私の師匠は変な人だ。


その師匠は今、不在だった。辺り一面に降り積もった雪を溶かしてほしいと、太乙真人に頼みにいっている。雲中子のいるこの洞府周辺は薬品等に使う植物が沢山植えられているため、それらを採りに行けないとなると、とても不便なのだ。


は椅子を窓のすぐそばまで持っていき、それに座って外を眺めていた。いま雪は降っていないが、周囲は真っ白い色に包まれている。ところどころ、雪の下の葉っぱや、今や白い葉をつけているような木の幹が見えるだけで、他は全て白い。空は灰色だった。


「どうしても今すぐ作りたいんだよねえ」


数分前に師匠が言った言葉だった。何を作りたいというところをは聞いてなかったのだが、この寒い中、実験に必要な植物が室内にないらしい。しかし積もりに積もった雪をかき分けながら採りに行くのはごめんなのだそうだ。


それなら太乙真人から雪溶かしの宝貝を借りてきて自分ですればいいのに。は思ったが、そんな作業をあの師匠がやるとは思えなかった。扉を出て最低限の行動に必要な箇所の雪かきさえも、一人にやらせるくらいなのだから。一時間もすれば、準備を整えた太乙真人が、そこら一帯の雪を見事に溶かしてくれるのだろう。


に留守番を頼み、雲中子は今日はちゃんと上着を着て出ていった。あの、雪が降っていた日、雲中子はいつもの服の上に何も着ていなかった。


そこまで考えたとき、扉ががちゃりと開いた。ぼうっと考えていたは驚いて椅子から落ちそうになる。寒そうに頬を少し赤くしながら室内に入ってきた雲中子は、を見て訝しげな表情になった。


「……何してるの。寝てたのかい?」


「いいえ……大丈夫です」


何が大丈夫なのか。だが雲中子はさほど気にする様子もなく、上着を壁に掛けていた。


「準備したらすぐに来てくれるってさ。まぁ、すぐって言っても機械をごちゃごちゃ扱ってたし、一時間はかかるだろうね」


雲中子は今すぐ作りたいとは言っていたものの、同じ「何かを作るもの」同士、そういうところは理解しているらしかった。


「やることないし、お茶でも飲もうか、


雲中子はお茶の準備に取りかかった。手伝おうと、は椅子から立ち上がる。


はテーブルの上に三人分のカップを並べた。太乙真人が雪かき(雪とかし)をしてくれたあとに振る舞う用に、棚から一つ多く取り出した。雲中子は苓純に背を向けてポットにお茶の葉を入れている。


あの雪の日、外で起きたことについて、はもちろん、雲中子も何かを言うことはなかった。数日が経ったがあれ以降、何か言うわけでもなく、何もしてこない。あれから様子が変わったわけでもない。つまり何も変わっていなかった。あれは一体何だったのだろうと、は時折考えていた。


「寒そうだったから」


離れたあと、師匠はそう言った。無防備に背中を向けている師匠を見ながらふとは思った。あの日されたことと同じことをし、同じ理由を述べたとしたら、この師匠はどんな反応をするだろう。


それまでぼんやりしていたは、自分の頭が急に目覚めたような感覚がした。新しい遊びか悪戯を思い付いた子どものように、なんとなく楽しい気持ちになっていることに自分でも気付いた。


テーブルから離れ、ポットに注ぐお湯を沸かそうとしている師匠に、弟子はゆっくりと、音をたてずに近付いた。


私の師匠は変な人だ。その弟子はと言うと、少々向こう見ずな性格をしていた。











2008,07,29