パタパタと、軽快に廊下を走ってくる音が遠くから響いてきていた。

その音の主は、大方予想が付いている。

特に忙しいわけでもない今日の日に城の廊下を、何を気にする様子もなく走る人間は、3人くらいしか思い当たらない。

1人は、武成王の息子である天祥。

まだまだ好奇心旺盛で、よく四不象なんかと遊び回っているのを窓から見ている。

次は、天然道士である武吉。

有り余る体力を存分に発揮するかのように、よく走る。

そして、もう1人は


「太公望っ!」


バタン!と、勢いをつけてドアが開いた。

大当たり。満面の笑顔でドアを開けたその人物を確認して、太公望は心の中で自分に拍手を送った。


「・・・どうした?


尋ねると、の笑顔はよりいっそう緩んだ。

そして、パッと右手をあげてその手に持っているものを差し出す。

そこには、見慣れたピンク色の小さな花と、その花の花びらが数枚。


「・・・桜?」


問いに、は変わらぬ笑顔で頷き


「お花見しよう!」





























花見月


























が、太公望を始めとする城にいるあらかたの人間に声をかけてから約30分。

寄り集まった人たちの意気は花見一色になっていた。

こういう事に関しての行動は、相変わらず人より何倍も早いものだと、太公望は感心した。

厨房に行って、とにかく余り物でも何でもいいから分けて欲しいと頼み、城中を走り回って沢山の人を呼び集めた。

よくもまあこんな短時間にこれほどまでの準備が出来たものだ。


「そういやあちゃん。花見ったって、この辺に桜なんかあったっけか?」


喜び勇んで話に飛びついてきた姫発が問う。

毎年春がやってきたとしても、ここ数年は朝歌の悪政やら何やらで花見をする余裕など、西岐城――もとい周城にはなかった。

どこかに桜が咲いていたか。そんなことは覚えてもいないし、探そうともしていなかったから。

つまりこの辺りには桜は咲いていないのだ、という考えが、姫発の頭の中にはインプットされていた。


「桜の場所は着いてからのお楽しみよ」


お菓子を腕一杯に抱え、はにこにこと言った。

目的地を目指して、を先頭に周城のお馴染みメンバーがぞろぞろと付いていく。

もしも城の敷地内ということを除いたならば、観光ツアー客のようだ。

人数は、多い。


さん、どこまで行くんです?」


どんどんと進むに、今度は楊ゼンが尋ねた。

聞かれたは、自分の隣を飛んでいる四不象と、自分と同じようにお菓子を両手一杯に持ち、隣を歩く天祥と顔を見合わせ、


「もう少しよ」


「ねっ」


「そうっス!」


、天祥、四不象の順番だ。


「なんだ、スープーと天祥も知っておるのか?」


「3人で見つけたっス!」


「しっかし、こうやって歩いてみっと、やっぱ広いもんさ」


いつもは城の中で仕事をしたり、兵士に訓練をつけたり、城から出たとしてもそれは町に出向くくらいで、敷地内をこうやって歩くことは、まず無いと言っていい。


「気分転換には最適でしょ」


は見るからに、意気揚々と言った感じだった。


城の倉庫の前を通り過ぎ、まだ続く城の広い庭を進んでいく。

新芽の出てきた木々の横を通り、それまでは敷地内に立つ建物と建物の間で狭くなっていた場所だったが、急にひらけた所へと出た。


「はい到着!」


は、くるりと後ろ全員を振り返った。


そして、そのの後ろに見えるのは、


「・・・桜」


「すっげー!」


一本だけの大きな桜。

風が吹くと枝が揺れ、花びらがパラパラと散っている。

見頃、というのはこのことだろう。


「綺麗でしょ?」


「一本だけの桜、ですか」


自然と全員の顔が緩んでいた。


「よくこんな場所見つけたな、


「天祥くんと四不象ちゃんと一緒に遊ん・・・調査してたらね!見つけたのよ」


「・・・調査って・・さん、その言い訳は無理が・・・」


「いや楊ゼンさん、ほら、もし急に朝歌が攻めてきたらこの周城って危ないでしょ?だから、どっかこの敷地内で一番危なっかしい場所をね、探してたわけ」


うんうん、と頷きつつは言う。


「そうだ兄さま!姉ちゃん凄いんだよ!野球してたら姉ちゃんが打ったボール、お城の屋根越えてあの桜に当たっ」


バッ!

楊ゼンの前で取り繕っていたは、天化に向かって喋りだした天祥の口を咄嗟に塞いだ。


「・・・なるほど。さっき部屋に持ってきてた桜の枝は、その時折れた桜だったというわけだな」


が太公望の部屋に来たとき持っていた桜。

その後それは花瓶に生けて、勝手に太公望の部屋に置いてきていた。

「花って人の心を和ませるんだよ」

そう言って嬉しそうに生けるは、今覆えばどこか余所余所しかった、ような気がする。


「・・・まぁ、過ぎたことは仕方ないでしょ?そうよね!さて、お花見しよう!」


「お花見ー!」


逃げるように足早に桜の下へと向かっていった

その後に、天祥と四不象が続く。


「早くーっ」


楽しそうに手を振る天祥に、一同は続いた。




「なあちゃん、酒はないのか?」


酒の肴になるものや、お菓子。昨日の夕食で食べた残りなど。

それらが並ぶ中に、お酒は並んでいない。

酒の肴はあるくせに、肝心の酒の方が見あたらなかった。


「あ、お酒?お酒は無いですよ」


「えー、なんでだよちゃん!」


不満そうな声が姫発から上がる。


「何でって・・・今はまだ昼だよ?今のこの情勢の最中に昼間っからお酒飲む城の責任者がいるわけないでしょう?」


「・・・そりゃそうだけどよー」


確かにその通りだ。

朝歌と敵対していて、いつ戦争が始まるか分からない今。


「いつになく、さんにしては真面目な意見ですね。見直しましたよ」


本当に感心したのかその表情からは読み取れないが、周公旦が珍しく口を開いた。

こんな時に花見など、と言っていた周公旦。

無理矢理、と天祥に引っ張られてきていたのだった。


「いつになくって言うのは余計です、周公旦さん」


「息抜きってことですね?」


フッと笑って、楊ゼンが言った。


「そういうことです。息抜きです息抜き。最近みんな働き詰めで、お疲れだろうなって思ってね。
 私は・・・ま、たまに天祥くんと遊んだりして息抜きはして、たけどね。あ、サボってるわけじゃないですからね、周公旦さん!ちゃんと仕事は終わらせてるでしょ?」


慌てては訂正する。

周公旦は小さく溜息を吐いた。肯定の意。

確かにはサボってはいない。


「・・・そういえば一体おぬしはいつ仕事を終わらせているのだ?わしなど毎日しておるというのに」


「えー、私もけっこう毎日働いてるけど」


嘘ではない。

毎日自分の部屋にこもり、職はこなしている。

ただ、の場合普通の人間より仕事をこなすスピードが異常に速いのだ。

仕事の内容にもよるが、朝一番にに仕事を持っていけば大抵次の日の昼過ぎには終わっているから、そのあとは天祥と遊んだりしている。


さんには集中力があるんですよね。・・・いつもそうやって真面目にしてれば仕事を溜めてしまうこともなくなるんでしょうに」


楊ゼンは苦笑した。

たまには太公望同様仕事をため込んでいる場合があるから。


「ま、今は仕事のことは一時忘れて、ね!」


パン、と手を叩いては微笑んだ。


「こうやって、平和にやれるのも今のうちかもしれぬからのう」


頭の上の桜を見上げ、太公望が呟いた。

桜の合間から、澄んだ青空が覗く。


「朝歌は、こうやって桜が咲いていても愛でる人間なんて、今はいないでしょうね・・・」


楊ゼンの言葉に、一瞬、静まりかえった。

朝歌では、自分たちのように花見をする、そんな余裕などはきっとない。

桜すら咲いているのか、分からない。

周りのことより、まずは自分のことだろうから。


「・・・そんな人たちを、私たちは助けなくちゃいけないんです。朝歌の人たちにも同じように平和な時代が来るように。
 妲己と紂王を倒して、全ての人たちが幸せだって思える国を、あなたがつくるんだよ姫発」


「・・・・え、あ、オレ?」


急に話題を振られ、姫発は狼狽えた。


「姫昌さんが託してくれたのよ。それを担うのはあなたの役目。私たちはお手伝い。そうよね?」


「そうだのう、おぬしがこの国の代表なのだから、それはまあ当たり前だ」


太公望が頷く。


「安心するさ王さま。しっかり後押ししてやっから!」


天化が勢いよく姫発の背を叩いた。

いきなり叩かれ姫発はむせた。

咳き込み、すぐに落ち着いたかと思うと急に立ち上がった。


「オレ、難しいことはよく分かんねぇけどさ、今の朝歌はいけねぇってことだけは分かる。そんな朝歌の人たちを救いたいって思うしさ。
 えーと、・・・何て言うか・・・そんなわけだから。・・・ま、これからも宜しく頼むぜ、みんな!」


頼りにしてるから、そう付け加え、また姫発は座った。


いきなりの姫発のスピーチに、一同は驚いた。


そして、一番最初に笑ったのは、周公旦。


「なんとも、小兄さまらしい・・・」


笑ったと言っても、小さく微笑んだくらいだったが。


「任せろって武王!俺も武成王として出来ることを最後までしてやるぜ!」


そう言って武成王は力強い拳で自分の胸を叩き、それから天化のときのように姫発の背を、今度は二度叩いた。


「花見というか・・・変な会合のようになってしまったのう」


苦笑を漏らして、太公望が言った。


「うーん、こんな予定じゃ無かったんだけどねぇ」


「・・・本当か?」


「・・・うーん・・・」


は気のない返事をする。

そんなに、太公望は溜息を吐いた。

もしかして最初から、皆の意識を高めるためにこんな場所を用意したのではないだろうか?

そんな風に思ってしまう。

彼女ならやりかねない。

そんな気がするから。


「ま、気を取り直してね。お花見再開ってことで!天祥くんが暇みたいだし」


の横で、黙々と1人お菓子を食べ続けていた天祥。

表情は釈然としない。

まぁ当たり前といえば当たり前だ。

初めて気付いたように、皆の視線が天祥に集まった。


「おー、悪かったな天祥」


「難しい話はこの辺にしておきましょうか」


「んーと。じゃ、これからのみんなの健闘祈って、はいカンパーイ!」


お茶を入れたコップを、笑顔でが前に差し出し、それに皆が続いた。

これからの健闘を祈って。

ちゃんと、みんなが無事でこれからもいられますように。

明日もちゃんとこの青空が見られますように。


「ねぇ、来年もお花見したいなあ。ね、姉ちゃん」


にお茶のお代わりを注いでもらい、少しだけ機嫌が直った天祥が言った。

来年も、みんなで一緒に。



きっと、誰もが思っている切なる願い。



「・・・そうだねえ。じゃあその願いも込めないとね」



来年も、みんな無事に笑い合えますように。

























































無謀にも後田さまに捧げたブツ。

余談ですが、本当は桜は切ったり折ったりしちゃいけません。

そこから腐っていって最終的には木そのものが死んでしまいます。


・・・来年、お花見出来ないよ。(うわ


もちろん植木屋さんとかに頼んで処置してもらえば死にませんけどね。