雨が降っていた。強くなく、小雨程度だけれど止まない雨だった。雨が降るなんて思わなかったので傘は持ってきていなかった。しとしとと降ってくる雨が頬や腕を伝っていく。雨が降っている中でそれを拭っても意味などないので、降ってくるまま、伝っていくままに任せることにした。 大きな滝の真上、足下の岩の周りをすり抜けながら沢山の水が落ちていく。滝壷を見下ろしたけれど、水しぶきでよく見えなかった。ここから落ちたら会えるのだろうかと思った。けれどあの人は死んだわけじゃないので、ここから落ちたとしても絶対に会えないのだ。分かりきっていることだった。 「まったくあなたは、考えなしというか、考えようとしてないというか」 雨が止んだ。見上げると、傘を手に持った申公豹と黒点虎が、すぐ上に浮いていた。は申公豹から目を離すと、また前を向いて、今度は目の前に広がる景色をみつめた。 「あなたは妲己を慕っていましたからね」 なんの感情も見えない調子で申公豹は言った。は俯く。 「…申公豹は、別に悲しくない?」 「私はあなたと違って、妲己にそこまで思い入れはありませんでしたから」 妲己と長年手を組んでいた者のせりふではないような気もしたが、申公豹はそんな人だと知っていたので、は特に咎めも蔑みもしなかった。 「…私、淋しい」 妲己は姉のような、母親のような、優しく温かい笑顔を持っている人だった。母親の思い出がないにとって、あれが本当に母親のようなものだったのかは分からなかったが、それでも妲己のことが大好きだというのは本当だった。残酷なことや非道いこともしていたけれど、嫌いになんてなれなかった。 「申公豹はなんでここに来たの?」 妲己との別れを悲しんで来たとは思えない。現に申公豹自身、妲己に思い入れはないと言った。すると申公豹は呆れたような変なものを見るような目で、を見た。 「雨でびしょぬれの友人を放っておけるほど、私は冷たい心は持ち合わせていませんよ」 「ばかですかあなたは」と言って、申公豹は溜息をついた。雨はまだやまない。は、頬を雫が伝うのを感じながら、笑った。 戻 2006,09,13 |