天化の宝貝で斬りつけられた楊森は、その場に倒れ込んだ。 しかしまだ生きている。 傷口からは血が溢れているが、一瞬で封神、ということにはならなかった。 だが、放っておいては、もちろん致命傷だ。 理由 「やった!さすが天化くん!」 が感嘆の声を上げた。 「楊森!」 高友乾が叫ぶ。 「あ、こうなれば、もうこれも必要ないよね」 が言うと、高友乾の周りをぐるぐる回っていた風が一瞬でなくなった。 「く・・・っ」 楊森はキッとを睨むと、丸玉を上に掲げた。 途端に パンッ!! という大きな音と共に、水のバリアが割れた。 バリアに使っていた水が、どんどん高友乾の丸玉の中へと戻っていく。 「天化・・・・よくも楊森をやってくれたな。きさまは絶対に許さん!!」 倒れている楊森の前に立ちはだかり、高友乾は天化と向き合った。 「カーット!!」 「へっ?」 の傍に居たはずの武吉。 その武吉は誰にも気付かれぬ間に高友乾のところへと忍び寄り、高友乾の丸玉を奪い走っていた。 「偉いぜ武吉っちゃん!」 天化が叫んだ。 「シュートだ武吉!」 上空で、四不象に乗った太公望が武吉に合図した。 「はいっ!!シュートーッ!!」 武吉の投げた丸玉を、太公望は見事にキャッチした。 「3ポイントシュート、武吉くん!」 「・・・でも今のってポートボールさ」 「な・・・何ということだ・・・」 宝貝を奪われた高友乾は一歩後退した。 「気の毒だが、おまえ達は封神させてもらうぜ」 長い鉄の棒のような武器を構え、高友乾の後ろから武成王が言った。 「ああ、観念しな!」 天化も宝貝を構える。 その時、 「・・・・っ?」 急に、空気に身体を締め付けられるような、そんな感じに襲われた。 「・・・何さ?・・・何か・・・」 武成王も天化も、そこに居る全員がその異様な空気に気付いているようだった。 どよめきながら、辺りを見回している。 は空を見上げた。 太陽は西の空に沈みつつある。 「――太公望っ ・・・何か・・・」 が太公望に近寄った。 「気を付けよ、。・・・・ヤツが来たのかもしれぬ・・・!」 太公望はを見下ろしながら言った。 「さん・・・ヤツって・・・?」 武吉がの傍に戻ってきていた。 「最も厄介で、・・・最悪な敵」 視線だけは真っ直ぐに向いたまま、は言った。 「高友乾!楊森!」 空から声がした。 西岐の方へと向かって行っていた王魔と李興覇が戻ってきたのだ。 「王魔!・・・あの方が・・・!」 「ああ、あの方が来られたのだ!!」 高友乾の呼びかけに、王魔は遠くを見据えながら返した。 その表情には笑顔がある。 何か待ちわびていたものが来たような、そんな笑顔。 バ シ ッ 「な、何だ!?」 突然の大きな音と共に、四不象に乗っていた太公望が、何かに弾かれ地面に落ちた。 「ご主人!?」 「お師匠様!!」 は辺りを素早く見回した。 「一体どこから・・・っ」 そして、岩山の一つで目が止まった。 「やば・・・みんな下がっ」 は言いながら、武吉、天化、武成王の前に立った。 すぐに周りを、が宝貝で作った風が渦巻き始める。 が、 バシッ 「わっ!?」 ドンッ 「な・・・どの!」 宝貝が間に合わず、太公望の時より勢いよく飛んできた「何か」を1人で受けたの体は宙に飛び、後ろの岩に当たった。 「さん、さん!!」 武吉はすぐにの元へと駆け寄り呼びかけたが、返事はなかった。 「お師匠様ぁーっ さん・・・さんが!」 涙目で叫びながら、武吉は太公望に訴えた。 「!」 四不象から落ちた太公望が、岩山の影から走り寄ってきた。 そして、ぐったりとしたの上半身だけを抱きかかえた。 息はしている。 「・・・気を失っておるだけのようだ」 太公望は安堵のため息を吐いた。 「よ、良かったぁー・・・」 武吉も大きな息をついて。 太公望は、の体を抱きかかえたまま、一つの岩山を見た。 先程、の視線が止まった岩山だ。 武成王と天化もつられて見上げる。 「・・・聞仲・・・・」 武成王が呟いた。 今しがた昇ってきたばかりの月をバックに、聞仲がそこに立っていた。 先程からの、異様な空気の威圧感は、聞仲の所為だったのだ。 その時、聞仲の背後に、何かが向かってきているのが見えた。 ナタクが腕に付けている宝貝、乾呻圏だった。 ナタクの追っていた四聖の2人がこっちに戻ってきたので、ナタクも戻ってきたのだろう。 その後ろには楊ゼンも居た。 やはり楊ゼンも仙人界から降りてきたのだ。 ナタクの乾呻圏はどんどん聞仲に向かっていく。 と、聞仲はゆっくり後ろを振り返り、手に持っている宝貝で乾呻圏を弾いた。 そして、弾かれた乾呻圏を通り越し、ナタク本人にまで当たった。 聞仲の宝貝は鞭。 その鞭は何本も使われているかのように不規則な動きをし、避ける暇さえ与えてくれない。 「――おまえが、太公望か」 聞仲は、立っていた岩山から、太公望たちのいる地面へと降り立った。 「武吉、を頼むぞ」 太公望は、未だ動かないの体を武吉へと預けた。 「はい!任せて下さい!」 武吉は大きく頷いた。 四不象も上空から降りてきていて、武吉の隣に浮く。 太公望はゆっくりと聞仲に向かい合った。 そしてそれを待っていたかのように、聞仲は口を開いた。 「太公望よ。・・・なぜ姫昌をたてて殷を滅ぼそうとする?」 太公望は黙っていた。 「おまえも所詮、妲己と同じだ。仙道の力をもって人間界を支配しようとしている」 聞仲は冷たく言い放った。 「違う!」 太公望がすぐに否定の言葉をぶつける。 「わしが味方を集めるのは妲己以下、殷に巣くう仙道を人間界から追い払うためだ!」 「ではなぜ殷を滅ぼす必要がある!?妲己1人を倒せば済むことではないか!」 聞仲の声が大きくなった。 「わしも、そう思っておった・・・・。だが事は単純ではなくなったのだ」 太公望は聞仲を真っ直ぐに見据えながら続けた。 「このままでいけば、東西南北の四大諸侯が叛乱を起こすことは必至。そして戦が始まれば殷に巣くう仙道によって、より多くの犠牲が出るであろう」 聞仲の表情がより一層硬くなった。 「戦を回避することはもう出来ぬ。国中の民も新たな王を望んでおるからのう。ならばせめてわしは殷の仙道を排除する役目をせねばならぬのだ」 「・・・ふっ・・・これから殷が良くなれば万事解決だ。妲己を倒してな」 聞仲が宝貝を構えながら言った。 何よりも、殷という国を信じている目。 「――もう遅い。紂王は既に民の信望を失っておる。おぬしにも分かっておろう?」 太公望も宝貝を構えた。 「遅くはない!殷は何度でも蘇る!!」 聞仲は宝貝を大きく動かし、鞭は太公望に向かっていった。 と、太公望の前に誰かが立ちはだかった。 ザンッ 鞭は、刃物のように、立ちはだかった人物を切り裂いた。 「ぐあ・・・!」 「武成王!」 「飛虎!?」 太公望を庇うように立ったのは武成王だった。 武成王は後ろに倒れそうになったが、太公望に支えられ、なんとか立っている。 「聞仲・・・確かに妲己に操られていようと陛下が陛下であることに変わりはねぇ。だからって何してもいいってのかよ!?腐った国を守るより、もっと大切なものがあるって分かんねぇのか!!」 武成王は大声で叫んだ。 そして、聞仲に手を差し出す。 「来いよ!おまえも!」 その武成王を見て、聞仲の表情が険しくなった。 「黙れ・・・・黙れ裏切り者!」 今度は太公望、武成王の2人共に鞭は当たった。 「やめろ聞太師!」 天化だった。 自分の宝貝、莫邪の宝剣で聞仲の鞭を弾くと、太公望と武成王の前に立った。 「これ以上は俺っちが許さねぇさ!!」 「聞太師、多勢に無勢で申し訳ないが・・・今、太公望師叔たちを失うわけにはいかない」 楊ゼンも聞仲の後ろに立った。 「邪魔だキサマたち!オレ1人で・・・」 上空からはナタク。 「お師匠様、お守りしますっ!」 そして、を四不象に預けた武吉も居た。 「フッ・・・。何人で来ようと同じ事だ」 聞仲は笑った。 そして鞭を一振りする。 天化の後ろの岩山が大きく崩れた。 鞭は地面をも走っていた。 「理想を語るには・・・それに見合う力が必要だ。おまえ達にはそれが無い!」 先程よりも力を込め、聞仲は鞭で地面と空中を叩きつけた。 周りの岩山がどんどんと壊れていく。 辺りは土煙で埋め尽くされ、岩山の破片がばらばらと地面に落ちながら散らばっていった。 もはや誰の声も聞こえなかった。 ただ、岩山の崩れる凄まじい音がするだけ。 数分もすると、土煙は風に流され、周りが見えるようになった。 地に立っている者は、聞仲以外誰も居ない。 「はぁ・・・聞仲さま、すごい・・・」 壊されなかった岩山の一つから全てを見ていた四聖は呟いた。 「四聖、とどめをさしてやれ」 四聖を見やると、聞仲は言った。 「はい!」 「・・・ま、待て・・・・」 「・・・! まだ動けるか」 聞仲は、目を見張った。 太公望だった。 「・・・誰も、殺させはせぬ」 太公望は宝貝を構えた。 風が集まってきて、倒れている全員を囲み、渦巻き始めた。 風はどんどん大きくなり、やがて竜巻になった。 外にいる聞仲からは中の様子は見えない。 「こんな大がかりな風は長くは持たん。・・・だが・・・」 聞仲は呟く。 そしてその風の渦を見つめた。 風が段々薄れてくる。 薄れていく竜巻の中で太公望が倒れるのが聞仲には見えた。 「・・・わしは・・・ここまでなのか・・・?」 「血を吐くまで宝貝を使い続けたか、太公望」 太公望は声のした方に目を向けた。 もはや体は自由に動かなかった。 「西岐に与えるには惜しい男だ」 聞仲は、大きな霊獣に乗っていた。 黒い、変わった格好をした。 それまで見ると、太公望は意識を手放した。 『どうなさいますか、聞仲さま』 その霊獣が言った。 聞仲は黙っていた。 「・・・・そこの娘、起きているだろう」 霊獣の問いには答えず、聞仲は倒れている人間の中の1人を見た。 そしてその人物は、パッと体を起こすと立ち上がった。 「・・・・気付かれてたんだ。って言っても目が覚めたのはついさっきなんだけど」 「太公望が倒れたとき、おまえの体だけその音に反応して動いたからな。おまえは何と言ったか・・・」 「です」 短く、そう告げた。 「・・・なぜ動ける?」 「私が最初にあなたの攻撃に当たったのは、気を失う前の一撃だけだったから。それにあの時は少しだけだったけど風で体を守ること出来たから軽傷で済んだ」 「気を失っていたままの方が、楽に死ねていたのに残念だったな」 フッと笑いながら聞仲は言った。 「それはどうだろうね」 はすぐさま反論した。 「もしかしたら私は、ここにいる太公望や天化くん、楊ゼンさんやナタク、全員の宝貝を使いこなせるかもしれないでしょう?伊達に原始天尊の弟子やってませんから。 それに私のこの羽衣は守りの宝貝。あなたの鞭なんか通らないし、寝てたおかげで力も有り余ってるわ。あの時は油断したからあなたの宝貝を完全には防ぎきれなかったけど、今なら余裕です」 にっこり笑いながらはさらさらと言った。 「私の宝貝すら、おまえには効かないと言いたいのか?」 聞仲は尋ねる。 「あなたが私を倒せない理由はもう一つあるわ。あなたは絶対に私たちを殺せない。私たちを、というよりは武成王さんを、と言った方が正しいけれど」 「・・・どういうことだ?」 聞仲の表情が曇った。 「だって、もし本当にあなたが武成王さんや私たちを殺すつもりなら、どうしてあなた自身がとどめをさそうとしなかったの?どうしてそんな大役を四聖に任せようとしたの? あなたは四聖にとどめをささせたかったわけでも何でもない。自分の手で私たちを殺すことが出来なかったんです」 当たり前ですよね。武成王さんは、その名の通り朝歌の元武成王で、あなたの仲間だったんだから。 「それ以上にあなた達は仲が良く、お互いに信頼し会える親友だったって聞いてます。そんな相手を何も感じずに殺せる人なんて絶対に居ない。もし居るとすれば仙人がどうとか言う前に人間性を疑うわね。 あなたは武成王さんだけは絶対に殺せない。でも武成王さんだけを殺さないなんて、殷の太師として絶対に出来ない。だから“あなた”は私たちでさえ殺すことが出来ないのよ」 どこか間違ってる? は最後にそう聞いて、笑顔のまま聞仲を見た。 最後まで反論することなくの話を聞いていた聞仲は、またフッと笑った。 「・・・まったく、なぜ西岐にはこんなに人材が揃っているのだろうな。――皮肉なことだ」 『・・・聞仲さま・・・?』 「――帰るぞ、黒麒麟」 聞仲は宝貝を収め、霊獣に言った。 「四聖、朝歌へ帰るぞ。とどめはまた今度で良い」 「え!?でも聞仲さま・・・!」 驚いた四聖が反論したが聞仲は何も答えず、霊獣に乗ったまま去っていった。 四聖も慌てて聞仲の後に付いていった。 そしてすぐに、姿が見えなくなり、そこにはと、以外の倒れた全員が残った。 はへたりと座り込む。 「・・・・はー・・・。・・・私が全員の宝貝なんか使えるわけないじゃない・・・」 大きくため息を吐いて、は呟いた。 そして隣に倒れている太公望を見る。 「・・・太公望は疲労通り越してこれは過労ね。西岐城に行って人手をもらわないと・・・。いくらなんでも1人じゃ運べないし・・・。四不象ちゃん・・・も、無理だな、気失ってるし・・・」 周りに倒れている全員を見渡して、はぶつぶつと呟いた。 何よりも、急がなければ。 手当が必要。 「よし、じゃ超特急で行きますか」 はしっかりと、自分の宝貝を持ち直した。 戻 前 次 初執筆...2003,10頃 改稿...2005,04,23 |