いっそハイテクと結婚したいと彼は言った。彼女は黙って、ただ彼のその表情を眺めていた。もし、今の発言には突っ込まないのかと彼女に問えば、「もう慣れた」と返ってくるだろう。ただその表情は明らかに「呆れ顔」だが。


今日も彼は研究、もとい趣味に明け暮れていた。


「…よく飽きないね」


およそ彼女には使い方の分からない道具を両手に持ち、およそ彼女には末路の見当も付かないものを机の上に置いて、一生懸命励んでいる。彼の最高にして最大の能力、宝貝作り。


「飽きるもんか」


その顔には笑みが浮かんでいる。いつものことだが。本当に心の底から楽しみながら作業をしているのだろうということが伺える。その様子を見、彼女、はため息をついた。
太乙の宝貝作りの能力には、も一目置いている。一目も、二目も。精巧さ、その宝貝の力、全てに置いて使用者に適したものが出てくるのだ。まるで最初からその使用者のためだけに作られたかのように。だからは、これは称賛に値するものだとずっと思っていた。口に出したことはないが。


「今度は誰の宝貝作ってるの?」


「誰の、ということはないよ。ただアイデアが浮かんだから作ってるのさ」


太乙はよく、こうやって直感力に任せて作成していくときがある。しかもちゃんと出来上がるのだ。そして今、彼の手の中にある作りかけの宝貝も、いつか誰かのもとで活躍するのだろう。はここで勝手に淹れたお茶に口を付けた。

…そういえば私の宝貝も。と、ふと思い出したの思考は途中で遮られることになる。


「そういえばの宝貝」


びっくりして、はガチャンと湯飲みを落としそうになった。なんとかそのまま止まったが。


の宝貝も私が作ったものだったね」


作業から顔を上げ、太乙はに視線を向ける。


「…そうだっけ」


心を読まれたのかと思った。


「そうだっけって…忘れるなんて酷いなぁ」


太乙は苦笑した。そしてまた作業に戻る。はまた一口、お茶を飲んだ。


嘘。本当は忘れてなんかいない。ちゃんと、しっかり覚えてる。忘れたりしない。


いくつも彼は宝貝を作っているのに、自分に作ったことも覚えているなんて、少し嬉しかった。沢山の中のたった1つを覚えてくれていたというだけで嬉しくなるなんて、もう手遅れかもしれないとは思った。


誰の作った宝貝だったか、そんなこと忘れた。なんて、やっぱり少し酷かったかな。

は、ちらりと太乙を見た。彼は作業に没頭しており、の小さな視線になんて、気付かない。


「…ねえ」


真剣に作業をしているとき、彼は周りを全て遮断することがある。つまり周囲の音が聞こえなくなるのだ。そんなことしょっちゅうだから、一度呼んだだけでは気付いてくれないだろう。は思った。しかしそんなの考えとは裏腹に、意外にも太乙はその掛け声で顔を上げた。


「…お茶、淹れてあげようか」


大分前に淹れたお茶。すっかり冷めている。の言葉に、思わず吹き出すように笑った太乙は「ありがとう」と言った。太乙の反応に首を傾げながら、は2人分、お茶を淹れる。そして湯気の立つ湯飲みを差し出した。先程から、作業は進んでいるのかいないのか、素人目には分からないそれを見つめ、


「いっつも部屋の中にいて、退屈になったりしない?」


はぽつりと呟いた。深くは考えず、ただなんとなく思い付いたことだった。太乙はその問いに、笑顔で首を振った。


「まず退屈ってことはないなぁ。好きなことしてるんだからね。それにここ、が来てくれるじゃないか。それだけで私は幸せだよ」


「ふーん……」


太乙の答えには短くそれだけ返した。そして今まで座っていた場所に戻ろうと、太乙に背を向ける。が、今のはそんなに軽く聞き流せるものではないと気付いた。勢いよく太乙を振り返った。当の本人はにこにこと笑顔。は、頬が熱くなるのを感じた。


「…分かって、言ってるでしょう」


睨むように、太乙の目をじっと見る。太乙は答えない。


「私の反応、面白がってるわね?」


一歩、は彼に詰め寄った。しかし太乙は椅子から動こうとはしない。その表情から笑みが消えることもない。さっきの、の宝貝の話や、その後がお茶を淹れると言ったときの太乙の態度。の行動を考え、観察でもしていたのか。だから、お茶を淹れると言うために呼びかけたとき、太乙は一度で気付いたのか。宝貝作りにそこまで集中していなかったから。


「…私たち、何年の付き合いだと思ってるんだい?」


ようやく言った太乙の言葉は、いっそ清々しかった。きみの考えてることや次に取る行動なら、少しくらいは予測できるよ。正面切ってそう言われたわけではない。だが太乙の顔はそう言っていた。


「…性格悪い」


「でもさっき言ったことは本当だよ」


宥めようとしているのだろうか。だがより一層、の表情は厳しくなった。


「尚のこと悪いわよ!」


は勢いよく踵を返した。頬はやはり赤かった。そのまま部屋のドアへと突き進む。


「どこ行くの?」


「どこだっていいでしょっ」


「え、浮気?」


その言葉に、はぴたりと動きを止めると、振り向いた。


「私が浮気なんかするわけないでしょう!」


そう吐き捨てると、本当に部屋から出て行った。

さて、今の台詞はどうしたものか。きっと彼女は、何も考えず、ただ素直に思い付いた言葉を吐いただけだろう。長年の経験上、彼女は怒ると素直になる、と太乙は知っている。普段素直じゃない分、感情が高ぶったときは反動でも出てくるのだろうか。


今日は、宝貝作りもこの辺でやめておこう。そうして、太乙は作りかけの宝貝の傍らに置いてあるお茶を飲んだ。が今し方淹れてくれたそのお茶は、温かかった。














2005,10,02