かしら、なんて少し悲しくなってしまったり。 いやいや、でも仙人なんて何千年も生きるんだから、そんなことはないはずよね。 そうよ、ないない。ないわよ。私は若作りなんかじゃないわよ。 「・・・あれって黄巾力士じゃないっスか?」 「あー、そうかも。乗ってる人がややこしい人じゃないことを祈らなきゃ・・・」 は手を組む。 「・・・そんなことよりご主人に言った方が良いんじゃ」 「着いてからで良いでしょ」 「・・・・面倒くさいんスね」 そして、それは本当に黄巾力士で、静かに着地し、乗っていた人物には驚かざるを得なかった。 「太公望!!」 「なんだ、どうした」 「のんきに桃食べてる場合じゃないわよ、太公望!お客さん・・・ていうかすごい味方が来たの!」 は太公望の腕を引っ張り城壁の下に連れて行って、それに他のメンバーも続く。 そこには今しがた到着したばかりの黄巾力士と、それに乗っていた人。 乗っていたのは2人で、最近はめっきり会っていなかったため、面影だけに見覚えがあった。 長い黒髪の少年と、同じく黒髪だがこちらは短髪。 そうだ、初めてあったときもこういう髪を2人はしていたか。 「もしや・・・殷郊に、殷洪か?」 太公望の顔には、驚きと懐古が表れていた。 問いかけられた2人は顔を見合わせ、そしてすぐに太公望を向き笑顔になって 「お久しぶりです、太公望」 「ちゃんと覚えててくれたんだね!」 律儀な挨拶を向ける殷郊と、人なつっこくまだあどけなさの残る殷洪。 「仙人界での修行が終わったのね?」 「はい、私たちにも才能が少しだけあったらしく」 「ちゃんっと宝貝ももらったんだよ!」 数年前、太子であるこの2人が妲己の手から逃れるべく逃亡を図ったとき、仙人界に保護される形となっていたのだった。 その時手助けをしたのが太公望とと四不象で、だから顔見知りだった。 仙人界へ行ってからは、2人には師匠もつき、修行に励んだのだという。 「これからはぼくたち2人も周の味方として頑張るからねっ ね、兄さま」 「・・・ああ」 「心強いっス!」 「ほんとね」 あの日に比べて数倍もたくましくなった2人。 立派に成長して、自分たちの味方になってくれると言っている。 四不象はと笑顔を向け合った。 ただ1つ気になったのは 「・・・殷郊?」 殷郊の表情にはどこか影があるような気がした。 に呼ばれ殷郊は顔を上げる。 「・・・あ、何ですか?」 を向いた殷郊は、優しい笑顔だったのだが、なんだか、 「あなた・・・どうかし」 バシッ!! 殷郊の肩に、は手を置こうとした。 なんだが、殷郊の様子がおかしいような気がしたから。 だがその瞬間に、殷郊との僅かな隙間に何かが音をたてて落ちてきた。 光る、何か。 驚いては手を引っ込める。 殷郊も目を見開き、何が起こったのか分からないという表情でを見つめた。 「・・・な、大丈夫か!?」 慌てた声で太公望がに駆け寄った。 「う、うん。当たってはないから・・・」 何かが落ちてきた場所には、小さな穴と焦げて黒くなっている石がいくつか転がっていた。 「雷・・・っスか?」 雷。 もしかして。 全員が一斉に上空を見上げた。 雷と言えば思い付く人物が、頭をよぎる。 「お久しぶりですね、太公望に」 嫌と言うほど聞き覚えがある声。 「・・・申公豹」 太公望の表情が歪んだ。 一風変わった格好をしていて、猫のような霊獣に乗り、最強と呼ばれる人物。 手には、同じように最強と謳われる宝貝。 「ずいぶんなご挨拶ね申公豹。あと少しあなたの雷がずれてたら、私の手、二度と使い物にならなくなってたところよ」 「いいえ、ちゃんと当たらないようにしたのだからその点は大丈夫だったと思いますよ」 「・・・何の用だ、申公豹?」 掴み所のない申公豹の表情を睨みながら、太公望は宝貝を出した。 申公豹はそれを見て、少し笑いながら言う。 そして地面へと降り立って自分の宝貝を収めた。 「ああ、別にあなた達と戦いに来たわけじゃありません」 フッと笑って、申公豹は続ける。 「太子2人を迎えに。それだけですよ」 申公豹の視線が、太子2人を捉える。 「な・・・」 殷洪は当惑した顔で申公豹を見て、それから太公望を見た。 「迎えって・・・迎えって何?ぼくたち朝歌には帰らないよ!?」 殷洪は、殷郊の腕を掴み、申公豹を睨む。 殷郊は何も言わず、黙って申公豹を見ていた。 「おや、迎えに来るのは当然でしょう。あなたがたは殷の太子。殷の後継ぎなのですから。そうですよね?」 言葉に詰まり、殷洪は黙り込む。 確かにそうだ。 自分たちは殷の太子で後継ぎで、周側につくということは、父を裏切ることになる。 だけど、やはり朝歌に戻りたいとは思わない。 あそこには、母親を殺した妲己がいる。 殷洪は殷郊の腕を放し、俯いた。 と、殷郊が動いた。 ゆっくり、申公豹に近付く。 「・・・兄さま?」 突然の兄の行動に、殷洪は戸惑った。 そして殷郊は申公豹に腕を伸ばし 「・・・申公豹、私を朝歌に連れていってくれ」 申公豹の笑みが、一層深くなり 「もちろんですよ」 言って、申公豹は黒点虎に乗る。 その後ろには殷郊が飛び乗った。 「何・・兄さま?何で・・・何してるんだよっ?ぼくたちは周の方に付くって言ったじゃないか!」 殷洪は駆け寄った。 「・・・殷洪、私は殷の第一太子だ。殷を受け継ぐ義務がある」 「・・・・そんな・・・だって、一緒に・・・」 「申公豹、行こう」 殷郊は殷洪の顔を一度も見ないまま。 ふわりと風が起きて、黒点虎は宙に飛び上がり、空高く飛んでいってしまった。 殷洪はそんな兄を見送ることしか出来ず、 「・・・嘘だ・・兄さま・・・」 いきなり感じなければならなくなった空虚感。 今までずっと一緒にいた兄が、突然敵側についたのだから当然だろう。 殷郊の姿は、もう見えなくなっていた。 「・・・ご主人、どうするっスか?」 殷郊が敵側に付いてしまった。 あの時助けたことが、かえって仇となってしまったことは、たぶん間違いない。 「うむ・・・しかしこうなることはおおよそ見当が付いておったよ」 「あの時、申公豹も言ってたしね」 太子2人を助けたあの時。 ――あなた達の第一の敵である紂王の息子はその太子たちなのです。彼らはいつか父親のためにあなたと闘うことになるのですよ―― 「それでもやっぱり、あんまり申公豹の言ったことは当たってほしくなかったね」 出来れば。 やはり助けた人間が敵になるというのは悲しい。 「・・・殷洪、おぬしは休んでおれ。武成王、殷洪を案内してやってくれ」 「・・・おお、そうだな。よし太子殿、こっちだ」 そして俯いたままの殷洪を促し、2人は城壁の中へと入っていった。 「とりあえずわしは一旦仙人界に戻ろうと思うが、おぬしはどうする」 「行くわ」 「え、崑崙山に行くっスか?何でまたいきなり?」 「ちゃん、崑崙山に戻っちゃうの?どうしたのよ?」 「簡単に言うと情報収集よ。たぶん・・・殷郊とは戦うことになるだろうから、殷郊が仙人界でどれくらい強くなったのか、とか色々聞かなくちゃでしょ?」 「そっかー、なるほどねぇ。でもすぐに戻ってくるんでしょう?」 「もっちろん」 明るい蝉玉の笑顔に、も自然とつられる。 「わしとがおらぬ間、全面的なことはおぬしに任せるぞ、陽ゼン」 「分かりました」 太公望と、それに四不象は、皆にしばしの別れを告げる。 そして2人を乗せた四不象は地を蹴り、高く飛び上がって、やがて見えなくなった。 「私はまず元始天尊さまのところ行ってくるから」 「うむ。わしは殷郊と殷洪の師匠のところへ行ってくるとしよう」 「ボクはどうしてたら良いっスかね?」 「おお、スープーは自由行動で良いぞ」 「用事が済んだら呼びに行くから、それまでは休暇ね」 「本当っスか?」 パッと明るくなった四不象に、太公望とは笑う。 それから、3人はそれぞれに別れた。 太公望は殷郊と殷洪の師匠の元に。 は元始天尊の元に。 四不象は短い間だが休み時間、ということになった。 は空に面した廊下を歩き、元始天尊のいる玉虚宮を目指す。 昼間だというのに、妙な薄暗さがあった。 変な感じ。 やはり、人間界の空気とはどこか違う。 普段からこの場所は人があまり通らないので、風の音だけが通り抜けていて。 1つの話し声も聞こえなかった。 静寂だけ。 そして大きな扉の前。 扉を二回だけ叩き、静かに開けて中に入る。 「元始天尊さま」 広い部屋の中、の声だけが異様に響いた。 「・・・おお、か。久しぶりよのう。おまえがおるということは、太公望も来ておるのであろうな」 ゆっくりと振り返った元始天尊に、は小さく頭を下げる。 「殷郊と殷洪をおまえたちの元へと向かわせたのだが、やはりこうなってしまったな」 元始天尊は千里眼の持ち主。 ここ崑崙山に居ようとも、下界である人間界のことも全て見えている。 「殷郊とは戦うこととなるでしょうね。太公望は後で来ると思いますが、たぶん新しい宝貝でも要求するんじゃないでしょうか。 確かに今のまま打神鞭だけで殷郊と戦って・・・勝てるかどうかは微妙なところですし」 風を操る宝貝打神鞭。 しかし、今の威力としては、宝貝の中で弱い方に入るだろう。 「・・・太公望に与える宝貝はすでに用意しておるよ。 それと・・・おまえ、人のことばかり言っておるが、どうせおぬしも宝貝を貰いに来たのであろう? おまえのようなやつが用事無しにここまで来るわけないからのう」 元始天尊の言葉に、は最初驚いたように元始天尊を見つめたが、すぐに満面の笑みになって。 「さっすが元始天尊さま!弟子のこと、よく分かってるんですね!そうです、その通り!この羽衣だけじゃ、どうにもこれからは対応出来ない気がして!」 先程の態度とは、本当に一変した。 にっこり笑顔では言う。 「というわけで!私にも新しい宝貝下さい」 ズイッとは右手を差し出す。 「太公望には用意してるって言いましたよね?じゃ、私にも下さい」 にこにこ。 は笑顔を絶やさない。 元始天尊は大きく溜息を吐いた。 「・・・おまえには、用意しておらぬ」 きっぱりと、一言。 「・・・・え?」 「おまえに新しい宝貝をやる必要は、恐らく無かろう」 「・・・な。何でですか!?そりゃ私はろくに活躍もしてないですけど、でもこの宝貝だけでこれからも頑張れっていうのはちょっと難しいものが」 自分の羽衣を掴み、抗議するを、元始天尊は制した。 「用意はしておらぬが、それは必要がないだろうというわしの判断からだ。 実はの。まだおまえには言ってなかったことがあるのだ。その宝貝のことなのだが・・・」 元始天尊は羽衣を指差した。 「その羽衣『』は、本当は羽衣ではない。それはまだ仮の姿に過ぎぬ」 ひらひらと、風に吹かれるほど軽い羽衣。 主に風の力で防御をする宝貝。 それが、 「・・・・・はい?」 仮の、姿? 「本当にの力を引き出せば、それはスーパー宝貝にも匹敵するほどなのだ。 風を導き、技の数は何百とも何千ともあるらしい。使う者にも把握出来ぬくらいな。それほど強力なのじゃ。 しかしそこまでなると、使う者も限られてくるからのう。今は力を押さえた形にしてある。それがその羽衣の形なのじゃよ。 今までに真のを使いこなせた者は1人しかおらぬ」 淡々と語り続ける元始天尊を、何を言っているんだという目で、は見つめていた。 これは仮の姿? スーパー宝貝に匹敵? 真の、? 「えーと・・・仮の・・・ってことは、とりあえずこれは変身前って感じなんですよね・・・?」 少し混乱してくる。 今まで普通に何も感じず使っていたというのに。 とりあえず。 「・・・どうすれば、使うことが出来るんですか?」 外見は何の変哲もない羽衣を見つめ、は問う。 「おぬしの力と、心の問題じゃの。今の姿のは、主力としては風の力で何かを守るだけの宝貝であろう?」 は頷く。 この宝貝は、自分の身を守ったり、味方を守ったり、たまに作った風の中に敵を閉じこめたり。 「真のも原理は同じじゃ。風で何かを守る宝貝。しかし、それは原理が同じなだけで、全く違う別物になる。使用者自身の消費される力も多くなるしのう。 とにかく、難しいことを口で言うよりは使ってみる方がより分かるのだが。 それにわしは使ったことがないので詳しくは知らぬ。その宝貝を作ったのは、わしではないのでな。 ・・・どうじゃ、使ってみる気はあるか?」 問いかけられ、はしばし黙り込む。 しかし、 「・・・当たり前でしょう?」 にっこり笑い、羽衣を見つめた。 この宝貝がパワーアップするのなら、それは新しく宝貝をもらうのと同じようなことだ。 良いじゃない。 「それで、どうやったら元の姿になるんですか?」 今まで使った限りでは、変化なんてなかったのだし。 は羽衣を振り回してみる。 「先程も言ったように、おまえの力と心が関係するのじゃ。 どの宝貝にも言えるのだが、力がなければ宝貝は操れぬし、この宝貝はそもそも変わった物での。使う者の意志の強さが大きく反映してくる」 「・・・意志・・・」 ゆっくり、は羽衣を握りしめ、それを見つめた。 そういえばずっと前、敵と戦って危ないときに、体は動かなくても宝貝が発動したことがあった。 風が守ってくれた、あの時。 それのことだろうか。意志の強さというものは。 動作でなく、敵に捕まりたくないと思った自分の心で、この宝貝は動いた。 仮の姿の宝貝でも、本来の力が滲み出たのかもしれない。 ――私の、意志。 「おまえが使いたいと思えば、自ずと宝貝は力を貸してくれるじゃろう。それが、心の問題じゃ。 それから後は力の問題。おまえの道士としての力と、宝貝を操る操縦力。それがしっかり備わっていれば大丈夫じゃろう。 ・・・おまえには才能がある。わしが保証する。何せ、わしの直弟子なのじゃから、その点は大丈夫だろうと踏んでおるのだがな」 元始天尊は少し微笑んだ。 「・・・力」 は自分の手を見つめた。 私の力。 道士としての力。 心の力。 意志の力。 「使いたいのなら、心に念じてみるのじゃよ。ほれ、さっそく練習してみい」 ひらひら、元始天尊は手を振る。 「練習・・・ですか。 ・・・えーと、心に・・・」 心に念じる。 そうえいば念じるってどういうことだっけ? ・・・とりあえず願ってみるか。 力。 私に力を貸してほしい。 みんなを守る力。 それと、もう少しだけ強くなりたい。 足手まといにならないくらい。 力を貸して。 風の力。 何かが、心の中で一瞬、光ったような気がした。 何か、初めて感じたはずだったのだけど、ずっと知っていたような。 そんな光り。 戻 前 次 今回の話、8巻からけっこう9巻の半ばくらいに飛んでます。 原因。9巻が紛失しました。(いまだ発見できず 初執筆...2004,04,10頃 改稿...2005,03,13 |