誰か助けてくれるといい。けれど、その「誰か」も大半はいなくなってしまった。彼の周りに今までずっといた「誰か」たちは。


「何してるんだい?」


声のした方を振り向くと、黒い服に身を包んだ、彼の姿。そこら中を照らす明るい太陽に、その格好は不釣り合いに思えた。


「別に」


短く答えて、視線を外す。


「あれ、不機嫌?」


「…別に」


太乙は、の反応なんか全く気にしていないという様子で、彼女の隣に腰を下ろす。


「…ナタクの修理は終わったの?」


「うん、ついさっきね。今回は特にひどかったから随分時間が掛かっちゃったけど」


それでも、きっと早いほうなのではないかとは思った。勿論、にはナタクの体がどれほど酷い損傷をしていて、普通だったらどれほど時間が掛かるのかは分からない。太乙の力量を知っているから思ったこと。


「さっき、何歌ってたんだい?」


唐突に切り出された内容に、は動きを止めた。


「…何が?」


「なんか歌ってただろう?あんまり聞こえなかったけど」


「気のせいじゃないの?」


「素っ気ないなぁ…」


太乙は、の見慣れた顔で笑った。変わらない表情で。


「それに、」


太乙は再び言葉を続けた。がそちらに目を向けると、太乙の目に捉えられた。視線が絡む。


「泣いてた?」


伸ばされた彼の手が、の右頬に触れる。は表情を歪ませる。


「…なんで」


「目が赤い」


は黙り込んだ。太乙はゆっくり、の頬から手を離した。静かな沈黙の後、


「…太乙は」


それを破ったは太乙を真っ直ぐに見つめる。


「泣かないね」


その言葉に驚いたのか、太乙は目を丸くしてを見つめ返した。そしてその表情は悲しげに少し歪んだが、緩い笑顔になる。


「ありがとう」


何に対してのお礼なのか、は訊ねない。ただ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた太乙の手と、頬を撫でる柔らかい風が酷く心地よくて、涙腺が緩んだ。だから太乙から目を逸らして、正面を向き、膝を抱えた。
それから、彼に聞こえることはない、心の中で、どこかで耳にしたこのある歌を口ずさんだ。なんの歌なのか、題名はなんなのか、それすらも知らない歌。心の中なのだから、正確に言うと「口ずさんだ」ではないのだろうけれど。悲しみを紛らすように。涙がこぼれ落ちないように。


「……太乙」


「なんだい?」


いつもの彼の返答に、は、すぐそこまで出てきていた言葉を、


「なんでもない」


飲み込んで、心のずっと下の方に閉じこめた。の答えに、やはり太乙は笑っていたが。封じ込めたから、一生言わないかもしれない。けれど、切なる願い。本当は言いたくてたまらなかった。「あなたは死なないで」と。そして返事も欲しかった。


「私は、死なないよ」












2005 ゆうか