「・・・お母さん、ただいま」


「おや、おかえり武吉。あら・・・お客さんかい?」


「この方はぼくのお師匠様で、道士・太公望さんと、第二のお師匠様のさんだよ」


「師匠はやめい」


「私も師匠になるなんて言ってないし。ていうか第二の師匠って何」


太公望達は、武吉を牢から連れだし、武吉の家に彼を連れ帰ってきた。

武吉は病の母が心配なのが、1つの心残りだという。

自分は死刑になっても良いけれど、母に何も告げずに死ぬのは嫌だと。


「お母さん・・・ぼくはちょっと用事があって行かなくちゃいけないんだ。食べ物はキッチンにあるから適当に食べて」


最後の会話になるかもしれない、そう思っているのだろう。

武吉は、どこか寂しさの残る表情だった。

「牢から脱走してきた」という事実は変わらないのだから。

これから武吉は西岐城に太公望と戻る。

そこで、どういう事態になるかは分からない。


「それじゃ、行ってくるよ」


踵を返し、武吉はそれだけ言うと扉から出た。


「うむ、とスープーは残って彼女の面倒を見ておれ」


「任せて」


は拳を太公望に突き出した。


「・・・武吉、何があったかは知らないけど私のことは心配いらないよ。おまえは自分の正しいと思ったことをおやり!」


ベッドに寝ていた武吉の母は、上半身だけ起こした。


「――はいっ!」


母の声に、武吉は笑顔で返事をし、太公望と一緒に出て行った。

ぱたん、と扉が閉められる。


二人を見送って、と四不象は武吉の母の方をくるりと向いた。

母は不思議そうに二人を見る。


「さて、じゃあちゃっちゃと診ましょうか。お母さん、ちょっと失礼」


は武吉の母をじっと見た。

そして、「いいですか?」と言って右手をそっと握る。

「ふんふん」とは小さく呟いた。

四不象は、そんなの様子を見つめる。


「・・・?一体何なんだい?あなたたちは」


「手っ取り早く言うと道士です。えーと、お母さんは過労からくる背中とか足の筋の病気ですね。この薬を飲めば直ります」


は懐から丸い薬を3つ取り出した。


さん、何っスか?その薬」


「元始天尊さまの目を盗んでかっぱらってきたのよ!ほら他にも沢山。はいお母さん、お水で飲んで下さいね」


「ありがとう、お嬢ちゃん」


言いながら、武吉の母はが出した薬を飲んだ。


「な・・・何だい?なんだか元気が出てきたよ!」


武吉の母はベッドの上に立った。


「仙人界の薬はよく効くんです。良かった」


「立てるようになったっスね!」


と四不象が言った。


「・・・武吉」


立ったまま、母は扉を見つめた。

心配そうに、目を細める。


「・・・・だ・・・大丈夫っスよ!武吉くんは元気で戻ってくるっス!」


「そうそう、太公望もついていますし。安心してください」


四不象の背中に手を置き、は笑顔で言った。


























引き金と 要



























「それにしてもご主人・・・どうやって西岐城に行ったんスかね?ここからは遠すぎるっスよ」


四不象は首を傾げ、尋ねた。


「そうだねぇ・・・。武吉くんに乗せてもらったとかかな。天然道士は力も人並み外れてるから。弟子に連れていってもらう師匠・・・ふふっ・・おかし・・・!」


「・・・・さんは笑い上戸なんスね・・・」


武吉の母の病気を治し、と四不象はその家を出、郊外のその町中を歩いていた。

ずっと室内で待っているのも暇だからである。

その辺を散策しよう。

言い出したのはだった。


「でも武吉くん・・・本当に大丈夫っスかね・・・。それ以上にボクは何だかご主人まで一緒に処刑されてそうで怖いっス・・・」


大いに有り得そうだ。

は口元に手を当て、考えた。


「うーん・・・。きっとね、太公望は武吉くんを助けるよ。助けてそして、自分という存在を姫昌さんの興味の上に乗せる。
 一道士がただの人間を助けるなんて、あっても勿論いいことだけどそうそうあることじゃない」


勿論、あっても別に良いことなのだけれど。

そうそう聞く話ではない。

ましてや、会ってほんの少ししか経っていない青年を助けるなどという話。


「それに便乗して、非道な殷王朝を今のまま放っておいていいのか、自分の息子が殺されて黙っているなんて何故だ等々、西岐の人間が決して言えそうにもない事を、全て言い尽くしてくるんじゃない?
 姫昌さん本人に言わなかったとしても、絶対に姫昌さん本人の耳には入る。そして姫昌さんに全てを自覚させる。でもって最後に、太公望のことを聞いた姫昌さんは、きっと太公望に会いに来るよ」


もちろん、文句を言いにくるのではない。

そういうことではなく、会いに来る。

今の国の情勢を、ぴしゃりと厳しく指摘した道士に。




そういう考え。

先読み。

他人の性格や立場を利用し、行動を操る。

太公望の、得意中の得意である分野。


「・・・やっぱりさんもご主人の妹弟子なだけはあるっスねぇ」


「あはは、ただ私は太公望のしそうなこと考えただけよ」


は笑う。

さり気なく、はぐらかした。


「それよりおいしいね、このアンマン。人助けはするもんだね」


「あのお母さんはいい人だったっス!」


2人は武吉の母から、お礼にとアンマンをもらった。

すでに太公望の分はない。


「・・・これから、本格的に戦いが始まるだね」


白い雲がいくつか浮いている青い空を見上げ、は言った。


「そうっスねぇ」


「・・・人が戦ってるところは・・見たくないな、出来るだけ」


は空から目を外し、立ち止まった。

四不象も一緒に止まる。


「そういえばさんはあんまり戦ったりしないっスよねぇ。機会がないってのもあるっスけど・・・。その宝貝も強力な攻撃用じゃないっスよね?」


四不象が聞いた。


「・・・私、小さい頃に両親が殺されたんだよね。私がまだ人間界で暮らしてた時に」


「・・・・えっ!?」


遠くを見るように、前を見据えては続けた。


「この国は殷族、羌族、周族が多数を占めてるのは四不象ちゃんも知ってるよね?太公望は羌族だけど、私は周族の出身なのね。
 60年前、私が10歳の時の話。その時も王宮には妲己が住んでた。その時、当時の皇帝がちょうど病気で亡くなってね、妲己がこんな提案を持ち出した」





王の死後の付き人は、いつもの100倍にしましょう





「100倍!?そんな・・・普通は10人にも満たないはずっスよね!?」


付き人というのは、死んだ王と共に墓に入る人間のこと。

普段なら、王の側近であったり、王を心から慕っていたりする人間がなる。

沢山の、王と全く接点もない人間が付き人にされることなど、まず有り得ない。


「何考えてるんだかねぇ。とにかくそんな提案をして、それが通ったのよ。きっと誘惑の術テンプテーションでも使ったんだろうけど。
 でも支配者の殷族たちを殺すことはしなかった。代わりに異民族だけを襲い、捕まえた。
 太公望の住んでた村が襲われたのはそれが原因だったっていうのは知ってる・・・よね。私の住んでた村も襲われた。周族の小さな村よ。太公望の村が襲われた後の、ちょうど一週間後の事」


しっかりと覚えている。

忘れられない。

遠くからやってくる、兵士の大群。

 
「他の村人達が次々に捕まえられてく中で、私の親は最後まで抵抗した。私を守るためだけに。私は隠れてたんだけど、隙間から所々見えてた。音だけは最初から最後まで聞こえてたし」


両親の声も聞こえた。

全て。

悪夢のような光景も。


「私は見つかることなく、ずっと隠れてた。殷軍が去っていったあとも。どれくらい隠れてたかは分からないけど、気付いたら崑崙山に居たのよ。崑崙山にいて、元始天尊さまに『道士になれ』と言われた。
 妲己のこともそこで初めて聞いた」


殷で皇后として、堂々と人間を操り、国を狂わす仙女。

話を聞いただけで目眩がした。

そんな仙女のたった一言で、自分の両親は殺されたのだ。


「すぐには立ち直れなかったよ。親が殺される場面を見たことがショックだったみたいでね、一ヶ月くらいボーっとして過ごした」


四不象は気遣うようにを見つめ。

はそこで、少しだけ微笑んで四不象を見る。

 
「そんなある日太公望に会った。誰かと思ってたら元始天尊さまの弟子で、つまり私の兄弟子だってことでね。私と同じような人がいるんだなと思って、その日から少しずつ頑張ってみた」


悲しみに負けないように。

少しでもそれが紛れるように。


「でも未だにあの時の叫び声とか泣き声、音も場面も全部鮮明に覚えちゃってるから、・・・だから、人が戦ってるところは出来る限り見たくない。やっぱり思い出したくないからねぇ」


はため息をついた。


「・・・でも、じゃあどうしてさんは封神計画を手伝うことにしたんスか?」


四不象が尋ねる。

たしかにその通り。

「封神計画は妲己を倒すための計画だ」と言われ、命を受けた。

妲己には何人もの手下がいる。

妲己を倒すことは、つまりその手下たちも倒すことになる。

倒す、ということは、戦うということ。


言った四不象に、は頷いた。


「恩返しがしたかったんだよ、太公望に。あの時に、太公望は励ましてくれたから。今私がこうして立派に宝貝持って、笑ってられるのも太公望のお陰が大部分占めてるんだよ。
 だから、私を元気にしてくれた太公望の力になれるならなりたいって思ってね。
 元始天尊さまにこの計画に荷担するよう命じられたときは、これが絶好の機会だって思った。人が戦うのを見るのは嫌だけどね」


そう言って四不象の方を見たは笑顔だった。


「・・・・ご主人とさんにはそんな事があったんスね・・・。だからさんの宝貝も、身を守れるようなモノなんスね」


「そういう事。太公望は戦う風を操って、私は守る風を操るのよ」


「似てるようで、やっぱり違うんスね」


「何なんだろうねぇ」


は再び歩き出した。

四不象もそれに続く。


「四不象ちゃん、聞いてくれてありがとうね」


は四不象を振り向き、言った。


「これくらいお安いご用っス!ボクの方こそさんの考えてること知れて嬉しかったっスよ」


四不象に、は微笑んだ。
















「ほんっっ・・・とうにありがとうございました、お師匠様!!」


と四不象が散歩から武吉の家に戻り、それから何時間か後、太公望と武吉が帰ってきた。

武吉はこれ以上ないほどの笑顔で。

太公望はの考えた通り、武吉を助けていた。

太公望曰く、「わしの適切かつ素晴らしい助言で武吉は助かった」ということらしい。


4人は今は、すぐそこに滝のある川にいた。

水の近くは涼しいというのは、本当なのだ。

とても過ごしやすい。

太公望は川の中に釣り糸を垂らし、魚釣りをしていた。


さんと四不象も!お母さんの病気を治してくれたそうで!感謝してもしきれません!!」


武吉は大きく頭を下げる。




「静かにせぬか!魚が逃げるであろうが!」


太公望が武吉に一喝した。


「あっ・・・すみません!えっと、じゃあぼくはお母さんの所に帰ります!また来ますね!!」


最初会ったときと同じように、武吉はものすごいスピードで走り去っていった。


「いい子っスよねぇ、ボクは好きっスよ!」


「だがのう・・・わしを師匠と呼ぶのは勘弁して欲しいのう・・・」


「いい響きじゃない、『師匠』!!」


「なら、おぬしは師匠と呼ばれて嬉しいか?」


「やだよ、何かめんどくさそう」


さん・・・矛盾してるっス・・・」



その時、太公望たちの後ろから、誰かが歩み寄ってくる気配がした。


「――太公望」


「・・・・うむ」





「釣りをなさっておいでか・・・・」


静かな声が響く。

太公望、、四不象は同時に後ろを振り向いた。


「釣れますか?」


辺りには、滝の水が流れ落ちる大きな音と、水の流れる音、そして小さな風の音。


「――大物がかかったようだのう」


現れた人物は、姫昌だった。

姫昌は、微笑むと、太公望の横に腰掛けた。

とは逆の場所だ。


「暇つぶしに世間話でもしませんか?」


座った姫昌は、すぐに口を開き、言った。


「・・・やれやれ。紂王の次に偉い四大諸侯の一人が供もつれずに来たのか?」


横目で姫昌を見ながら、太公望が言った。


「西岐は、安全ですから」


姫昌は空を仰いだ。



「・・・お聞きしたい。私は、これから何をすべきかを」


太公望は、少しの間黙り、やがて言った。


「・・・妲己によって殷王朝はもはや完全に民の信頼を失っておる。もはやこれ以上続くことは百害あって一利なし」


太公望は立ち上がり、姫昌を見下ろした。


「挙兵して殷を討て。 そして新しい国を創れ。 そしておぬしが次の王となるのだ」


強い風が頬を撫でる。


「・・・重いな・・・。歴史の重みで潰れてしまいそうだ。――だが、これも私の天命なのかもしれない」


姫昌も立ち上がった。


、おぬしは何か言いたいことはあるか?」


いきなり、太公望はに言った。


「・・・え?え、私?」


「そういえば、そちらのお嬢さんはどなたなのですか?」


四不象と一緒に座ったままのを姫昌が見た。


「わしの妹弟子であるだ」


「・・・あ、初めまして」


最後にも立ち上がった。


「妹弟子・・・ということは、貴女も道士なのですね。ええ、言いたいことがあるのであれば仰って下さい」


姫昌は笑顔で言った。


「・・・う、どうしよう・・・。何か言わなきゃいけない事態になっちゃったんだけど・・・」


は横で浮かんでいる四不象に耳打ちした。


さんは何も言いたいことはないんスか?」


「・・・うーん・・・」


少し考え、は姫昌を正面から見た。

緊張を解すように、一度小さく深呼吸をする。



「・・・殷は間違った方向に進んでます。早く止めてあげないと、自然のまま滅んでしまいます。だから、あなたは『作り直して』下さい。全てが滅んでしまう前に。
 あなたが全ての引き金となって、直してやって下さい。救ってください」



はそれだけ言うと、慌てて頭を下げた。

姫昌の穏やかな顔に、深みが増す。




「やはり貴女は太公望どのの妹弟子なだけの器をお持ちのようだ」


再び微笑みながら、姫昌は言った。
































      































初執筆...2003,09,19
改稿...2005,04,22