天化は重傷 四不象はいったん仙人界に戻り、残った5人は人質。 そして、金鰲の仙人である『魔家四将』は、崑崙の道士である太公望とが手出しをしないのを良いことにやりたい放題。 状況は、周側の圧倒的不利。 青天の霹靂 中 「何だか雲行きが怪しくなってきました」 武吉と姫発は空を見上げる。 「やい敵!雨宿りさせろ!」 縄で縛られたままだが、姫発は何故か強気だった。 半ばヤケだろう。 「ふざけるな。全く、まるで緊張感がない。一国の王が聞いて呆れるな」 魔家四将の1人、魔礼青が一喝した。 「敵にまで言われてる・・・」 は姫発の横で小さく呟いた。 姫発は返す言葉もなく、黙り込んだ。 「あの霊獣が出てって、まだ一時間ほどしか経っていない・・・。退屈だな、また花狐貂で遊んでみるか?」 表情こそは見えないが、同じく魔家四将の1人である礼寿が楽しそうに言う。 その言葉を聞いて、はキッと礼寿を睨んだ。 「・・・おっと、怖い怖い」 と、そのとき 「――?」 妙な感覚がを襲った。 変な、緊張感。 以前にも経験したことのある、知っている空気。 「・・・太公望」 は声を潜めて太公望を呼んだ。 「うむ・・・」 どうやら太公望も気付いていたらしい。 空を見上げる。 「武成王、武吉。雷が落ちたら姫発を担いで逃げよ」 座ったまま太公望は言った。 「・・・・?」 「雷ですか?」 武成王と武吉は同時に空を見上げた。 次の瞬間、空は驚くほどに光り、 ――ド ォ ンッ! 凄まじい衝撃と音がして、沢山の稲妻が地面を目がけて落ちてきた。 「何だ!?もう敵が来たのか!?」 「いや、時間的に有り得ない!」 口々に魔家四将は叫ぶ。 「あれか!」 魔礼青が空を指差した。 そこには、大きな黒い翼を持ち、浮かんでいる1人の人物。 小さな雷が、その人物の周りをパリパリと音をたてながら絡んでいる。 「・・・オヤジが死んだと聞かされて来てみりゃあ・・・何やってんだテメェら!」 太公望とが以前に会ったことのある、大きなコウモリのような羽根を持ったその人物。 その雷震子の、大声で力一杯叫ぶ声が辺りに響いた。 「さ、早く行くの!」 は、姫発を担いだ武成王と武吉の背中を押して促した。 「お師匠さまとさんは・・・?」 不安そうに武吉が尋ねる。 「大丈夫、あとで追いかけるから」 笑顔で言って、2人を急かす。 姫発を担いだ武成王と、武吉はそこから飛び降りた。 それを見届け、太公望とはその場にとどまる。 後ろからは魔礼青が追いかけてきていた。 太公望とは宝貝を構える。 「太公望、・・・」 魔礼青は2人の名前を静かに呼んだ。 「通さぬ!」 「まぁいい、キサマたちだけでも!」 魔礼青が言うが早いか、太公望は宝貝を振って打風刃を出す。 魔礼青は素早くそれを避け、自分の宝貝である剣を太公望に向かって一振りした。 天化を切り裂いた、その沢山の切っ先が太公望を襲う。 「太公望!」 は太公望より一歩手前に出て、庇うように両手を広げた。 風が渦巻いたが、 「・・・い っ!」 の宝貝は、寸でのところで間に合わなかった。 左腕と左足から真っ赤な鮮血が溢れる。 「!」 よろけたを、太公望は支えた。 「ご、ごめ・・・、油断した・・・」 「えいッ!!」 突如、声がして太公望との体が浮いた。 そのまま、その力に引っ張られる。 「武、吉くん!?」 太公望とは、武吉に抱えられていた。 武吉は両腕で二人を抱え、そのまま走る。 「天然道士か・・・うるさいやつだ」 目の前に出てきた武吉を一瞥して魔礼青は冷たく言い放つと、剣を3人に向けて振った。 「うぁっ!」 剣は幾筋にも分かれ、武吉の足を襲った。 「武吉!!」 痛みに耐えながら、武吉は2人を抱えたまま屋根から勢いよく降りた。 地面に武吉の血が滴り、音がした。 「たわけ!なぜ逃げんかった!」 太公望は声を張り上げる。 「そんなこと出来ませんっ!お師匠さまもさんも怪我してるんです!大事なお師匠さま2人を放っておくなんて弟子として失格なんです!」 「・・・え、太公望も怪我してるの・・・!?」 「大した傷ではない、わしの不注意だ」 先程、が太公望を庇ったとき、をすり抜けてきた切っ先の所為で、太公望は横腹に傷を負っていた。 「お師匠さまは『中心』なんです!さんも同じように、みんなの基盤で・・・。だから、2人がいなくなってしまったら味方はきっとバラバラになってしまいます!」 走り続けながら武吉は言う。 「しかしその傷で走り続ければ足が死ぬぞ!」 「下ろして、武吉くん!」 「いいんです、ぼくは」 「何が良いのよ・・・!」 太公望、の言葉には耳を傾けず、武吉は走り続けていた。 「ここまで来れば・・・」 城の敷地内の一角で、武吉は足を止めた。 武吉は呟くと、地に膝を付いた。 拍子に、太公望とも地面に落ちる。 「武吉・・・すまぬ」 「お師匠さまの手助けをするのは当たり前のことですから!」 笑顔で武吉は言った。 両足からは血が止めどなく溢れている。 「早く手当てしなきゃ・・・そうだ、天化くんも・・・・」 武吉と太公望の傷口を見て、の眉根が曇った。 「天化くんのところ行ってくるから・・・ついでに治療道具も持ってくる」 「な、」 「大丈夫、すぐ戻ってくるから!」 壁に寄りかかって座った太公望と武吉に、は言うと宝貝を使って空に浮いた。 さすがにこの足で走るのは難しいし、それに天化は屋根の上だ。 そして、天化の倒れていた屋根に向かって飛んでいった。 「さんも・・・怪我、してるのに・・・何で・・・」 武吉の言葉も空しくはすでに空の上だった。 「・・・・責任を、感じておるのだよ、きっと・・・」 太公望は小さく呟いた。 「天化くん!」 は屋根に降り立つと、天化に駆け寄った。 「ちょ、どうしよう・・・大丈夫・・・なわけないし・・・」 血はほとんど止まりかけていたが、その止まるまでの血の量が多すぎていた。 呼びかけても反応はなく、だが息はある。 良かった。 しかしこのまま放っておいては危ない。 「・・・ごめんね、天化くん」 は大きく溜息を吐いて、涙腺の緩んでいた目を擦る。 じっとしてる場合じゃない。 「――さん?」 急に後ろから声を掛けられ、は驚いて振り向いた。 「え・・・あ、楊ゼンさん!・・・そっか、四不象ちゃんが呼びに行ってくれて・・・」 「ええ・・・四不象は今仙人界で休んでますけどね。 それより天化くん・・・これはいけない、一刻も早く仙人界に帰った方が良い。僕の哮天犬を貸します。哮天犬」 楊ゼンが呼ぶと、哮天犬は大人しく背中を下げた。 天化を抱え上げ、楊ゼンは哮天犬の背中へと託す。 「頼んだよ、哮天犬」 ポン、と楊ゼンが哮天犬の背中を軽く叩くと、哮天犬は宙に飛び上がった。 楊ゼンとは、どんどん小さくなっていく哮天犬を見送った。 「――ありがとう、楊ゼンさん・・・」 弱い微笑みを作りながら、は楊ゼンに言う。 「いいえ、これしきのこと・・・。というかさんも怪我してるじゃないですか・・・」 の左腕と左足から流れている血に、楊ゼンは目を見開いた。 「そうだ・・・太公望と武吉くんも怪我してるんです。治療道具取りに行かなきゃ・・・」 は言うや否や、左足を庇いながら屋根から飛び降りた。 「楊ゼンさん、先に行ってて下さい!あっちに太公望いますから!」 は、建物の陰になっていてここからは見えないが、太公望と武吉がいるその方向を指差して、自分は城の中へと走っていった。 「自分のことは後回し、ですか・・・。全く・・・師叔といい貴女といい、無茶をする・・・」 楊ゼンの小さな声は、風の中に消えていった。 「治療道具・・・治療道具・・・包帯、包帯・・・。・・・ったー・・・痛いなぁもう」 おおかた血は止まったものの、足と腕はズキズキと痛む。 声に出して言うでもしないと気が紛れない。 誰も居なくなった城の中で、は治療するための道具を探していた。 「・・・私も修行が足りないなぁ・・・もう少し機敏にならないと。・・・元始天尊さまも何で私なんかを太公望のサポートに回したんだろう・・・」 少し前から気になっていた。 ナタクのように攻撃力がずば抜けて強いわけでもない。 楊ゼンのように『天才』というわけでもない。 ただ、太公望の妹弟子だから、という理由なのだろうか。 自分に出来ることといえば、こういう応急処置と、戦いでは宝貝で誰かを守ること。 それから 「・・・・みんなを元気づけること・・・」 だろうか。 あと言うとすれば、太公望の言うことに従うって動くこと。 「あ、あった!」 戸棚の中に、は包帯と治療道具一式を見付けた。 「早く行かなきゃ・・・」 両手に抱え、は外に出た。 左足を使うたびに走る激痛に耐えながら、は太公望の元へと急いだ。 「自分に出来ること・・・・うん」 いつか、自分がここにいる理由を知るときまでは、それまでは自分に出来うる限りのことをしようと。 それにしても痛い。 どうしよう、帰りもあの道のりを辿って太公望のもとへ行かなければならないのか。 しかし、そこでひらめく。 「・・・宝貝使えば良いじゃんね」 外だけじゃなくって、お城の中でも勿論宝貝使えるのに。 どうして思い付かなかったんだ。 は羽衣を強く掴み、体が浮く。 こうすれば左足だって痛くないし。 頭の回転、鈍ってたかな。 は自分自身に苦笑を浮かべた。 「太公望、武吉くん!」 「さんっ!」 パッと武吉はの姿をとらえると笑顔を浮かべた。 2人とも座ったまま、個々の傷口を押さえていた。 「太公望、楊ゼンさん来た?」 「あぁ・・・今ナタクに指示を出しに行ってくれておる。楊ゼンはおぬしのことも言っておったぞ。もっと自分の体ことも大切にしろと言っておった」 「あはは・・・」 力無い笑いをは返す。 「それより手当てよ手当て。包帯巻くしかしないけど、良い?」 「わしより先に自分の方をせぬか。痛々しくて見てられんわ」 が走ってきたところには、血が滴り落ちた後がある。 「・・・でも、太公望が先よ。見てられないなら見ないでいてください。いくら楊ゼンさんが適役だからって、いつまでも任せてるわけにはいかないでしょ」 すでに手早く太公望に包帯を巻きながらは言う。 「太公望どの!どの!」 「あ、武成王さん。ご無事だったんですね」 姫発を安全な場所へと避難させたのだろう、武成王が駆け寄ってきた。 「何だ何だ、3人して怪我してんのか。大丈夫か?」 「まぁ何とかな・・・」 苦笑しながら太公望は言う。 「あ、そうだ武成王さん。太公望を連れていってやってくれません?この怪我じゃまともに歩けないと思うので・・・」 太公望の包帯を巻き終えて、は武成王に言った。 「おうとも、任せろ。どっちに行けば良いんだ?」 「すまぬ、武成王」 申し訳なさそうに言う太公望に、 「なぁに、いいってことよ!」 明るく武成王は返した。 そして、武成王は太公望を肩車して走っていった。 「・・・なんか親子みたいと思わない?」 太公望と武成王を見送って、二人を指しながらは武吉に呟いた。 「お師匠さまもさんも、ぼくや武王さまと変わらないくらいの年格好に見えますからね!」 「道士や仙人の中で流れる時間っていうのは遅いからね。 やっぱ人間界に来ると、普通の人の中で流れる時間って早いなって思うな。人間界に置いてかれてる気分になるし」 仙人界では、周りの人間全員が自分と同じ早さの時間を送っているから、そんなことを感じたり考えることはまず無い。 だがこの人間界に住む人々は、そんな自分たちよりも早くに年を取り、時間が進み、置いていくから。 いつの間にか時は流れ、時代が変わり、それでも自分たちはこのままの姿で、ずっとそれを見ているのだろう。 「仙人になるってことは、他の人よりも違った力を身につけて常人離れしたことも出来るようになるけどね、・・・今一緒に生活してる、周りの人たちに置いて行かれるってことでもあるから。 武吉くんにはお母さんもいるし、ちゃんと考えて結論は出した方が良いと思うよ。焦らなくても、年を取ったら仙人骨が無くなるっていうわけでもないんだし。 ちゃんと考えて、それでも仙人になりたいっていうなら、私たちは大歓迎なんだけどね」 武吉の足に包帯を巻きながら、は言う。 の話を、武吉は黙って聞いていた。 「・・・さんも、誰かに置いて行かれたんですか?」 遠慮がちに武吉は問う。 包帯を巻いていたの手が、止まった。 「私はね・・・仙人界に行く前に置いて行かれた。両親にね、死んだのよ。正確に言うと殺された。当時の皇后でもあった妲己に。 そのとき住んでた村の人たちも、全員連れてかれて殺されちゃった」 武吉は驚いたようにを真っ直ぐ見つめた。 「はい出来上がり!」 武吉の足に包帯を巻き終え、は微笑んだ。 「・・・さんは・・・強い、ですね・・・」 武吉は俯いて言った。 「いや、うーん、強いって言うか・・・崑崙山のみんなが優しかったから。今はみんなが家族みたいなものだって思ってるしね」 寂しくなかった。 一人じゃなかったから。 もちろん、初めのうちは悲しくて寂しくてたまらなかったけど。 でもいつしかちゃんと、笑えるようにもなった。 「だから武吉くんにもお勧めよ、崑崙山は!」 今度は自分の足に包帯を巻きはじめたは言った。 つられて武吉も笑う。 「あ」 急に武吉は声を上げた。 その目は足に向いている。 包帯の巻かれた自分の足。 「え、何?どうしたの?」 の問いには答えず、何故か武吉はおもむろに足に巻いてある包帯を取り始めた。 「・・・どうしたの。せっかく巻いた・・・」 そこまで言って、は言葉を続けることが出来ず、変わりに目を大きく見開いた。 「治りました!ぼくって人より少し治るのが早いんです。そこにさんが治療もしてくれたから尚更早く!」 嬉しそうに武吉は言って飛び上がった。 「・・・・少し・・・って・・・・速過ぎでしょ・・・・?」 絶句しているに気付き、武吉は 「あ、さん!さんの左腕の怪我、ぼくが包帯巻きますね!お礼に!」 「・・・ありがとう」 すっかり元気になった武吉と、全く傷跡のない武吉の足をまじまじと眺めては呟く。 「・・・・良いねそれ」 治りが早いこと。 なにかと便利そうだと思った。 戻 前 次 初執筆...2004,12,25 改稿...2005,04,17 |