武成王一家と、太公望たちは、朝歌と西岐の間にある最後の関所「水関」を通過した。

最初の関所「臨潼関」を超えてからは何の生涯もなく無事にここまで到達した。

「臨潼関」で戦った追っ手の後は、全く敵の姿すら見えず、誰も怪我すらせずに。

もうすぐ姫昌が待つ西岐城につくところで。


でもそろそろ新しい追っ手とか来るんじゃないかな。


は考えた。

なにしろ相手は聞仲だ。

このまま大人しく引き下がることは絶対にない。

それにきっと聞仲は頭が良い。

長年王家に仕えることが出来るほどなのだから。


西岐城が目前に迫ってる今、この辺りで攻撃してくるのではないか、と。







「ぃよっし、最後の関所『水関』も無事超えた!これでついに俺らも西岐に着いたってわけか!」


その「水関」を背中に、一行は歩き続けていた。

武成王の一族が10人ほど、それに加えて太公望たちを合わせると、かなりの人数になっている。

「臨潼関」の時は、最初から殺すつもりがなく襲ってきた敵だったため、1人の怪我人も出なかったが、

今度もし襲ってくるとすれば、もしかすると殺すつもりで掛かってくるかもしれなかった。


「甘いのう、四大金剛。妲己はともかく聞仲がこのまま黙っているとは思えぬ。おそらくはこの辺りで仕掛けてこよう」


「四大金剛」とは、武成王一族の中に入ってはいるが、血は繋がっていない義兄弟というような立場の四人のことだ。

太公望はその四人に向かい、言った。。


「・・・な、何っ!?」


四大金剛は一斉に辺りを見回す。





「・・・・・・・」





周りは今まで通りの殺風景な岩場のような場所が続いているだけ、人影などは全くない。



「なんだよ、誰もいねぇじゃねぇかよ!」


「おどかさないで下さいよ、太公望さん!」


責め立てまくられる太公望。

当然と言えば当然のこと。


「・・・・お師匠様!ぼく、この辺りを見てきますっ!」


武吉が何かを考えたように黙り、すぐに走り出して見えなくなった。

岩場の向こうから土煙が上がっている。

きっとあの辺に武吉はいるのだろうと、それが武吉の目印に。


「・・・太公望さんの戯言を信じてるのか?」


「武吉っちゃんっていいやつだよなぁ・・・」


残された全員は口々にそんなことを呟いた。




「でもさ師叔・・・あんたいつも偉そうにしてっけど、本当に強いさ?」










またもや静寂に包まれ、耳には風の力で擦れる砂の音が聞こえるだけだった。




「ぎゃはははは!!」


突如、その重苦しい静寂は破られた。


「あれっ天祥?ナタクに乗ってるぜ」


「天祥」は武成王の子どもの末っ子で、天化の弟。

そして、その天祥が乗っている宝貝人間のナタクは宝貝で空を飛べる。

母が死んだ天祥を気遣ってなのか、まだ幼い天祥を慰めようとしてくれているのか、ナタクは天祥を背中に乗せ空を行ったり来たりしていた。

天祥は地上から見ても分かるように、笑いながら喜んでいた。


「それにしてもナタクくんはすげえよな!」


「ええ・・・あんな強い人は見たことないでございます!」


またも金剛四将は口々に言う。

と、そこで全員の視線が太公望に集まった。


「・・・でも俺たちは太公望さんの強いところを見ていない。何かして証明して欲しい所だね」


「臨潼関の時だって颯爽と現れてすぐ捕まったし・・・」


「全くその通りね」


「そういえば朝歌の時も捕まってたよな」


「情けないわね」


「うう・・・・」


全員の痛い視線を受けながら、太公望は呻いた。


「・・・ってさん何であなたまでご主人を責めてるんスか!みなさん!ご主人はあまり強くないけど戦いには大体勝つっスよ!セコい手を使って!!」


「四不象ちゃん、最後がフォローになってない」


「さぁみんな、昼メシにでもしようぜ!」


思いっきり聞いていない一族がそこにいた。

ぞろぞろと、武成王一族のみんなは適当な岩場のある場所へと足を向けた。

太公望、、四不象はそこに取り残される。


「うーむ・・・。これは何とかせぬとわしの威厳が・・・」


「どうでも良いけど、あの人達が休憩するってなら私たちもそうしないと駄目でしょ?進むわけにもいかないし」


「・・・それもそうだのう。わしらもその辺で休憩といこうか」


「ご主人、元気を出すっスよ!ボクは今までご主人が勝ってきた所を見てるっス!」


「なぁに、わしは全く気にはせぬよ」


背が高く大きな岩に座り、太公望は言った。


「いや、ちょっとは気にしなよ。ていうか太公望が気にしなくても、ああいう事になると団結力っていうかそんなのが壊れる可能性が出てくるから困るよ?」


も太公望の横に腰を下ろす。

の言葉に、太公望は腕を組んだ。


「・・・うむ、分かっておるよ」




「太公望どの、どの!」


太公望たちが座った岩の近くにあった岩場の向こうから、武成王が姿を現した。


「おお、武成王」


「武成王さん、皆さんは?」


「あっちで昼メシ食ってるよ。みんな気が抜けちまっててどうしようもねぇな。それより太公望どの、さっき言ってた事は本当なのか?」


武成王はとは逆側の、太公望の隣に勢いよく腰掛けた。


「もちろんだ。わしが聞仲なら、ここでおぬしやわしらを倒す。西岐の目と鼻の先のここでな」


「そうしたら西岐を威圧出来て、反乱や革命を起こす気をなくせるもんね」


そう言った太公望とを武成王は見比べた。


「やっぱりおめぇらは全体を見る目を持ってるな。皇后や聞仲に太刀打ちできるやつぁ、おめぇらしかいねぇ。
 さっきの事は気にすんな、太公望どの!上に立つ人間ってのはどんなに良くても下から非難されるもんさ!」


バンッという景気の良い音を出して、武成王は太公望の背中を叩いた。


「・・・・いっ、痛いのう・・・」


「あ、武吉くん」


太公望と武成王、四不象が、の指差した方向を見た。

そこには、やはり土煙を上げながら全力疾走してくる武吉。


「お師匠さまーっ!!」


普通の人間の視力でも捕らえることが出来るくらいの近さまで来た武吉は、叫んだ。

その顔には笑み。


「怪しい四人組がいました!さすがはぼくのお師匠様っ!」


聞いたはすぐさま立ち上がった。


「どっちにいたの?」


「あっちですっ!!」


太公望達の座る、背が高くて大きな岩に飛び上がって登った武吉は、来た方向を指差した。


「・・・・あ」


武吉が指差した方向からは、見慣れないものが凄い勢いでこちらへとやって来ていた。

音もする。


「・・・・・津波?」


「・・・うむ、津波だ!」


「ばっかやろう、ここは山ん中だぞ!?」


大きな津波が、その辺にあった岩を飲み込んでいくのが見えた。

幸い、太公望達のいた岩場は、津波の高さよりも高く、飲み込まれることはなかった。

が、


「やっべぇ!みんな飲み込まれやがった!!」


下の方にいた武成王一族、ナタクに乗ったままの天祥以外はみんな、津波に飲み込まれてしまった。


「ぼく、みんなを助けます!!」


「助けるっておぬし、この激流では・・・」


「大丈夫です!ぼくに任せて下さい!」


武吉は未だに止まることを知らない激流の中に飛び込んだ。


「・・・・・泳いでおる」


「すごい武吉くん!」


泳いでいるというよりは、水面を飛び跳ねているように見える。


「な・・・何っスかね、この水は・・・?いきなり・・・」


「うーん・・・やっぱり宝貝って考えた方が妥当かしら。ほら、あそこ」


は正面にある遠くの岩場を指差した。

見知らぬ人物が四人、三人は岩場に立ち、一人は大きな玉に乗っていた。


「な、なんっスか、あの人達は!?」


「おそらくは、聞仲の手下・・・四人おるな。よし、ゆくぞスープー!」


太公望は四不象に飛び乗った。


「え、行くっスか?戦うっスか?」


「うむ!久しぶりにわしの実力を発揮する時が来たようだ!、おぬしはここでみんなと待っておれ」


「よし、行って来い!」


は太公望の背中を軽く叩いた。





































四対四+一



































「ふー、助かったさ。悪かったな、武吉っちゃん」


「お安いご用です!」


武吉は、激流に入って約1分後、津波に飲まれた全員を見事に助けた。

しかも全く疲れた様子もない。


「ところでさん、一体これはどうなってるさ?でもって師叔は何やってるさ?」


津波に巻き込まれた人物の1人、天化が水を払い落とすために頭を振りながら聞いた。


「えーと、まず天化くん達が巻き込まれた水は宝貝で出されたものね。犯人はあの人たち。
 で、太公望は自分の強いところを見せつける絶好のチャンスだとか言い出して、あそこであっちの出方を待ってるところ」


その時、四人のうちの1人が動いた。

他三人が後ろに下がる。

その人物の声は、たちにも聞こえた。


「俺は九竜島の四聖が1人、高友乾。崑崙の最高幹部の1人太公望、俺と戦ってもらうよ!」


高友乾と名乗ったその人物は、腰の下まである長い髪をしており、手には丸い玉を持っていた。

ちょうど子どもが投げて遊んでいそうな大きさの玉だった。

高友乾がその玉を手前に差し出すと、周りの水が勢いよく上空へと舞い上がった。

まるで水自身が意志を持っているかのように、飛び回っている。

それでも水はまだ地上に大量に残っており、あるはずの地面は全く見えなかった。


「最高幹部!太公望ってそんな高い地位にいたんだ!すごい!最高幹部って役職名だけだと、かなり強そう!」


はなぜか目を輝かせた。

そして太公望を見る。


「・・・・さん、あんたもその最高幹部の1人に入ってるはずさ」


「・・・・え?・・・・、・・・何で?」


「何でって・・・あんたも元始天尊さまの直弟子の1人なんだろ?師叔と同じ立場なんだから当たり前さ」


「・・・・最高幹部・・・・・めんどくさそうな役職よねぇ」


「さっきと言ってることが違うさ」


「すごいなぁ!お師匠様もさんも、仙人界で偉い立場の人たちだったんですね!ぼく感激です!」


「どうでも良いが、ここもちょっと危ねぇかもしんねぇぞ」


「「「え?」」」


、天化、武吉の3人は、武成王の言葉に振り向いた。


「う、わっ!?」


3人は、間一髪のところで飛んできた水を交わした。

水は槍のように、矢のように、素早い動きで空を飛んでいた。

無数の大きな水の槍が、空を駆け回っているという表現がピッタリと合う場面だった。


「・・・・あっ・・危ないなぁっ・・・!」


「感激です!仙人の戦いが、またこんな間近で見れるなんて!!」


「それより師叔、ちょっとやばくねぇか?」


座り込んだと、キラキラと好奇心に満ちた目をした武吉、そして飛び退いた天化が言った。


「どうやらあの高友乾って人の宝貝は水を操れるみたいね。水を自由自在なら・・・・うん、やばいね太公望」


「九竜島の四聖・・・って言ったな。聞仲から聞いたことがあるぜ。かつてあいつが妲己と戦った時の仲間・・・だったか」


「あ、それ私も聞いたことあります。確か・・・60年前のことですよね」


60年前、聞仲は仲間である四聖と一緒に当時も禁城に住んでた妲己を追いつめた。

妲己の2人の妹、王貴人と胡喜媚をも瀕死の状態にまで追い込み、殺そうとした。

しかし妲己は、あと少しという所で、聞仲たちの目の前から消えていまい、聞仲たちは逃がしてしまった。

王貴人と胡喜媚もその時一緒に消えてしまったらしく、恐らくは妲己が連れていったのだろう。

現に彼女たちは今も元気に生きているのだから。

それから、聞仲さんや四聖の名前は、仙人界中に噂となって飛び交った。

あの妲己3姉妹を窮地に追い込んだ者たちとして。


「へーえ、聞太子と一緒に妲己三姉妹を追い出したやつらか・・・」


「今までの敵とは格が違うヤツらだ。危ないぜ、太公望どの」


武成王は表情を歪めた。


「太公望・・・・」


は上を見上げた。

相変わらず水が飛び交っているその空で、太公望と四不象は逃げ回っていた。

しかもかなり素速い。


「・・・・・・速い」


ぽつり、呟いた。


そのとき突然、今まで飛び交っていた水が、なくなった。


「あれ?水は?」


「・・・あ!あそこ!」


武吉が上空の高いところを指差した。

ちょうど、太公望と四不象のいる真上だった。


今まで飛び交っていた全ての水が、そこに集まっていた。

ただでさえ大きかった水の槍が全て集まったらしい、大きな大きな水の塊がそこにあった。

ゆらゆらと、それは揺れている。


そして集まった水の塊は、その下にいた太公望と四不象めがけてもの凄い勢いで落ち、大きな音をたてて、下にあった水と一緒になった。



「お師匠様っ!!」


武吉が叫んだ。


「そんなっ!お師匠様が水に潰されてミンチに!!」


「本当かよ、武吉っちゃん・・・!」


「ぼく視力は10,0なんですっ!」


武吉は涙目で言った。


が、静かになった水面から、の目に見慣れたものが飛び出してきた。

それは紛れもなく太公望の宝貝「打神鞭」で出せる技、打風刃だった。


「何っ!?」


打風刃は、高友乾の立っていた岩場にぶち当たり、崩した。

高友乾は、さっと身を翻して宙に飛び、他の岩の上に立った。


「はははは!やっと接近戦に持ち越せたわ!」


水中からは、四不象に乗ったままの格好で太公望が出てきた。


「お師匠様!!」


無事だった太公望の姿を見て、武吉が喜んだ。

ぱっと表情が明るくなる。


「でもお師匠様どうして生きてるんだろう?」


「下が水だったからよ。上から水が迫ってくるなら、下の水中に入り込めばダメージは全くないでしょう」



太公望は、四不象から降りて高友乾と向き合った。

2人とも宝貝を構え、いつ攻撃を仕掛けても、仕掛けられても良い状態だ。


「さぁここからが本番よ!この距離でさっきの水の技を使えば、おぬしも巻き込まれるぞ!」


「・・・ふふっ 接近戦?それはむしろ俺の方が望むところだ!」


高友乾の正面に、持っている玉と同じ大きさほどの水の玉が下から一つ上がってきた。

そして、


「むっ?」


その水の塊は、見事に太公望の頭部に付いた。

顔から上だけ水中にいるような格好になった。


「ああいうのって大体取れないよね・・・」


が呟いた。


「むむむむ!」


太公望は、パシャパシャと水の塊を取ろうとして頑張っているらしいが、一向に取れそうにない。


「そんな、ご主人!何とかするっスよ!このままじゃ格好悪いまま溺死するっス!情けないっス!」


確かにこの格好のまま死んだら格好悪い。


「そうだ!全部飲むっスよ!!」


「それは無理だと思うよ、白カバくん」


余裕だと言わんばかりの顔をした高友乾が言った。


「その水は海水だ。金鰲島の下の海にあるもう一つの玉とこの玉が繋がっている空間から来てる水だからね。それだけの量を飲んだら塩分の過剰摂取で間違いなく死ぬ」



「お師匠様っ!」


「・・・ちっ しゃーねーな、師叔」


「待てっ!行くんじゃねぇ!」


宝貝を握り、地を蹴ろうとしていた天化の腕を武成王は掴んだ。

同じく行こうと構えた武吉も動きを止めた。


「確かに敵は強ぇえが、このままやられるようじゃ太公望どのの器もたかが知れている。聞仲や妲己はもっと強ぇえんだからな。分かるな?」


武成王は強い目で言う。

武吉と天化は静かに頷いた。


「さすがは武成王さん!そうよ、あれでも太公望は元始天尊さま直々の弟子なんだから!これくらいでやられてちゃ面目丸つぶれよ」


「じゃあ、ぼくせめて応援しますっ! フレッフレッ!おっしょー様っっ!!」


「・・・でけぇ声さ」


と、その時


「あっ!お師匠様が!」


頭の水を全て、


「・・・・飲んだね」


一滴残らず飲み干した。

すごい勢いで。



「フー・・・フー・・・スープーよ、あれをもっと出せ!」


やっと自由に呼吸が出来るようになった太公望が言った。


「これっスね!ご主人のマル秘アイテム仙桃っス!」


四不象は手に桃を持っていた。


「・・・桃?何さ、あの桃」


「え、天化くん知らないの?あれは仙桃って言って、どんな水でもお酒に変えることが出来るの!じゃあ知らなかった天化くんに、仙桃一個分けてあげるわ」


仙桃デビューよ。

どこから出したのか、は天化に仙桃を渡した。



「・・・くっ!予定変更!ならばさらに飲ませて急性アルコール中毒してやるわ!」


高友乾は再び小さな水の塊を操り、太公望の顔めがけて飛ばした。


「仙桃!わーっはっはっは!!」


太公望は、水を酒に変え、またも全てを飲み干した。



「・・・・あれが元始天尊さまの一番弟子さ?」


「一応」




「まだまだっ!」


高友乾は、今度は何個も水の塊を作り、懲りずに飛ばした。


「はっ!」


が、太公望は飛んできた水全てを避けた。


「うわーっ!お師匠様が避けました!すごいです、お師匠様ーっ!」


武吉が叫んだ。


「太公望は酔ったら強くなるのよ」


「・・・・ふざけてるようにしか見えんさ」


天化が呆れながら、言った。

武成王は、もはや何も言わなかった。



「そーれ!この水も全部酒に変えてしまえー!」


酔った太公望。

同様どこからそんなに出したのか、大量の仙桃を出すと、それを全て下の水に落とした。


水が一瞬、光った。


「うわっ酒くせぇ!太公望どのは何考えてるんだ!?」


「ちょっ、これやりすぎでしょ太公望!バカやってないでちゃんと戦え!しかも仙桃の無駄遣いするな!」


聞こえたのかどうかは分からないが、とりあえず太公望は笑っていた。



「ふざけやがって・・・!ならばマジでやばいほど酒をくらわせてやるわ!」


高友乾は怒ったらしい。

当たり前だ。


最初の時のように、また沢山の水の槍が、今度は上空から太公望目がけて向かってきた。


「死ね太公望!」


高友乾が叫んだ。


「甘いのう、こんなものじゃわしは倒せぬ!」


太公望は、降ってきた水の槍全てを避けた。


動きがかなり素早くなっている。

全てを避け、今度は高友乾の背後に回り込んだ。

そして、何を思ったのか、後ろから高友乾を羽交い締めにした。


「わしの酒が飲めぬかー!」


「なっ・・・やめろっ!」


バ ッ シ ャ ー ン !!

と、大きな音が響いた。


2人は、全て酒に変わってしまった水の中へと落ちた。

太公望は、飛び込んだという感じだったか。



「落ちたね、太公望」


「落ちたさ」


何故か2人は上がってこない。

岩場の上からは、水中の2人の様子を捉えることが出来ないため、どうなっているのかさっぱり分からない。


「お師匠様・・・」


「あ、おい、水が引くぞ!」


武成王が指差した。

そこは、竜巻のように水が一カ所に引っ張られていた。

あそこに太公望と高友乾がいるのだろう。


数秒もすると、あんなに大量にあった水は、全て引いてしまった。


「何だ、水を引いてしまったのか?飲み足りぬのー」


上から見た限りでも、太公望はフラフラしていた。

というか、高友乾もふらついていた。


「・・・変な戦いだわ」



「まじめにやれ、高友乾!このままでは聞仲さまに顔向けが出来ないぞ!」


四聖の1人が、向こうの岩の上から叫んだ。

高友乾の表情が一変した。

「聞仲」の名を聞き、正気に戻ったような。


「ふふふふ・・・だがもうあれほどの水を出す力は残っておるまい。あんな大がかりな技を何度も使えるのは申公豹ぐらいのものだ」


「・・・ふっ 四聖をなめるなよ!おまえなど、これで十分だ!」


高友乾は、丸玉から水を出した。

さきほどに比べれば少量の水で、それは段々と形を保っていき、やがて大きな水の鎌となった。


「水の鎌か・・・ではわしも本気の真っ向勝負といこう!」


太公望は打神鞭を高友乾に向けた。


「疾っ!」


太公望は打神鞭を上から下に振り下ろし、空気を切った。

打神鞭からは風の刃が発生し、高友乾めがけて飛んでいった。


バキッ

と、水の鎌は水とは思えぬ音を出し、壊れた。


「やりました!お師匠様っ!」


壊れた水の鎌は、ただの水にはなったが、未だ空中に浮いている。


「・・・ありがとうよ太公望。これで武器が二つに増えたよ」


壊れた鎌は、するすると集まり、今度は二つの鎌になってしまった。


「げっ!」


「くたばれ、太公望!」


高友乾は勢いよく、その二つの鎌を飛ばした。


「このっ・・・打風刃二連射!」


打風刃は鎌にぶち当たり、またも鎌はただの水になった。



「・・・何か変だぞ・・・。疲労があるとはいえ、あれだけの容量を持った敵が何故あんなにチマチマ戦う?これは・・・」


「試されてますね、間違いなく。きっと相手は打神鞭という宝貝について、ほとんど知らないんじゃないでしょうか。だから、打神鞭のデータを取ろうとしてるとか」


太公望の力量を試している、ということはないだろう。

この封神計画を任されている人物なのだから。

それ相応な力量を持つ人物だ、ということは相手も分かっているはず。

だが宝貝については資料がない、としたら。


と、急に四聖の残り3人が動いた。


「高友乾!俺と興覇はこれから西岐を攻撃しに行く!おまえと楊森の2人で太公望たちを始末しろ!」


「西岐を!?」


「ていうか何あの人!何で頭にボウルみたいなのかぶってんだろう!料理好き!?」


一番偉そうな、リーダー格と見える人物を指差してが言った。


さん、ちょっと落ち着くさ。それより問題点はそこじゃないさ」


天化がつっこんだ。


「楊森!津波やら何やらで疲れてしまった。回復してくれ!」


高友乾が、岩の上から飛び降りてきた『楊森』と呼ばれた人物に言った。


「いいぜ。劈地珠よ、大地の力を分けてくれ」


楊森は、右手を地面に置いた。

手の甲から手のひらまで、丸い玉が貫いているような。

手と宝貝が一体化しているように見える。


楊森が右手を地面についてすぐ、小さな風が高友乾の周りに纏い、消えた。


「回復って・・・本当に回復しちまったさ」


「んなアホなっ!わしが今までやってきた事を無意味にしおった!!」


太公望が叫んだ。

四聖は自己回復すらも出来てしまうらしい。


「では、あとは頼んだぞ」


リーダー格のその人物は言い、宙に浮かぶと西岐を目指し飛んでいった。

「興覇」と呼ばれた人物と一緒に。


「なっ・・・スープー!追うぞ!はここで武成王たちと共におれ!」


「了解っス!」


太公望は四不象に乗り、浮いた。


「おっと、そうはいかないよ」


正面にいた高友乾と楊森が立ちはだかる。

その2人の周りには、また大量の水が発生していた。

高友乾が宝貝で出したのだ。


出てきた大量の水は大きく広がり、すぐにそこにいた人物全員の周りを丸く囲んだ。

大きな水のドームが出来た。


楊森の力で回復した高友乾は、元の力を取り戻したということだった。

大量の水を使っても、全く疲れた様子がない。


「水のバリアをはった。もう中からは出られんぞ!そっちは多人数だ。うろちょろされては目障りなんでな!」


「こんな水の膜、強行突破だスープー!」


「了解っス!」


太公望と四不象はひるむことなく突っ込んでいった。


「あ、太公望ー!こういう」


「ぎゃー!ねばねばするっスよ!!」


「何なのだこれは!くっついて取れんぞーっ!?」


「・・・水のバリアって、大体そう簡単に破れるもんじゃないから危ないよー、・・・・ってもう遅いね」


先程までは、ただの海水だったはず。

なぜかねばねばくっつく水になっていた。

そして見事に太公望と四不象はくっついていた。


「師叔よ、あーたって・・・。しゃーねーなー。こいつらは俺っちたちがやるか!」


天化は、自分の宝貝「莫邪の宝剣」を構えながら言った。


「・・・


「あれ、ナタク。どうしたの?」


天祥を背中に担いだまま空を飛んでいたナタクが、天祥を腕に抱えて地上に降りてきた。


「オレはあの2人を追う。あの王魔・・・とかいう男が一番強い。そういうにおいがする」


リーダー格のあの人物は「王魔」と言うらしい。


「うんそうね、今ここから出てとっても頼りになるのはあなただし。存分に倒してきて。天祥くんは預かります」


「でっ でも水のバリアから出られるんですか!?」


武吉の問いかけに、ナタクは答えないまま飛んでいった。


「大丈夫よ。ナタクが腰に付けてる「混天綾」っていう宝貝は、水を振動させるものなの。つまり、あれがあれば水の方から逃げていくような状態になるのよ」


ナタクは、水のバリアの一部の前まで来ると、いったん止まった。

するとすぐに、ナタクの正面の水が割れ、人1人が通れるくらいの穴が出来る。


何やらそのナタクの近くで水のバリアにくっついている太公望と言い合いをしていたが、飛んでいった。



「これでちょうどね」


がナタクを見送りながら言った。


「何がですか?さん」


「天化くん対楊森って人。太公望は動けないから・・・私対高友乾。水のバリア張ってるから戦いはしないだろうけど、ちょっと注意しとかなきゃ。ナタクはきっと興覇って人と戦うことになるわね」


「どうしてですか?」


「あの王魔って人は、西岐を攻撃すると言った。どっちかって言うと、攻撃するんなら強力な方が良いでしょ?
 だから、たぶん興覇をナタクと戦わせて、その間に自分は西岐を攻撃すると思う」


「そ、それは駄目ですよ!西岐には姫昌さまがいます、お母さんもいます!たくさんの住んでる人も!さん、このまま西岐を攻撃させておいて良いんですか!?ぼくは嫌です!!」


武吉は訴えた。


「・・・きっと、そろそろだと思うのよね。そろそろ降りてきてくれるはず」


「・・・?何がですか?何か降りてくるんですか?」


は微笑みながら言った。


「天才道士の楊ゼンさん。きっとそろそろ来てくれると思う。そして王魔と戦うことになるわ。だから、これでちょうどよ。四対四。それから、+一。太公望はあの状態じゃ戦闘不能。だから太公望は+一」


が言い終わると、突然、地面が動き出した。

楊森が宝貝を使ったのだ。


大地に働きかける宝貝。

大地の力を借りて、回復も出来、そしてその大地を操ることも出来るらしい。


地面はありとあらゆる方向に突き出し、とても平だった地面とは思えなくなっていた。


大きく複雑な形をした岩の塊が沢山、そこに出来た形となった。


「あれじゃ接近すら出来ないわね・・・。天下くんの宝貝は接近戦専用なのに・・・」


「ふっふっふ・・・。こんなことでひるんでおってはいかんぞ、


「水にくっついて間抜けな格好してるあなたに言われたくないわ太公望」


水の壁にくっつき取れず、まるで長いゴムに巻かれているような格好の太公望。

いつの間にか武吉との背後へと降りてきていた。

ねばねばした水に吊り下げられたまま。


「ははは、何とかここまで自由に動けるようになったぞ」


「それは良かったわおめでとう何よりね」


「うっ・・・冷たいのう・・・。それより。これを天化に渡してくれぬか?」


太公望は手に持っていた物をに差し出した。


「・・・・これって、火竜縹。あぁ、天化くんに渡せば良いのね。任せて」


は作り出された岩と岩の間を縫うように走り、天化の所へと急いだ。




天化と楊森の間には、楊森の作り出した大きな岩山の壁があった。

お互いの顔は見えていないようだ。


「こりゃー近づけねぇさ・・・この宝貝も近付かないと使えねぇし」


天化は、岩山の高いところまで登り、一応宝貝を構えてはみたが、ここからは届くわけがない。


「そんな天化くんに太公望からの助け船です!はい、この宝貝あげるわ。有効的に使って」


「うわ!?・・・さん、いつのまにここまで来たさ」


急に現れたに、天化は驚き振り向いた。

そして、その手に持たれたものに目を向ける。


「これは・・・宝貝?」


「そう、炎の宝貝『火竜縹』よ。天化くんは武器扱ったりするセンスがすごく良いみたいだから、すぐ使いこなせるはずよ」


「ふーん・・・。使ってみるさ、さん」


言って、天化は火竜縹を楊森の方に勢いよく投げた。


火竜縹は、太公望が使ったときとは明らかに違う動きをし、楊森の周りを炎で囲んだ。

不規則に、楊森の周りをぐるりと回ると、天化の手元へと戻ってきた。


「さすが!しっかり使いこなせてる!」


「おっ 面白いさ、これ!これなら余裕で勝てるさ!」


天化は再び火竜縹を投げつけた。


「なめるな!」


が、楊森は自分の宝貝で地面を操り、いくつもの壁を作り出して火竜縹を弾いた。

そして、それの繰り返し。

投げつけられる火竜縹。

それを弾く岩壁。


そのとき、楊森はハッと気付いた。


「な、・・・ 炎に気を取られて天化の接近を許してしまったか!」


天化は岩山から降り、楊森の正面に近付いていた。

視線に捉えることの出来る場所。

もう少しで、接近戦に持ち込まれてしまう。


「心配するな!俺の宝貝が何なのかを忘れたのか?」


高友乾は言い、


「水よ降りろ!」


丸玉を上に掲げ、叫んだ。


「あー!せっかくつけた火が消えちまう!」


水のドームに使っていた水が落ちてきて、天化が火竜縹でつけた火が段々と消えていった。



「武成王!」


相変わらず水のドームにくっついたままの太公望が武成王を呼んだ。

すぐに武成王は、太公望の言いたいことに気付いたらしく走り出した。


「みんなっ!このバリアから出るぞ!」


「え!?どっ・・・どうやって!?」


「見ろ!ドームの水が薄くなっている。天化の炎を消すのにこの水を使ったからだ!これなら破れるぜ!」


武成王はそう言って、持っていた長い鉄の棒を水の壁にぶつけた。


ドン!!


大きな音がして、水のバリアの一部が破れた。


「しまった!武成王を逃がしては・・・」


高友乾が岩山から降りた。


「私たちも、あなたたちが武成王さんを殺しちゃったら困るのよね。こっから先には行かせないわ」


「な・・・っ!?」


高友乾の周りには、いつの間にか風で作られた壁が出来ていた。

風の渦が、ぐるぐると渦巻いている。


「私の宝貝って守るために使うのが主流だけど、閉じこめることも出来るのよ。私を倒さない限り、あなたはそこから出られません」


笑顔では言った。


「くっ・・・!太公望の妹弟子の、とか言ったか・・・?」


にっこりとは微笑み、だが何も言わなかった。




「いかん!武成王だけはなんとしても逃がさんぞ!聞仲さまのために・・・」


楊森が走り出そうとした。


「・・・へへ、ようやく莫邪の宝剣で戦えるさ・・・」


天化が、楊森の目の前にいた。

楊森は気付いていなかったのだ。


「い、いつの間に!」


楊森はすぐにまた一つの岩の壁を作った。


が、



「接近戦で俺っちに勝てるやつぁ ちょっといねぇさ」



天化は岩の壁ごと、楊森の体を斬った。





























      
































初執筆...2003,09頃
改稿...2005,04,23