「しゃぼん玉は、消える瞬間寂しくなるからあんまり好きじゃない」


そう言いながらも、は次々に宙を舞う丸いしゃぼん玉を作っていた。矛盾というか、でもきっと楽しんではいるのだと思う。その中の一つがふわふわと太乙の目の前まで飛んできて、すぐそこで小さな音をたてて割れた。


「太乙もやりたい?」


「いや、私はいいよ」


差し出してきたしゃぼん液に、小さく首を左右に振った。は「そうなの?」とだけ言って、またしゃぼん玉を膨らます。今までのものより一際大きいしゃぼん玉が出来た。暖かい陽気の中で、そのしゃぼん玉はくるくる回りながら上の方にのぼっていく。日の光が当たって、きらきらと光った。


「もう春だね」


ぽつりとが呟いた。しゃぼん玉の向こうに広がる空は、真っ白な雪を降らしていた季節とは違う色をしていた。澄んでいて、遠くて、青い。


は春が好きかい?」


「うん、好き。一番好きかな、あったかいし、ぼんやりした空気とか」


彼女らしい答えだと思った。はまたしゃぼん玉作りを始めた。一際大きかったしゃぼん玉はいつの間にか消えていた。


「太乙も春好き?」


「好きだよ。暖かいから、部屋にこもってても手がかじかむ心配がない」


「…つまんない理由」


ふう、と膨らましながら言う。ぽこぽこと出来たしゃぼん玉は、やはり周りの景色を映しながら回った。


「そういう場合にはね、のようにきれいな花が咲くからーとか言うべきだよ」


「…私がかい?」


は楽しそうに笑った。彼女の頭の上で、風に吹かれたしゃぼん玉が2つ3つ、続けて割れた。割れるときの音は、今度はの笑い声に隠れて聞こえなかった。


「しゃぼん玉って、春に似合うと思うの」


いくつも浮かんだしゃぼん玉は、きらきらしながら吸い込まれるように空へのぼっていく。そのしゃぼん玉を見つめるの目は優しかった。


「ねぇ太乙、人って生まれ変われると思う?」


しゃぼん玉を見上げたまま、は呟いた。その目は確かに優しかったけれど、悲しい色が灯っていた。太乙は、をぎゅっと後ろから抱き締めた。近くで、しゃぼん玉が割れる音がした。


「私、生まれ変われるならしゃぼん玉が良いかもしれない」


本当に、矛盾している。儚さに微笑むとき、それは全てに別れを告げる。彼女はきっと優しすぎた。最後のしゃぼん玉が、どこかでぱちんと音をたてた。













2006,02,05