「はーい天祥くん、高い高ーい」


「きゃははは!高ーい!!」



「・・・・何をやっておるのだ、


「あ、太公望。凄いでしょ、これ。式『高い高い回転付き』」


は宝貝で風を作っていた。

そしてその風を上へ上へと伸ばして長くて弱い竜巻を作り、てっぺんに天祥を乗せている。

風はゆっくりと回転しているので、天祥もそれと一緒に回っていた。

ちなみに天祥は地上から5メートルは上にいる。

常人なら数分で酔ってしまいそうな代物だが、そこは天祥。

まったく問題なさそうだった。


「で、何?なんか用事?」


ゆっくり天祥を地上に降ろしながら、は太公望に聞いた。


「おお、そうであった。わしはこれから北に行って来ようと思う」


「北?あぁ北伯候のとこ?えーと、ということは私はお留守番ってことかしらね?」


は天祥を抱きかかえた。


「うむ、おぬしは姫昌に付いておいてくれぬか?」


「任せて」、はそう言おうとした。


「えー!?なんだよ、ちゃんは行かねぇのか!?」


急に、姫発が口をはさんだ。

どこから出てきたのか。


「・・・・絶対行かない」


姫発をじっと見て、は言い切った。


「何でだよー。あ、そうか!妻は夫の帰りを待つもんだからな!」


「誰が夫で誰が妻なのかしら!」


柔らかくは微笑んで言った。


太公望はため息をつく。


「アホ姫発。ほれ、さっさと行くぞ」


太公望は姫発の腕を掴んで、ずるずると引っ張っていった。


「なんだよ太公望!何怒ってんだ?」


「怒ってなどおらぬよ」


太公望は姫発を振り返った。

笑顔だった。


姫発は黙った。

























最後の役目


























「あれ、姫昌さん。どうかされたんですか?」


城の一角にある廊下の手すりに、は座って空を眺めていた。

後ろから声を掛けた姫昌を、は振り返った。


「太公望と武成王が北に向かわれた」


ゆっくりと言いながら、姫昌は手すりに手を掛けた。


「そうですねえ」


相槌を打ったの髪が、風で後ろへと流れた。

2人は黙っていた。


「・・・えっとですね、いくら姫昌さんが仰ったとしても、駄目ですからね?
 ここから崇城までは数週間はかかります。そんな長旅に耐えられるほど、今の姫昌さんの体は強くないんですから」


姫昌は驚いたようで、を見た。


そして、すぐに笑った。


「さすがは、太公望の妹弟子という名が付いている人物だ。

 ・・・それは心得ているつもりだ。私がそんな事を言い出しても実行しないようにと、太公望はあなたを残して行かれたのだろう。
 ・・・だが、今回は・・・簡単にはいかないような気がするのだ。無理を承知で頼みたいのだが、。私を北へ連れて行ってはくれないだろうか?」


の表情が曇った。


「・・・駄目です、行かせるわけにはいかないんです」


ごめんなさい、そう最後に付け加えた。


「もし今、この西岐からあなたがいなくなってしまえば、ここはどうなるんですか?仙人界がどうしてあなたを、次に造られる国の王に選んだか分かるでしょう?
 それほどの人物は、今はこの国にはあなたしかいないんです。いくら息子である姫発が跡継ぎだからと言っても・・・まだ、姫発には・・・・」


は手すりから廊下へと降りた。


「・・・国の主になれるような人物がいないと言うのなら、そういう人物を作れば良いだけのこと。発は、私の跡を継ぐ人間として十分だと、私は思っているのだが。
 
 ・・・・何もせずにここで太公望たちが帰ってくるのを待つよりも、私は自分が今出来ることをしておきたい。そう、思っているのだ」


姫昌は、全く表情を変えなかった。

穏やかで、強い瞳。


きっと何を言っても無駄だ。

は悟った。


そして同時に、心の中で太公望に謝った。



「・・・分かりました。その代わり、何があっても後悔しないで下さいよ?姫昌さんを北へ連れて行きます。それで良いんですね?」


「ああ、もちろんだ。ありがとう」


姫昌は笑顔で答えた。


「そうと決まれば急ぎましょうか。武成王さんはもう行っちゃってるから・・・南宮逅さんが良いですね、呼んできます」


返事を聞くこともなく、は廊下を走っていった。

姫昌は微笑みながら、の後ろ姿を眺めていた。




「南宮逅さーん」


城の廊下を小走りで走りながらは呼んだ。


と、曲がり角から人が1人飛び出してきた。

素早い。


「何か用事か、お嬢っ」


お嬢。

の表情が、呆れたような、何とも言えない表情になった。


「・・・南宮逅さん・・・・そのお嬢っての慣れないなぁ・・・」


「んなことより名前呼んだろ?何か起きたのか?」


あぁ、とは思い出したように言った。


「今から姫昌さんと北へ行くんです。でも私1人じゃ心配なので。南宮逅さん、お供で付いてきてくれません?」


ぱぁっと南宮逅の表情が明るくなった。


「もっちろんだ!姫昌さまのお供なら喜んでお受けするぜっ」


「なら急いで支度を済ませて下さい。すぐに出発しますので」


「おう!任せろ!」


ドタドタと威勢の良い音を響かせながら、南宮逅は走っていった。


「・・・・さて、私も用意しなきゃな」


は呟くと、踵を返した。






















「・・・・これは・・・どういうことかしら・・・」


は目の前に広がる荒野で繰り広げられているそれぞれに対して呟いた。


その場に立ち尽くしている100人余りの兵士達。

北の都、崇城の城壁のすぐ傍で立ち上っている土煙。

その土煙の原因は、長い槍を持った武成王のようだ。

そして何より一番気になったのは、頭に何かを付けた四不象と、四不象に乗っている太公望。

大きくて変な鳥に追いかけられながら、つつかれている。

その変な鳥は、くちばしに打神鞭をくわえているように見える。

大切な宝貝を取られたのか。


「おいおい非道ぇザマだな!兵士どもが何もやってねぇじゃねーか!」


南宮逅が叫んだ。


「俺はちょっと先に行ってくるぜ!姫昌さま、お先に失礼します!」


言うなり南宮逅は走り出していた。


「せっかちな奴だ・・・」


姫昌は笑っていた。


「だが、頼もしい仲間だな」


は黙って、ただ頷いた。


「姫昌さん、私たちも行きましょう」


姫昌の乗った馬の手綱をは持った。


と、


「おやじ!!な、何来てんだよ!!」


姫昌の存在に気付いたらしい、姫発が走り寄ってきた。


「あぁ発・・・すまんな、私も赴きたかったのだ。何もしないままというのは・・・後味が悪い」


「んな・・・そんなこと出来るような体じゃねぇだろうが!ちゃんも、何でおやじを連れてきたんだよ!」


姫発の視線がに移った。


「発、を責めるな。彼女は私の願いを叶えてくれただけなのだ」


ゆっくりと姫昌は言った。


姫発は黙った。

も何も言わずに黙っていた。


「こんな言い合いをしている暇はないぞ、発、。・・・悪いのだが、武成王のところへ連れていってくれないか・・・?」


姫昌は馬から降りて、地面に立った。

姫発が姫昌の体を支え、歩き出した。

は後ろから支えた。





武成王は、北伯候である崇候虎の弟である崇黒虎と戦っていた。

というより、一方的に武成王が圧していた。

長い槍の武器で、大きな岩すら砕きながら崇黒虎を追いつめた。

崇黒虎の目の前には岩山が立ちはだかった。

逃げ道はない。


「終わったな、崇黒虎。もう一度だけ聞く!西岐に協力しろ!」


槍を崇黒虎に突き出し、半ば脅迫しながら武成王は言った。




「待て、武成王!!」




声が響いた。

武成王と崇黒虎の動きが止まった。


武成王は槍を下ろし、声の主を見た。

崇黒虎もその人物を見る。


「・・・せ、西伯候姫昌!?」


バッと崇黒虎はその場に手を付き頭を下げた。


「面を上げよ、そんなことをする必要はない」


ゆっくりと、宥めるような声で姫昌は言った。


「は・・・はい」


崇黒虎は顔を上げて姫昌を見た。


「!!」


そして、我が目を疑った。


目の前で、姫昌が自分と同じように地に手を付き頭を下げているのだ。


「北伯が朝歌につけば、わが西岐の兵力は二つに分散される。・・・それでは殷を倒せないのだ」


「よして下さい、西伯候!」


崇黒虎は声を張り上げた。

姫発は何も言わず、姫昌のそんな行動を見ていた。

も黙っていた。


姫昌は続けた。


「おまえの兄、崇候虎も民の上に立つ者だ。北の民の生活を考えるなら断腸の思いだろうが堪え忍んで欲しい」


姫昌は立ち上がり、崇黒虎も恐る恐る立ち上がった。


「じきに私の生にも幕が降りる。これが私の最後の仕事となろう・・・」


姫昌の言葉に、は俯いて宝貝である羽衣を握りしめた。


「次の歴史をつくる若者たちのために、道を開いておきたいのだ」


姫昌は真っ直ぐ前を見、言った。


が、言うや否や


「・・・姫昌さん!?」


「おやじ!!」


姫昌の体は後ろへと傾いた。


間一髪のところで、後ろに倒れるのを姫発とが支えた。


「姫昌!」


3人の後ろから誰かが走り寄ってきた。

太公望だった。


、どういうことだ?なぜおぬしと姫昌がここに・・・」


「・・・太公望、を責めないでやってくれ・・・私の願いを叶えてくれたのだ・・・」


2人に支えられたままの姫昌は、太公望に向かって言った。


「西伯候・・・己の小ささを知った思いです。恥ずかしいです、俺・・・」


水に打たれたような表情で、崇黒虎は姫昌に向かった。




そして、姫昌はそんな崇黒虎を見、安心したように微笑むと、そのまま意識を手放した。








































      






































初執筆...2003,11,16
改稿...2005,04,17