「良い天気ねー」 は窓から空を見上げて言った。 「えー?曇ってるよー?」 確かに青空はどこにも見えない。 「そうとも言うわねー」 笑顔で、は天祥に返した。 「あーあ、つまんないなぁっ」 天祥は窓に背を向け、壁に寄り掛かって言った。 「ナタクは仙人界に帰っちゃったもんね」 も天祥のように壁により掛かった。 聞仲との闘いから3日経った今、それぞれが色々な傷を負っていた。 まずナタクは李興覇との闘いで右足を失った。 なので、修理をしてもらうためについ先程、仙人界へと向かったのだ。 「・・・あれ、楊ゼンさーん」 と天祥のいる部屋の前を横切ろうとした人物を、は呼び止めた。 「・・・さん、天祥くん」 楊ゼンは足を止め、部屋に入ってきた。 「どうしたんですか?どこかにお出掛け?」 の問いに、楊ゼンは黙って首を横に振った。 「・・・僕はまだまだ修行が足りないんです。今回の敗因もそこにあったんです。だから、仙人界にもう一度戻って修行を積み直してこようと思いまして・・・・」 いつもより暗い面持ちで楊ゼンは言った。 「それじゃ、僕は行きますね。師叔に、お大事に、と伝えておいて下さい」 は、何も言わずにただ頷いた。 それを見て、楊ゼンは笑顔を作りながら部屋を出て行った。 「・・・・太公望、起きないね・・・」 その部屋の奥、たちの傍らにあるベッドを見て、天祥は言った。 そのベッドには太公望が眠っている。 全員の中で一番の深手を負ったのは太公望だった。 三日間ずっと眠り続けている。原因は疲労。宝貝の使い過ぎだった。 はその間、ずっと看病に当たっていた。 もちろん四不象も傍につきっきりで。 天祥も「暇だ暇だ」と言いながら、傍にいてくれた。 「起きないねー・・・。・・・きっと、一番頑張ったのよ」 はそう言うと、太公望から目を外し、再び外を見た。 ゆったりと流れる雲。 その雲の合間合間に、小さな青空がのぞいていた。 「・・・・あ!姉ちゃん!太公望が!」 天祥の声に、は振り返った。 「・・・太公望?」 は太公望にゆっくりと近付いた。 天祥との声に反応してか、太公望の目がうっすらと開いた。 「わぁい!太公望が起きた!!」 「どうしたさ天祥?でっけー声出して・・・って師叔、目ぇ覚ましたのか?」 天化が廊下から部屋を覗き込んだ。 「天化くん、四不象ちゃんと武吉くん呼んできてくれる?太公望が目を覚ましたって言ったら飛んでくるはずだから」 「分かったさ」 「ぼくも行くっ」 天化の後を、天祥は付いていった。 部屋には太公望とだけが残った。 「・・・・おはよう太公望。気分はどう?」 「・・・頭が重いのう・・・寝不足かもしれぬ・・・」 「あなた三日間寝てたよ。・・・まぁ、お疲れ様。太公望のお陰でみんな無事だった。誰も死んでないしね」 は太公望を見下ろしながら言った。 太公望は上半身だけ起こした。 「あー、疲れたのう・・・。仙人界でのあの楽だった日々が懐かしいよ・・・」 太公望はため息を吐いた。 そんな太公望を見て、は笑った。 「そうだねぇ。でもとりあえず今はゆっくり休んで。太公望いないと始まらないんだからねー」 「・・・荷が重いのう・・・」 「なーに言ってんのよ。だからみんな手伝ってくれてるんでしょ?」 「・・・・うむ」 「よろしい」 小さな誓い 「また1人でこんな所におって・・・。すっかりここはの特等席になったのう」 西岐城の一角の屋根の上。 太公望はそこに座っていたに話し掛けた。 「あ、太公望ー。体の調子もすっかり良くなったみたいね」 仰向けになったまま、は太公望に視線を向けて言った。 「うむ、健康そのものだ。おぬしには感謝しておるよ」 「どういたしましてー。って言っても私、別に何もしてないけどね」 笑いながらは言った。 太公望が目を覚ましてから数日経った。 眼下に見える西岐城の敷地内で、兵士たちは訓練を行ったり農作業をしたりしている。 はそんなゆったりした時間を、こうやって眺めるのが好きだった。 「兵農一体、だったっけ」 独り言のように、は呟いた。 「さっき武吉くんがメモ取ってたよ。師匠の言葉を覚えておくなんて、弟子っぽくなってきたよね」 「・・・・うー・・・」 「あ、ねぇそういえば姫昌さんって、やっぱりまだ・・・」 は体を起こした。 「・・・うむ、一口も食べ物を口にしようとせん」 「そっか・・・」 以前、姫昌が妲己によって禁城に囚われていた時。 詳しく聞かされることはなかったし、自身も聞こうとは思わなかったのだが、『何か』があったらしかった。 姫昌が食欲を引き起こすことをなくすような、何かが。 『精神的なことから、姫昌の体は物を食べることを拒絶している』 そう、それだけを聞いた。 「でもさ、あのままじゃ・・・朝歌を攻めるまで姫昌さんの体は保つの?」 は太公望を見た。 太公望も視線を返す。 「そう、そこでだ」 の隣に座っていた太公望はいきなり立ち上がった。 「わしはこれから姫発を探しに繁華街にいこうと思う」 「・・・きはつ?」 聞き慣れない名前に、は首を傾げた。 「誰?それ」 「姫昌の次男、万が一の時の跡継ぎだそうだ。周公旦に頼まれてな。その姫発は姫昌ほどの器を持った人間なのかどうかを量ってほしいとのことだ」 「なるほど・・・」 は1人、頷いた。 「で、。おぬしも一緒に付いてきてくれぬか?」 「繁華街かー、行く行く。久しぶりだし楽しそう」 嬉しそうに言いながら、は屋根から飛び降りた。 「・・・ねえ。・・・この似顔絵って信用できるの?」 「・・・・・・・」 繁華街に着いた2人。 太公望が周公旦に描いてもらったという『姫発』の似顔絵を見て、2人は固まった。 「・・・・これで探せって言われても・・・・」 の独り言を横目に、太公望はもらった似顔絵をまじまじと見た。 「・・・待てよ、わしたちは一度だけ姫発を見たことがないか?」 「え、いつ?あるっけ?」 「ほらあの時だ。武吉と初めて会ったとき、武吉が姫昌にぶつかったではないか!そうだそうだ、あの時に姫発もおった!」 「でも顔覚えてる?」 「・・・・・・」 道の真ん中で、2人は腕組みをした。 「うー・・・む、どんなやつだったかのうー」 太公望は頭を抱えた。 その時、太公望の後ろから1人の女性がものすごい勢いで走ってくるのがからは見えた。 本当にものすごく真剣に走っている。 その女性はスピードを止めないまま太公望との横を通り過ぎた。 「おっじょうさんっ!」 その女性の後ろを、それ以上に早く走ってくる人物が居た。 しかも笑いながら。 余裕だ。 それに嬉しそうだ。 「お待ちなさーい!」 その人物も、太公望とには目もくれず通り過ぎた。 「まったくしつこいヤツねっ!あんたなんかあたしの好みの対極に位置する男なのよ!!」 女性の方も大声でそう叫びながら、走っている。 表情からしても、後ろから追いかけてくる男性に対してかなりの嫌悪感を持っていることが分かる。 「キミがそう言うのならぼくは変わろう!!」 男性は大声で言うと、 「ぎゃーっ!!」 後ろから追いかけていた男性が、女性に抱きついた。 女性は叫び声をあげながら、その男性をひっぱたいた。 「このっ!このっ!!」 世に言う往復ビンタというやつだ。 「くのっ!!」 ドスッという音と共に、女性の蹴りが男性に入った。 強い。 男性は道に倒れたままうつ伏せた。 太公望とは一部始終を、逃すことなく見届けた。 「こんなバカな場所に姫発はおるのか?」 「・・・さぁ」 2人は、目の前でものすごいバトルを繰り広げていた女性を見た。 肩で息をしながら、男性が起きあがってこないか見張っている。 「のう、おぬし」 太公望がその女性に声を掛けた。 その女性はキッと太公望を睨んだ。 ものすごく怖い。 「何よ、あんたもなの!?」 「この似顔絵の男を知らぬか?」 太公望は周公旦にもらった似顔絵を出した。 「知らないわよっ!そのバカ男に聞けば!?顔は広いから!!」 女性はそう言うと、倒れている男性を指差して去っていった。 太公望とは倒れている男性に近付いた。 「幸せ・・・」 その男性はうつぶせのまま、顔だけを上げて呟いた。 「・・・・・怖っ」 「ん?」 姫発の正面に来た太公望とに、その男性は気付いた。 「お」 そして、太公望には見向きもせず、と目が合った。 「え」 はそれに気付き、一歩後退した。 「こーんな近くにプリンちゃん発・見!!」 男性は、何事もなかったかのように勢いよく立ち上がった。 「プーリンちゃーーんっ!!」 「わーっ!?」 「やめんか、おぬし!!」 に抱きつこうとしたその人からの腕を掴んで引き離し、太公望は打神鞭を向けた。 途端に打風刃が打神鞭から出て、その人物にぶち当たった。 「何すんだテメー男のくせに!」 確かに打風刃が当たったはずだ。 「・・・タフだのう・・・」 「っと、そんなことよりプリンちゃーん、遊びましょー!」 その人は両手を広げた。 「ちょっと!何この人!何この人!!」 は叫びながら太公望の後ろに隠れた。 「・・・おぬし、見境ないのう・・・」 脱力しながら、太公望はその男性に言った。 「さっきから何なんだテメーは?もしやこのプリンちゃんの男か!?勝負だ!!」 拳を突き出しながらその人は言った。 「・・・違うっつーに。良いか?この娘、見かけはこんなだが実は70過ぎの若作」 バシッ 「誰が若作りよ誰が!私が若作りだなんて言うなら太公望もでしょ!?」 太公望の後ろに隠れていたは、すかさず太公望の頭を殴って言った。 「・・・痛いのう・・・。 ところでおぬし、こんな人物を知らぬかのう?」 太公望は頭をさすりながら本題に入り、似顔絵をその人に見せた。 「なんだよ、姫発さんの知り合いか?さっき向こうの茶店で見たぜ! っと、俺はそろそろ行くかな。じゃーねープリンちゃん!また会おうねーっ」 「誰が会うかっ」 大きく手を振るその人に、は最後まで睨んでいた。 「お師匠様ーっ!」 その人と別れようとしていた2人の目には、遠くから近付いてくる大声と舞い上がる土煙が見えた。 「あー、武吉くんと四不象ちゃん」 「武吉、スープー。どうしたのだ?」 「姫発さまを探してるんでしょ?手伝います!ぼく近くで見たから顔を知ってますよっ!」 武吉は太公望との目の前で、足にブレーキをかけて止まった。 そして、立ち去ろうとしていたその人に気付いた。 「・・・あ、あれ・・・?この方は・・・」 武吉はその人の顔を見て呟いた。 「・・・しまったぞ、ばれたか?」 その人も、武吉と目が合い、呟いた。 「しかし意外だったのう・・・。まさかおぬしのようなアホが姫発だったとは・・・」 繁華街に集まっていた太公望・・四不象・武吉の四人は、みんな西岐城に戻ってきた。 まさか、あの男性が探していた『姫発』だったという事実に、太公望とは驚いた。 「だがそうやってちゃんとした格好をしておればそれなりに見えるぞ」 「うるさいなぁーっ」 姫発は言った。 「でも私もそう思う・・・。あなたが『姫発さん』だったなんて・・・ねぇ」 「ちゃんがそう言うならそうなのかもね!驚いた?惚れ直した?」 「惚れ直す前に惚れてないから」 「硬派で強気な女の子って好きだぜ!!」 「太公望、何とかしてよこの人」 思い切り顔をしかめ、は言った。 太公望はため息を吐いた。 「それより俺にとってはお前らの方が意外だったぜ、まさか道士だったなんてな。人は見かけによらねぇよなー」 あんたが言うな、太公望との2人は思った。 「でも俺は何歳でも構わねぇからな、ちゃん!」 「何がよ!」 は強い口調で言いながらも、太公望の後ろに隠れていた。 自分の服を掴みながら姫発を睨むと、 そんなにヘラヘラしている姫発を見ながら、 これからより一層に騒がしくなりそうだ、と太公望は思った。 2人を見ながら、何となく『面白くない』などと思ったことは黙っておいた。 戻 前 次 「面白くなかった」の意味は、あれですあれ。餅焼くアレです。たぶん。(たぶんて しっかしさんて『プリンちゃん』って言うよりは女の子ってイメージなんですが良いのかなこれ。(え ・・・あぁでも邑姜よりは年上に見えるって設定(私の中で)だから良いか。 初執筆...2003,10,28 改稿...2005,04,17 |