「…重い」 「え?なにー?」 「……なんでもないです」 両腕で抱えた、大きな木箱が一つ。中には何が入っているのか、けっこう重い。 「師匠、これ何が入ってるんですか」 重いんですけど。 「原始さまがさぁ、私がずっと薬作るのに欲しいって言ってた植物をやっと手に入れてくれたんだよ」 原始天尊のところから箱を預かってきてほしいと言われて、は重い木箱を原始天尊の部屋から雲中子の部屋まで運んできた。に頼んだ理由は「いま手が放せないから」と言っていた雲中子は、が部屋に戻ると木箱を置くスペースを空けるために部屋の中を片付けていた。片付ける、というか、物を隅へ隅へとよけているだけだが。 「師匠…部屋、片付けた方がいいですよ」 箱を抱えたまま扉を開けて待っていたは、重さに負けて木箱を下に置いた。 「うーん、そうだよねー」 絶対生返事だな、とは思った。きっとあと数週間は、部屋はこのままの状態だろう。は息をついて、屈んで木箱のふたを開けてみた。箱の中には、植物が鉢植えで4つも入っていた。 「重いはずだよ…」 溜息混じりに呟く。植物は全て同じ種類のようで、きれいな緑色の葉っぱに緑色の茎。ただ一つおかしいのは、風もないのに植物が全体的にくねくねと動いていることだった。は、何も言わず静かにふたを閉める。 「ー、こっち持ってきてー」 雲中子が、部屋の奥から手招きした。なんとか置ける場所ができたのだろう。 「…はーい」 力を入れて、木箱を再び抱える。実験器具なんかに当たって壊さないように、木箱を何かにあてないように慎重に運んで、雲中子のいる場所に置いた。までは良かった。頭を上げると、突然視界が歪んだ。立ち眩みだ、そう思ったときには後ろにあった棚にぶつかっていた。正面が硝子張りだったその棚は、がちゃんと音をさせて少し揺れた。 物が溢れていたのは床や視線の高さまでの場所だけじゃなかった。その棚の上も例に漏れず箱が積まれていて、がぶつかったせいで箱はバランスを崩し、ああなんかもう踏んだり蹴ったり、とは思った。真っ逆さまに落ちてくる箱を視界に捉えて、反射的に目を瞑った。降ってくる衝撃に身構えて、恐らく落ちてきたものが出したのだろうと思える音も聞いた。だが覚悟していた衝撃は降ってこず、 「…。大丈夫?」 かわりに真上から降ってきた声に驚いて、は顔を上げた。ひらひらと紙が数枚舞うようにして、床に落ちた。棚の上にあった箱の中身は、沢山の資料や書物のようだった。先程までは無かった紙と本が、雲中子との周りに散乱していた。は、何がどうなったのか掴めず、その場に立ちつくす。返事することすら忘れていた。 「あーあー、やっぱ片付けないと駄目かー」 雲中子は辺りを見渡して、の体の両側に置いていた手を棚から離して、からも離れた。そして、床に落ちた何枚もの紙を拾い始める。は咄嗟に、さっき片付けろと言った言葉聞いてたのか、と思った。 「…あ、あの、師匠、…ごめんなさい」 が小さな声で言うと、雲中子はを振り返った。じっとを見つめる。は自分から声を掛けた手前、目を逸らすことができずに、とりあえず見返した。 「はさー、危なっかしいんだよねぇ」 「……は?」 雲中子は、またに背を向けて紙を拾い出す。 「雷震子を見習いなよ。ばかなくらい体力持ってるでしょ。あいつもある意味じゃ危なっかしいけど」 「……雷震子と比べないで下さい。なんで雷震子が出てくるんですか」 「そりゃあ、きみ達が私の弟子だからかな」 雲中子は笑った。 「まぁ、くらい危なっかしいと、かえって楽しいけどねえ」 にやりと笑いながら、雲中子はを見る。この人は他人の神経を逆撫でするのが得意なのかもしれない。それ以上なにか言うのも嫌になって、は無言で本や資料を拾うことにした。 驚いたのだ。まさか庇ってくれるなんて、不健康そうなのに、力なんてすごく弱そうなのに、意外だったから驚いたのだ。 「そうだ、、さっきのでもし怪我でもしてるんなら、薬作ってあげるよー」 「結構です」 胸が未だにどきどき言っているのも、驚いたからなのだ。絶対、そうに決まってる。 戻 2006,02,15 |