ずっと昔、小さかったころ、高い高い木に登ったことがある。見晴らしが良く、いくら高い城の屋根に上っても見ることの出来ない遠くまで見えたのを覚えている。よく晴れた日で、空も真っ青に染まっていた。そんな空に少し近付けたような気がしてちょっと嬉しかった。 「、危ないよ」 あの日、伯邑考は木の下から不安そうに表情を歪めてを見上げていた。 「大丈夫だよ」 西岐城の敷地内で一番高い木に、は前々から目を付けていた。あれに登ったらどこまで見えるのだろう、西岐全てが見渡せるだろうか、朝歌が見えるだろうか。 「またおてんば娘って言われるよ」 「いいもん」 の両親は西岐城に仕えている。身分の差はあれど、伯邑考とは仲が良かった。いわゆる幼馴染みというやつで、年も伯邑考が一つ上なだけということもあり、よくは両親に付いて西岐城まで遊びに来ていた。両親が西岐城に長年仕えているという信頼もあり、姫昌は「伯邑考にはいい遊び相手がいてくれて良かった」と優しく言ってくれて、はいつも嬉しかった。 「遠くまでよく見えるね」 のことを窘めながらも、伯邑考ものすぐ隣まで登ってきた。 「でも、やっぱり朝歌は見えないんだね」 残念そうには息をつく。伯邑考は笑った。 「当たり前だよ、朝歌は遠いから。は朝歌に行ってみたいの?」 「うん、だって王都だよ!王さまが住んでるお城、見てみたいな。色んなおいしいものとか、西岐にはないものがいっぱいありそう!」 楽しそうには言った。の中で王都・朝歌と言うと、きれいなものや珍しいものが溢れている素敵な場所だというイメージだった。一度くらいは行ってみたいと思っている。両親にその旨を伝えてみると、理由は教えてもらえなかったが、あまりいい顔をしなかった。 「でもやっぱり、住むんだったら私、絶対西岐がいいな」 「どうして?」 に、伯邑考は首を傾げる。にこにことは笑った。 「だって姫昌さまは優しいし、伯邑考とも遊べるし、お父さんとお母さんもいるし、私、西岐が一番好き」 そう言うと、は嬉しそうに笑っていた。そんな伯邑考が、より先に単身で朝歌に行くことになるのは、それから10年以上経ってからである。勿論、行かなくても良かったのだが、伯邑考はそうしなかった。 「父上が王と皇后に捕らわれているんだ」 姫昌は朝歌へ向かう際、何があろうとおまえは西岐から出るなと伯邑考に言ったという。しかしこのままじっと待っていても、いつまでも、あるいは一生、姫昌は帰ってこられないのではないかという不安から、伯邑考は朝歌へ姫昌を救出するために向かうことにした。 「絶対帰ってきてね、姫昌さまと一緒に」 は止めなかった。伯邑考は微笑みながらに頷いた。 伯邑考が朝歌へ行って数ヶ月が経った。伯邑考が行ってしまった日から数日経ったある夜、は流れ星を見た。とてもきれいな流れ星は、線を引くように空を横切っていった。あんな流れ星は初めて見たかもしれなかった。伯邑考が、姫昌さまと一緒に、無事に帰ってきますように。はそう願いを込めた。 それからまた数ヶ月後、姫昌は無事に西岐城に帰ってきた。しかしそれは、たった一人での帰還だった。あの、空を流れていったものにかけた願いは、とうとう叶わないまま。 戻 2006,10,07 |