私の師匠は変な人だ。


ぼんやりとは雪が降り積もる景色を眺めていた。冬になり、地上よりも少し高い場所にある崑崙山は多くの雪が積もる。あまりにも積もったときは、太乙真人が自前の宝貝を使って雪を溶かすという作業をは何度も見たことがあった。


吐く息はとても白い。真っ白だった。湯気に似ているなぁとは思った。


最近、の師匠はに色んなものを作らせるようになっていた。大体が色んな用途に使う薬だった。毎日部屋にこもり雲中子と一緒に鍋をかき混ぜたり、薬草を摘んだり、薬品を調合したりしていた。


宝貝で戦っている他の仙道たちに比べれば地味な作業に見えるかもしれないが、は楽しかった。一つのものが出来るたびに、一人前に近付いているような気がした。


はポケットに入れていた小さな巾着から小瓶を取り出した。青い液体が揺れる。数ヶ月前に、初めて一人で作った一番最初の薬だった。怪我にとても効くのだという。小瓶をお守りのように持っていると、「は変わってるねえ」と雲中子は言った。


雪は止む気配を見せず、あとからあとから降ってくる。は小瓶をしまった。


、何してるの」


しんしんと降る雪の中で、雲中子の声はよく通った。他に何の音もなかったからだ。ゆっくりと後ろを向いたに、さくさくと雪を踏みながら雲中子は近付いた。


特に何もせず突っ立っていただけだったため、は師匠の問いかけに答えられず、歩いてくる彼を、降る雪を見るのと同じようにぼんやりと見つめた。


「積もってるよ」


雲中子はの頭の上の雪を払った。頭と同じように肩にも積もっていて、は着込んだ上着の肩に積もる雪を落とした。の上着は雪が目立つ色だったが、雲中子の着ているものは雪と同じ色だった。


「……寒くないんですか?」


雲中子がいま着ているものがいつもと同じで、というか上着も着ていないことに気付いたは言った。指摘されて初めて気付いたのか、雲中子は自分の服を見下ろして「あぁ」と言った。


「雪が降ってるからねぇ」


寒いのは当たり前だとでも言っているようだった。の質問には答えていなかった。言いながら、雲中子は雪が積もり続けている辺りを見渡していた。言葉と同時に吐かれた息は、のものと同じように白かった。


は降る雪の中に自分と同じようにいる雲中子を見つめていた。ぼんやりと、何も考えていなかった。雪が思考を吸い取っているのかもしれない。


ふと、雲中子は周囲を見ることをやめ、を見た。まだ雲中子の顔を眺めていたと、目が合う。雲中子が動いた。引き寄せられたは、されるがままで、背中に回された腕の感触を、服越しに感じた。


は驚いたが、動かなかった。驚いて、動けなかったのかもしれない。頬に当たる雲中子の白い服は、外気のためか冷たかった。それでもその服を通して、温かさが徐々に感じられるようになってきた。そのとき、背に回された腕に少し力がこめられ、髪を梳くように撫でられたかと思うと、体は離され、二人のいた間隔は元通りになった。


抱き寄せられたときは見えなかった雲中子の顔を、はもう一度見た。雲中子の表情は、いつもと変わらなかった。の方が、驚いたような、なんとも言えない奇妙な顔をしていたのかもしれない。


「寒そうだったから」


師匠は言った。弟子はその場に立ったまま、何も言えない。雪は降っている。二人はお互い無言のまま見つめ合っていたが、また雲中子が口を開けた。


「お茶を淹れるよ」


後ろを向いて雲中子は扉に向かう。さくさくと、来たときと同じように雪を踏みながら、雲中子は戻っていく。





扉に手をかけてから振り向き、呼ばれて、は呪縛が解けたかのようにはっとして、師匠の後を追った。


私の師匠は変な人だ。何を考えているのか分からない。












2008,7,27