はぼんやりと、窓から見える川の流れを見つめていた。封神された「神」たちが住むこの神界にも緩やかな流れの川がある。どうやって水が溢れて、どこへ流れていっているのかは分からないが、さらさらと流れている。はそれを眺めていた。 「お茶を淹れたよ」 声と共に、ふわりと、お茶の香りが漂ってきた。 は椅子に座ると、「いただきます」と言ってお茶を手に取る。湯気を、ふうと吹いた。 「望ちゃんが、生きてたんだってね」 久しぶりに会う普賢は、いつもと変わらぬ表情のまま、お茶をすすりながら言った。は湯飲みを持った格好で動きを止めた。 しかし、普賢はそのあと言葉を続けなかった。水が流れる音が静かに聞こえるばかりだ。 「……太公望に、会ったの」 ぽつりと、は言った。 「……四不象ちゃんたちが、太公望が生きてるって知るよりも、少し前に」 二度、太公望に会った。崑崙山が落下した場所と、妲己が消えた場所で。それからすぐに、四不象たちが、太公望が生きていたというニュースを持って仙人界に帰ってきた。 けれど四不象と武吉は、太公望が生きていたという事実は知ったものの、本人には会えなかったという。 「でも私、私からは、太公望に会えない」 が言うと、普賢は湯飲みを机に置いた。 「どうして?」 は湯飲みを持ったままだ。 「……どこにいるのか分からないから」 太公望が生きていたという事実を四不象と武吉が仙人界に持ち込んで、だいぶ経つ。四不象たちが武王から聞いた話によると、太公望はと会うより前に朝歌を訪れていたらしい。そして気付いたら城からいなくなっていたその日の太公望に、は会っていたようだった。 「私から見つける手段も、探す当てもないから、向こうが会おうとしない限りは、会えないみたい」 俯き、湯飲みを見つめながらは言った。 妲己が消えた滝で会ったあと、は数度人間界へ行った。蝉玉と行ったこともあるし、一人で行ったことも、四不象たちと邑姜や武王に会いに行ったこともある。 しかし、太公望と会えることはなかった。 いま太公望がどこにいるのか、何をしているのか、全く分からなかった。 あんなにずっと一緒にいたのに、ひとたび離れると何も分からなくなるということに、は驚いていたし、同時になんだかとても寂しかった。 そんなの様子に、普賢は小さく笑った。には気付かれないように。 「それなら、ちゃんと探しに行ったらいいんじゃない?」 口元の笑みを隠すように、隠さなくても常に自然に笑みを浮かべているのだが、普賢はお茶を手に取ると一口飲んだ。は顔を上げる。その表情は訝しげだ。 「ちゃんは、望ちゃんが生きてたってこと、まだ少し疑ってるんじゃない?人間界を探しても、実はいないかもしれないって思ってる」 「ちゃんと」さがしていないから。どこかで、「探してもいなかった」ときを恐れているから。普賢は言った。 「ちゃん。望ちゃんは生きてるよ」 しっかりとした口調で、の瞳を見つめる。 「大丈夫。望ちゃんは生きてる。これからも、ちゃんと、会えるよ。探せば絶対に会える」 普賢は、の表情を曇らせていたものが、少しずつ晴れていっているのが見えるように思った。静かに微笑みを増す。 普賢の言葉にもう一度俯き、間髪入れずには勢いよくお茶を飲み干した。そして空になった湯飲みを机に置く。 「ありがとう。私、ちゃんと探して会いに行ってくる」 普賢はにっこり笑う。 「うん」 そして付け加えた。 「望ちゃんに会ったら伝えておいて。女カと戦って危なかったときの貸し、まだ返してもらってないよって」 普賢の言葉に、は思わず笑った。 「分かった、伝えとく。借りたらちゃんと返すように」 笑いながら、は立ち上がる。 「ごちそうさま。ありがとう、普賢」 「またいつでもおいで」 穏やかに笑む普賢に、は再度お礼を言うと、来たときよりも軽い足取りで出て行った。見送った普賢は残ったお茶に口を付ける。 ――望ちゃんも、もっと会えばいいのに。 そして小さく息をついた。 今まで長い時間ずっと、よく一緒にいた二人なのだ。太公望だって、何とも思っていないわけはあるまい。 それとも、仙人界にいるを思ってなのだろうか。普賢は考える。 太公望は、彼のことだから、人間界を自由気ままにほっつき歩いているのだろう。そして「封神計画」という大きな名目がなくなった以上、を一緒に行動させる主立った理由はない。まして、を沢山の仲間がいる仙人界から引き離して、一緒に人間界をうろうろさせるなんてしたくないと。 「……大方、そんなところかな」 苦笑いに近い笑みを浮かべる。 なんとも多難な二人だと、太公望にもにも知られないよう、普賢は一人で思った。 戻 2009,04,28 |